祈り  宇宙 

白鳥哲監督の「祈り」という映画を観た。

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素晴らしい映画だった。祈りが人々と地球にもたらす影響が語られた。白鳥監督らはこれを具体的な活動に移そうとしている。これも素晴らしい。

これから15年、地球が人類が存続できるかどうかと言っていた。それほど現状は最悪だ。

しかし、世の中はどうなっているかというと、まだ景気を良くしてくれだとか、そのための原発再稼働だとか、世界では紛争や戦争が行われている。世界を構築しているシステムも滅茶苦茶だが、人類の精神性も分裂しており、低レベルでサル以下と言うには、自然に同調しているサルに失礼と言うほどお粗末な生物である。

この映画を観た人の感想はそれぞれだと思うが。この映画が与える影響は大きいと思うが、同時に全く役に立たないと思う。映画がダメだと言っているのではない。これで何かが変わることは恐らくないだろう。

世の中のバカげたシステムは強固で、日々地球を破壊して行く。そして一般の、私を含めた愚かな人々は、地球を破壊するシステムを相変わらず支持している。

このような映画を観た後でも、街頭でテレビのインタビューを受ければ、きっとこう言うはずだ。”景気を良くして欲しい”と。

映画はわかるが生活は別なのだ。便利なことを覚えた人類は、もう他の選択肢を考える事をしない。

何も変わらない。私は、人類については手遅れだとは思っていない。しかし、個人レベル、つまり個々の人間(細胞)は手遅れだと思う。

この個々の人間(細胞)が学びを得ることは出来ない。全体である人類は学べる。その学びは、カタストロフィ(大惨事)として、多くの個々の人間(細胞)の生命が失われた時に、訪れる。

そして、生き残った人類(細胞)が新しい世界を修復し創り上げる。そういう意味では、人類の未来は明るい。

ただし、個々の人間(細胞)レベルでは、”死”というものに巻き込まれる。私もそちらに含まれるかもしれない。

それほど、今の人類は愚かなのだと思う。それは人類と言うひとかたまりの生命体にとっては、愚かではなく生き残る為の仕組みであるかもしれない。

私達ひとりひとりは、その仕組みの一部分を構成している。個人と言う概念が壊れるような世界が実は広がっている。そこに人類は向かっている。


そして、気づき始めている。私は誰なのかということに

この映画、都城では3月30日だけの上映であった。どこかで引き続き上映会があるかと思う。ぜひ観て下さい。

映画「祈り」白鳥哲監督との対談記録 
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タグ: 村上 白鳥



2013/4/1  22:56

投稿者:元気

∞tetsu∞さん

環境破壊も原発再稼働も悪いとわかっていながらそれに加担するシステム。人々の精神は分裂している。人類は精神分裂病である。まともでいられるほうが異常だと思われる。

祈りの力は素晴らしい。瞑想も同じ。人間のブレインとボディは、あらゆる信号(波動)を受け取り発信する送受信装置。携帯電話と同じで、地球の裏側でもつながる。

人は祈ったり、瞑想したり、睡眠状態に入ると、受信できる周波数領域が広くなり、様々な情報が受信され、それが意識へとつながる。

私が最近受け取った情報は、9月25日に知人の女性に赤ちゃんが誕生するという情報。そしてこの9月25日は第3次世界大戦がはじまるという情報も含まれている。これは当たるとか当たらないとかいう情報ではなく、人間が受け取る情報は全てパラレルであり、存在しうる未来のすべてが含まれる。従って、当たらないことも多い。

あらゆるチャネラーが間違えているのは、自分の情報を正しい未来(情報)だと思い込んでしまうことだ。しかし、それは情報の一つにしか過ぎず、当たるとか当たらないとかいう問題では無い。そして偽物扱いされる。情報は一杯あるのだ。

統合失調症と診断される人々は、ブレイン、ボディの送受信のチューニングが広いか、合っていない。それで他人の意識が入り込んだり、誰かに支持されているような感覚に陥る。あるいは誰かにブレインを乗っ取られる。マインドコントロールも同じだ。

祈りにパワーがあるということは、呪いにもパワーがある。憑依現象などはその一例。常に瞑想(祈り)を行い、自分の身近な人にバリアをはらなければならない。ポジティブな祈りは、私達や私達の大切な者を守るパワーがある。

病はボディーやブレインの不調和の結果である。不調和が歪として現れた時に病となる。

毎日、大切な事柄(平和とか、家族の健康とか、愛とか)の為に、祈り(瞑想)を行うことは、大切なことだと思います。遠く離れていてもそれは効果があります。

2013/3/30  23:13

投稿者:∞tetsu∞

ご覧になりましたか〜。

とても観たい映画でしてが、都合つきませんでした。

自己矛盾を抱えつつ、自己破壊的なシステムを運用せざるを得ず運用してるひとりで、
だからと言ってどうしようもなく、必死で自滅に向かって働く自分はこっけいでバカやろうなわけで、
きれいごとなんか言えないけれど…、

「祈り」の力は確かにあると思うし、
日々、それを感じます。

何に対して、何を祈る?

毎日が続いてると言う奇跡に対して、
今日も一日が無事に終わりますように…。

クズみたいな自分に、生と機会を与え続けて下さり、ありがとうございます…。

そう思う、このごろ…。


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