ユートピアはディトピアであり、ディストピアはユートピアである  社会

突き詰めていくと完全監視管理社会を望んでいるのは大衆である。犯罪の無い安全な社会、貧困の無い社会、透明性を望むほど自由は制限される。しかし、恐がりで善良な大衆は自由よりも規則で縛られるの安全の方を選択する。確かに規則を守っている中にも自由はあるだろう。

その社会では規則に疑問を持った時点で機械的に選別され、本当に不要な人間”無用人間”が誕生する。その無用人間は本当に無用と判断されるため大衆はその人が殺処分されても同情も何もしない。社会にとって本当に無用なのだ。

実は今でもすでに完全監視管理社会になっており、大衆は自由があると思わされているだけ。監視カメラが至る所にあり、インターネットやスマホはあなたの情報をすべて集めて、あなたはデータとして保存されている。

SNSや至るところに監視の目があり、表の情報も裏の情報も実は情報源は同じで大衆は仏様の手のひらを出ることが出来ない。ビッグブラザーによる管理社会はすでに完成している。ネットに隠せる情報は無い。あなたが所属している秘密のグループも丸裸である。

もしそれが嫌ならば、無用人間になりデータから消えて、どこか秘密の場所で一生隠れて生きていくという選択肢になる。発見されたら殺処分か新たに完璧に洗脳され生きていくことになるだろう。

これは賛否も無ければ、善悪もない。絶望することでもない。ただそうであるという世の中だ。ユートピアはディトピアであり、ディストピアはユートピアである。この相反する矛盾を解決するすべを人間は持たない。早くいちぬけたと言っても現実は変わらない。私たちは死ぬまで生きるのだ。

テレビで貧困の情報がよくニュースとして流れているのも同じ流れ、貧困の連鎖は家庭環境にあるという報道は、子供の安全のために子供は国家が管理するという流れ。貧困は共産主義への流れ、犯罪の報道も規則強化の流れも規則強化、完全監視の流れ。いずれも大衆が望むことになる。


実際は大衆が望んでいるわけではなく、そう思わされているのです。幾重にも洗脳されているので目を覚ますことが今のところできません。
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