事故と議員辞職勧告  社会

このところ社会的問題はブログで取り上げないことにしていたが、あまりにも日本という国が閉塞感に陥っているので、どこに問題があるのかについて考えてみたいと思う。

こういに認識もあるという程度に読んでください。私は誰にも考えを押し付けるつもりはありません。


社会的な問題について投稿(以前はそういう記事ばかり)しないようにしていたのだが、どうもしっくり来ないので、少し皆さんに考えてもらいたい。私の意見が正しいととは思わないが、こういう考えもあるという認識程度でとらえてください。

交通事故の問題

最近、交通事故の問題が大きくクローズアップされている。そして被害者の方は絶望して生きている。本当に心苦しい。

被害者がいるということは加害者が存在する。私の違和感はここにある。

多くの報道やネットの反応では、加害者に非常に厳しい論調が目立つ。しかし、私は違和感を感じる。加害者と言われるが、意図的に行っている事故ではない。過失は誰にでもあるし、避けられないこともある。その人の歴史は全く考慮されず、単なる加害者の犯罪人となる。

私は結果的に多くの命が失われたことは本当に心苦しいが、一方で加害者が裁かれていることも本当に心苦しい。殺意があって犯罪を起こしたケースではない。

このような事故を自己責任で済ましていいのだろうか?私には個人が悪いという多くの論調に非常に違和感を感じる。そして、この個人が悪いという論調は、あらゆる場面で見受けられる。

非常にこの国に住む人たちの安心感に脅威を与えている。被害者の方も、完全に個人を恨むこともできず、かといって命が失われている。怒りを向ける矛先がよくわからないといった憤りで苦しんでいるように見える。

怒りの矛先がわからない絶望感。

お互いがお互いを恨むことは心の平和にはつながらない。

ここを救済するシステムが国家として無いと国民は常に”明日は我が身”という恐怖にさらされる。

ここに気づかず加害者の罪を問い裁くような論調に加担することが自分自身を恐怖にさらしていることになる。

何が問題なのかというと、これは個人の問題ではないということだ(明らかに殺意があって故意にやったことは犯罪)。

わかりやすいので自動車事故の問題は、国の問題であり、その車を作った企業の問題である。国は免許を交付している。企業は車を作っている。

国が認めて免許を交付している。国の問題が何故問われないのか?それから個人の過失による事故は加害者、被害者ともに手厚い保護(保障)があってしかるべき。それによって、お互いの心の苦しみを軽減できるとともに、国民も安心できる。

企業は車を製造して商売している以上は製造物責任がある。今は自動運転システムがすでに完成しているような技術を持っている。

事故が起こらないようにするべきだし、やはり責任を負うべきだと思う。ましてやブレーキとアクセルの踏み間違いは以前より言われており、すぐにでも対応できる部位なのに未だに対応がなされてない。

市場原理はわかる。しかし、人々を苦しめる市場原理は要らない。

まあ、これが答えではないし、多様な意見があってもいいだろう。多様性が大切だと思う。そこからアイデアが産まれる。

今の日本はただ言葉(考え)に対して反射神経のように反応し思考ができなくっている。

そして人々はわけのわからない閉塞感の中にいる。


議員辞職勧告について

うーん。丸山議員の件。今が平和を考える大きなチャンスだ。戦争についてきちんと考えてみたらいい。そうしたら平和の有り難さがわかるはず。彼も交えてやればいい。ただ、戦争発言を取り上げて”けしからん”という反応することは、非常に残念。このような反応ししかできない日本という国が、平和を維持できるとは思えない。

タブーを設けずに考えることが重要。いちいち言葉尻を捉えて、反射神経のように怒りを表現している時点で、思考が出来ない国民と言うことが判明し、あとは完全にコントロールされるだけ。

多くの庶民は、支配している者に弱点をさらけ出すばかりか、世界中に単純脳をさらけだすばかりになる。

それこそ、きちんと考えないと、こことばかりにロシアにも発言を利用される。

きちんと思考して深く考えているという態度を示せばおそらく、他国も一目おくはず。もちろんロシアにも理解できる。

そういうチャンスなのに、庶民がお互いに潰しあっている。本当に残念なことだ。

丸山議員を批判するだけではなく、きちんと対話してそこから思考を深めるべきだろう。それを国会議員や庶民ができれば日本という国は助かると思う。

丸山議員も素晴らしい議員に成長する可能性がある。

それをやらずにただ批判。単純すぎるしあまりにもひどすぎる。

彼の発言が酷いからと彼を社会的に抹殺する社会が良い社会とは私には思えない。彼も私たちの仲間だ。彼の成長を助けることの方が重要ではないだろうか。

それが私たち自身を助けることになる。

彼は絶対に議員を辞めないと言っているのは、抹殺されそうなので自らを必死で守っている姿だ。

そうしなければならないほど追い込まれている。いちいち発言を取り上げて批判する必要は無い。

必要なのは対話であり思考です。

昔、ライブドア事件でN議員が偽メール事件で自殺した。あのあと後味が悪い思いをした人が多かったのではないか。

もし、丸山氏がそうなったら、批判している人はざまあみろとか自業自得だとでも言うのだろか。

今回の件から何かを学ばなければいけない。

もはや、社会的いじめになっているではないか。

いじめを無くしましょうとか解決しましょうと言っているのは誰でしょうか?

戦争について考えることは平和につながる。

死について考えることは、より良い生について考えることにつながる。

私はそう思います。思考停止は自らを崩壊させます。
9




※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL





AutoPage最新お知らせ