大器晩成  

1809年生まれる。

1816年 7歳の時、家の立ち退きを迫られ、家族を養う為働きはじめる。

1818年 9歳の時、母親が死亡

1831年 22歳の時、共同経営の会社が倒産

1832年 23歳の時 州議会に立候補し落選失業
          法律学校受験失敗

1833年 24歳の時 友人から借金をして商売を始めるが、同年中倒産
          17年かかって返済

1834年 25歳の時 再び州議会に立候補 やっと当選

1835年 26歳の時 婚約するが相手の女性が死亡

1836年 27歳の時 失意のあまり、神経衰弱になり半年病床につく

1843年 34歳の時 下院議員に立候補落選

1846年 36歳の時 下院議員当選

1848年 38歳の時 下院議員落選

1849年 39歳の時 国有管理局長の仕事を逃す

1854年 45歳の時 上院議員落選

1858年 49歳の時 上院議員再度落選

さてこの経歴の持ち主はだれでしょう?


昨日NHKを見ていたら、緒方洪庵の天然痘へ立ち向かう話に感動しました。

牛から取れた、ワクチンを使ったため、その治療をすると、角が生えると評判になり、だれも、診察にこなくなったそうです。

また、お金儲けのため、偽物のワクチンを使い、多くの人の命が奪われたこともあったそうです。

お金持ちからはお金はもらうが、貧しい人からはお金を貰わない。

また、時には、ワクチンを培養するため、貧しい人にお米やお金をはらい頭をさげて、治療をさせてもらったそうです。

そのやりかたに、患者どころか、同志の医者まで去り、赤貧にあえいだそうです。

天然痘の治療を始めてから、10年かかり、やっと幕府のお墨付きをもらい、起動にのったそうです。


10年間、貧しい人からお金をとらず、やりぬいた動機はなんだったのでしょう。

それは、ある老婆が、自分の孫4人のうち、3人天然痘でなくなった、

最後の一人だけは死なせたくないので、治療してほしい。という相談がありました。


当時オランダからワクチンが入っておらず、

日本の医師で行われていた、人の天然痘の弱いワクチンを子供に与えて、免疫をつくる方法しかありませんでした。

洪庵はその方法を試したのですが、結果老婆の孫は亡くなってしまったそうです。

その失敗が、彼を動かしたそうです。


トロイ遺跡を発見したシュリーマンも50近くだった覚えがあります。

日本で初めて正確な地図をつくった伊能忠敬も50歳です。


履歴の答え。

1860年 51歳の時 アメリカ合衆国大統領に選出される。

私はこの話を聞いた時、驚いたのと、感動で涙がでました。


そうアブラハム・リンカーンの経歴なのです。


成功者をみると、人生の殆どが順風満帆と想像してしまいます。


緒方洪庵も適塾を開き、福沢諭吉など数多くの著名人を輩出した人物。

天然痘の話を知らなければ、苦労していることなど想像できません。


二宮尊徳も、朝はひとよりはやく、夜はひとよりおそく、人のために努力したにもかかわらず、なまけものの上司や反対勢力のために、お殿様に訴えられ、行方不明になったのが43歳の時。



ちょとうまく行かなかったり、

年齢の近い人や、ライバルが先に行っていると、自分の不遇をなげき、努力するのが嫌になるかもしれません。

でも、それは錯覚。

みんな自分なんかよりもっともっと苦しみぬいて、そして克服している。


上院議員に落選した時の言葉が残っています。

道はつるつるですべりやすかった。片足がすべって、バランスを失いひっくり帰ってしまった。でも私は起き上がって自分に言い聞かせた。

『ちょっとすべっただけさ。ころんだわけでない。』



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