卒業式  

今週の月曜日、次男の卒業式でした。

3兄弟の父親として、なんとか入学式には参加していましたが、卒業式は今回が初めて。

もう涙もろい私は、始まってすぐの国歌斉唱あたりで既に極まり、歌えない状況になってしまいました。

子供の卒業式でうるうるくるのは、確かに子供の成長もありますが、それまで数年間の山あり谷ありのいろんな出来事と子供の成長とともに思い出され、ジーンとくるんですね。

年をとればとるほど、涙もろくなるのも、卒業式という、なんのシガラミもない純粋できれいな心の場だからこそ、余計気持ちが素直になり感情的になるのでしょう。

私は普段から、「はやり自立できる人間になりなさい。お父さんはいつまでもお前達の面倒を見ていられない。結婚し、奥さんと子供を養っていくんだから、その子供に恥ずかしくない、尊敬される大人になりなさい。だから勉強するの。」そう言っています。

「商売の道は厳しい。だから、後を継ぐなんて考えなくていい。それより、はやく自分がやりたいことを見つけて、大人として稼げるようになりなさい」

でも、先日兄弟の一人から「僕お父さんの後継がない」といわれた時は、普段自分が言っていながら、ちょっとだけ「えっ」て思いました。本当はうれしいことなんですけどね。


この子は、小さい頃とっても手のかかる子でした。

(プライバシーのため、何番目かは公表しません)

幼稚園の頃、銭湯にふたりで行ったところ、

となりのおじさんが、私の隣を指さしているのです。

なになに、と風呂イスを見ると、

その上にとっても大きなホヤホヤの○○が乗っかっているではありませんか。(笑)

父親としてすぐにすくいとり、トイレへ直行。

など、そちら系の話ではこの子の話題は尽きません。


それが、高学年になった途端、人が変わったかの様に、しっかりし、勉強好きになったのです。

手間がかかる子ほど可愛いように、愛するところがいっぱいあります。


しかし最近の卒業式は、「君が代を歌わなくなった」と聞いていましたが、本当にそうなんですね。

先日さだまさしさんの卒業式がテーマのNHK深夜番組を見ました。

やはり栃木県の人が投稿した手紙で、「歌わなくなった理由が、『わが師の恩という時代ではなくなった。』というならば、そいう関係に先生は努力してなったらいい」やはり歌う方がいい」というメッセージがありました。

今の先生はたいへんで、今と違い平気で親がクレームをつけてくるという話を聞きます。

給食費問題でも、結局は先生が連絡をとり、説得しないといけないのだから、ゆとり教育で時間が減っている上に、相当たいへんな職業だと思います。

現在ちょうど父親になる私らの世代が、高度成長の頃育ち、バブルの頃就職でとても甘やかされた世代なので、義務より権利を主張する人が多いのかもしれません。(私も含め)

私はそんな状況で、ハガキの意見をすべて肯定するわけではありませんが、

そんな状況でも、やはり先生はわが師でいて欲しい。子供達のわが師であり続けてほしい。」そう願います。

学校の先生に限らず、自分の両親以外に尊敬できる人が、いることは、その人の人生にとって、とても大切ではないでしょうか。

そう思うと、やはり毎日会う大人の代表の先生には、謙遜することなく、仰げば尊しの歌を一緒に歌ってほしいな、と夢物語かもしれませんが、願います。


それと卒業式に出て思ったのは、今家庭内虐待が問題になっていますが、100人いるこの生徒達で、必ずしも心からお祝いされて親子とも出席してひる人たちが全てではないだろうな。と想像してしまいます。


今回、生徒が呼ばれると、父兄も一緒に立つのですが、中には、お爺さんぐらいの人が立つ人が何人かいます。

いろんな事情があってこれない人もいるかもしれません。もしかしたら施設の人かもしれません。

人にとっては、心から祝える幸せの場でも、人によると一瞬でもより悲しい思い出を刻み付ける場なのかもしれません。

でも、卒業式はそんな悲しい面だけで捕らえるものではありません。

家庭が不幸な人は学校や友達の希望を見出す人もいるでしょう。

むかしお客様のある女性の小学生の先生からこんな話を聞いたことがあります。

「ある女の子は、すぐによってきて、だっこして欲しいとお願いにくるんです。抱きしめてあげると、本当によろこぶんですよ。」

家でのその子の環境が想像できます。

その子がいろんな苦しみに負けずに素直に、これから生きていけばきっと卒業式もいい思い出になるでしょう。

だから、わが師が必要なのではないでしょうか。勉強を教えることも大切ですが、生きていく途中、喜びも悲しみもある。でもそれを素直に幸せに思うことのが大切だと、できる限り早い時期に気付くことができるようにしてあげる。

早い時期に自ら人生を放棄する子ども達が大勢います。

卒業式100人いたら、100人みんな幸せに違いない。と考えることは、もしからしたら、気付きの力が少ないのかもしれません。知らない間に、傲慢になっていたのかもしれません。(私も含めて)

人間は神ではないのだから、社会問題を解決できる力はありません。
でも子供達に希望を与えられるのは、神ではない、人間の大人しかいないのですから。

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