足でいける  

「お花を足でいけるのか〜なんて失礼な」と思われるタイトルですが、私のとても大切にしている言葉です。

いよいよ4月に入りお庭の工事に最もいい季節が始まります。
確かに早咲きの物を集めて、それなりにお庭を作ることもできます。

でも、周りの自然に花が咲いていない、葉が出ていないのに、どこからら探してきて植えても、風土があっていないのだからいつか無理がでると思っています。

昨日、行きつけの植木屋さんに行ってきました。造園屋さんで自分のところで畑をもって植木を在庫しているところありますが、たいていは郊外でおおきな畑をもって販売を専門にている植木屋さんに買いに行きます。その後、花木センターにも行きましたが、中木以上の木はほとんどない状態です。草花はそろそろ大丈夫な頃でした。

さて、木を発注する場合、2.5mの花ミズキ何本、2.5mのヒメシャラ株立2本、2mシラカシ3本と注文書を出して、物も見ないで配達してもらうこともできます。

私の場合、小さな現場も、大きな現場も必ず植木屋さんに行って選んできます。理由は三つ。

1、その時旬の花木や、すごく姿やいい木を探せる。珍しいものがあると仕える。
  おなじ予算でも、すこしでも、お客様によろこんでもらいたい。

2、姿のいい木を見ながら、実際の現場でどう組み合わせようか、イメージできる。

3、木や花を見るのが楽しい。大好きだから。植木屋さんの親方と話をするのが楽しい。

植木屋さんはそれぞれ個性があります。が私のいきつけは、雑木が好きな人で、すごく自然な感じの木がたくさんあるので楽しいのです。そしていい話をたくさんしてくれます。

「結局、庭はセンス。設計図やCADでプランしても、センスがないと絶対にいい庭はできない」

「造園もいろいろ決まりごとがあるけれど、一番自分が美しいと思うように作っていいんだ」

「山に行って、自然のいい景色をみて、どうして美しいかみてないとだめだよ」

など庭づくりの哲学から、

図面で相談しながら「この木は、伸びすぎてダメだ。」とか「この方角だとこの木はむいてない。」「木を大木しないためには、土は○○して・・・」とかとても大切なアドバイスをしてくれます。

最初に「花は足でいける。」は私が今習っている池坊の家元専永さんの言葉です。

「花は野にあるように活けよ。といいますが、野の姿を描写するのではなくて、花の性をとらえて活けよ。ということ。」

親方の言葉と同じでよね。

たとえばいけばなでは、植えるものは、木と草に大きく分けられます。デザインの都合上草を高く、木を低くは決していけません。

また、向かって左奥を陽かた、右手前を陰かた。といいます。これも太陽が陽方の方からさしているのだから、それを考えながら曲げたり、高さを調整します。

そして、同じ種類のものを数本使う場合、なるべく間をあけないで、同じところから生えているように、見せなさい。と言われます。

その約束の中で、自分の個性で高さや曲げ方、超短をきめて活けていきます。

最初はその決まりごとをよく考えずに活けていましたが、今はよ〜く考えて活けるようになりました。

やっぱり自然の姿は美しい。

その美しさやつくり方に気づく、学ぶにはいろんな方角、方法があると思います。

親方と話しながら、いけばなをやっていて良かったと、思って帰ってきました。
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