人事を尽くす  

朝の食卓ににぎやか。


今日の話題は、お見合い結婚か恋愛結婚がいいかについて。

家内がもし私と結婚しなかったら、お見合いで結婚したか、恋愛だったか?

という話になったら、


突然、三男が「そんなことしたら、僕生まれてない。」発言で更にエスカレート。

私があまり盛り上がらないだろうと思って話し出したのですが、意外や意外でした。

「もしも」の話はいろんな方向に飛び火します。


来月3月4日日曜日、午前の部は西川田の住宅展示場で、午後は日光街道のロッテリア隣のスマイポートさんで恒例の石原先生の寄せ植え教室を開催します。


今回は久しぶりに同日2回と、午後の部で初めてフラワーアレンジをするので、段取りで家内と相談していると、

小4の三男が、「やることに意義がある」と突然すごい発言をしてくれて、びっくりしたのと励まされました。

すこしづつ子供達も頼りになってくるものですね。


「人事を尽くして天命を待つ。」

大好きな言葉です。

最近人事の人ってどういう意味なんだろう。って、ふと考えました。

人間の人という意味もありますが、

私は、その後つづく天という意味の対称の意味が大切なのではないかと思っています。


私達ってどうしても、完璧を期してがんばることがあります。

でも、どんなにがんばっても人間は人間。

忘れもするし、ミスも犯す。悪気がなくても迷惑をかけてしまう。

だって神様でないから。


にも関わらず、完璧でないことを憂えたり、失敗するのが怖くて何もしなかったら生きがいがなくなってしまいます。

もし「人事を尽くして天命を待つ」ができもしない「天事をつくして天命を待つ」ならきっととっても疲れてしまう言葉になってしまいます。

人間は神様でないのだから、未来は予想できないし、完璧なことはできない。

完璧主義ではなく、素直に人間であることを認める方が、心が癒されます。

完璧主義者は自分だけでなく、他の人にまで完璧を要求しますから、人間関係もおかしくなります。


だから、尽くすという言葉に、たいへん意味があると思うのです。

真剣さがたりない。本気さが足りない。

自分がいくらがんばっていても、実は自分に限界を作っていたり、他の人から見たらまだ、真剣さがたりない可能性がありますよね。

昨晩「学校へ行こうMAX」で岡山の西大寺で行われる男祭の取材がありました。

祭は、必ずテレビでも取り上げる裸の男が2本の宝木を取り合う日本三大奇祭の一つです。

テレビでは、その小さい版の子供祭でなんとか、宝木をとりたい小学6年生を特訓するコーナーでした。

前年優勝者二人にしごいてもらうのですが、最初は遠慮して腰が引けて、全然ダメなのですが、大人祭の優勝者や多くのスタッフの人に励まされ、1時間後には粘りがでてきて、遠慮がなくなり、相手か宝木を奪い取ることができました。

うれしくて泣いています。実際本大会では宝木を取ることができませんでしたが、以前より前に前に出るようになり、なんとか触ることができたようです。

そのねばりが出てくる姿をみていると、だんだん本気さや真剣さ出てくるように見えます。

いかに自分で自分の限界を作っていて、その殻から自分が抜け出せるか。

その男の子は生まれつきの身長、体重、は無理でしょう。運動能力も急には難しいと思います。

これも人事。自分は神様のように、誰にも負けない力、スピード、体格を持っているわけではありません。

それを変えることは人事を天事に変える事。

できることを変える。取り組む姿勢を変える。もっと本気になる。

それが「人事を尽くして天命を待つ。」の本当の意味なではないか。と思ったのです。

まさに、あの有名な言葉「凡事徹底」と同じ意味が顕れてきました。


商売をしていても、お掃除など、当たり前のことを、徹底して行う。人がやらないほど、真剣に、継続していくと、そこにすごい力が生まれる。

人事の人はそういう意味ではないでしょうか。







































































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