平和〜戦争 歴史は繰り返す  社会

先日の台風で、東京は交通が麻痺し、品川駅などで多くの人は電車が再開するまで整然と列をなしていた。震災の時もそうだった。

他の国ではどうだろうか?

日本人はとても貴重な人種かもしれない。でも、崩れて行くのは時間の問題。



以下の言葉、全くその通りだと思う。
”朝鮮人でも、立派な人はたくさんいるし、現に関東大震災の際でも、不逞でない朝鮮人達はいた。”

この立派な人と世界を築いていかないといけない。

しかし、関東大震災と不逞朝鮮人の暴虐
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1326.html#more

僕は人種差別者だろうか?否、そうは思わない。調べれば調べるほど(このことに限らず知れば知るほど)途方に暮れる。

今のところの僕の結論は、平和は幻想であり、一時的なもの。戦争と平和が繰り返される。そして歴史は繰り返す。世界は、戦争に向かっている。日本は今まで平和だった。でも次は戦争に(新しい形の)巻き込まれる。そして、やがてまた平和が訪れる。
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2011/9/27  8:54

投稿者:元気

うん。閉じ込められた五感の囚人。この世は”錯覚”。

2011/9/27  5:34

投稿者:みーたん

うん♪
最短な方法を多分、知ってる♪

『ある』という事すら、人間が決めた概念。

3Dは幻を生きているに過ぎない。


2011/9/27  0:01

投稿者:元気

みーたんさん

そう、議論からは何も生まれない。よく、”話し合えばわかる”とか言うがそれは嘘。議論より、気づき。時間や空間、五感などの錯覚に気づく事。自然現象とと人工的な現象に実は違いが無い(同じこと)ということに気づく事。皆が気づけば、実は目の前で起きていることが錯覚だとわかる。みな繋がっている。ぼくらはひとつだということ。今、生きている世界で行っている経済活動がどれほどのものだろうか?そんなことが生きる事だろうか?社長になったから、金持ちになったから、一体それが何だろうか?それが生きる事?お金と物欲の為に?そして、そうやって死んでいく。

それが生きること?

気づく事。僕らは同じだと言う事。そして死というものは存在しないと言う事。そこにあるのは錯覚である物理的な肉体的な死という五感の錯覚。こう考えた事は無い?宇宙が人工的なものだとしたら?

五感の領域は狭すぎる。聞こえる音、嗅げる匂い、見える色、触れる物、味覚、この狭い肉体という殻。そこは捉われた世界。五感の奴隷。閉じ込められた世界。リミッターを外すカギは”気づき”。
狂っている?僕は宗教家ではない。ただ、事実を述べている。みーたんさんは気づいているはず。

2011/9/26  22:25

投稿者:みーたん

ディベートで論破し合ううちは…、
『歴史は繰り返す』かなぁ。

ネガティブな連鎖を断ち切る勇気、
揺るがない魂の強さ、
アサーティブな対話が出来るような…
…そんな世界…だと、
永遠の平和になるのかなぁ。

小さな一歩から♪

2011/9/25  21:29

投稿者:元気

菜の花さん

難しいね。簡単なのに・・・。

2011/9/25  21:28

投稿者:元気

南京での日本人の過去の残虐な行為は?
(数ではなく、事実を見る。ゼロでない限り、『有った』ワケで…。)

アイリスチャンの「南京大虐殺」はでっち上げなのは常識。日本人はお人よし。残念ながら世界標準は、それがあったかどうかではなく、そして、どちらが正しいかではない。謝った方の負けなのだ。だから、謝らない。本当か嘘かは関係ない。嘘も百回言えば本当になるのが世界の考え方。だから平和は来ない。日本人的思考法は無い。それを間違えているから交渉事が上手くいかない。しかも顔が似ているので勘違いしてしまう。全く思考法が違う。ただし、同じ思考法を持つ意識の高い人もいる。
そして、日本人にもとんでもない人がいる。尤も、全体的に見たときに、日本人的思考が、世界平和をもたらすと僕は確信している。今はそれさえも崩れてきている。心配。そして3Dでは限界があるのね。思考は次元を超える。

2011/9/24  19:36

投稿者:菜の花

難しいよね。

2011/9/23  11:42

投稿者:みーたん

>歴史は繰り返す

記事を読みに行ってきた。
…複雑…。
何故、関東大震災の時に、不逞朝鮮人が放火をしたのか?
それが知りたい。

不逞でない朝鮮人もいたけど、
不逞な朝鮮人が行動した……事実なんですよね。

南京での日本人の過去の残虐な行為は?
(数ではなく、事実を見る。ゼロでない限り、『有った』ワケで…。)

日本人の中にも、
不逞日本人っている。

『○○人』と、枠を作り、差別化する価値観があるうちは、歴史は繰り返すでしょうね。
中東は正にその繰り返し。

極端な話、
『郷に入っては、郷に従え』みたいな考えがあるうちは、
【歴史は繰り返す】を、自分達で作ってしまっているのではないか?

『貴方はそう考えるのね。私はこう考えるの。』と、対話していく事でしか、物事は解決へ進まない。
その対話に必要なのは、
”今の事実”。

【和(対話)を以って、貴しとなす】に繋がり、
‐今を生きる‐に繋がると思う。

過去の感情や事象にいつまでも”こだわって”いては、
今を生きるにあらず……。

……そこに気付かないうちは、繰り返すしかないでしょうね。

……こう言ってしまうと、日本人のアイデンティティーはないのか?…みたいになるでしょうか?

何をもって、『日本人』?

非常にスピリチュアルな感覚が必要になる。

目に見えるカタチにこだわり、
既存の根拠にこだわるうちは、
【歴史は繰り返す】でしょうね。

『男女』『健康・病気』『善悪』などの枠を作っているのと変わりない。

枠を取り払う為には、
アイデンティティー、自我、慾を持たない事。

……どれだけ捨てる事が出来るか…?

全ては『All OKOK』のスピリチュアル感覚がないと、
難しいかな…。

…しかし、私達は【神様】ではないから…。
だから、喜怒哀楽があり、ジャッジする。

…3Dでは、限界があるのでしょう。

これぞ”メビウスの輪”か?



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