昔話  

むかしむかしの外国のお話。(三浦綾子さんの本から)


ある信心深い男がいました。

ある時町にふたりの立派な男がやってきました。

彼らをみて、とても尋常な人でないと気付き、自分の家に泊まるように勧めました。

「いえ大丈夫です、どこかの街角で野宿しますから」とその二人は断ります。

しかし、その町はたいへん心の荒んだ人達が住んでいて、何をされるか分かりません。

信心深い男は、彼らの手をとり、自分の家に連れて帰り、泊めます。


案の定、その夜、町の男達はその家に押し寄せ、二人を引き渡す様に言います。

あたふたする主人を、二人は家の中に連れ戻し、呪文を唱えました。

すると、家ごと町から消え去りました。


二人は、男に告げます。「私達は神様の使いだ。実は、今の通りここに住む人たちはあまりにも悪い人たちなので、この町を滅ぼしにきたのだ。実はお前も一緒に滅ぼそうとしたが、私達に親切にしてくれたので、助けてやろう。」

明日その町を滅ぼすと聞き、男は二人の娘のいいなずけも助けようと思い、二人のもとに行って、訳を話します。

しかし、彼らは信じません。結局男と妻、娘二人の4人だけが逃げることになりました。

神様の使いは言います。

どんなことがあっても、後ろを振り返ってはいけない。町の向うの山までとにかく全力で走り続けなさい。

妻は、誘惑にかられます。少しだけなら振り返っていいだろう。ここまで助かったんだから大丈夫だ。


ここまで特別に待遇され、命を助けられるのに、人はなぜ我慢できないのでしょう。

少しだけなら、許される。人の甘え、弱さなのでしょうか。

談合問題で、問題になった知事さんも、少しだけなら、他の県でもあることだし。

しかし、その少しだけが、全てを失ってしまう。

結局は相当悪いことをしても、ちょっとだけ悪いことをしても、結果は同じ。


ある既婚の女性が、一度だけ他の男性と経験したい。そう思った人がいたそうです。

実際に、その人が経験したそうです。

結果は家庭のすべて失なったそうです。主人とも別れ、子供とも分かれ、今は一人で暮らしているそうです。


後ろを振り返った、信心深い男の妻は、瞬間的に塩柱に変わり、崩れ去ってしまいました。


その後も興味深い話は続きます。

助かった3人は1日走り続けて疲れきってしまいます。

もうあの山まで歩けないから、あそこに見える町は滅ぼさないで下さい。

そうすれば、私達はその町に行って助かることができます。


人はなんとぜいたくなんでしょうか。

命を助けてもらっているのに、更に願いごとをします。

しかし、神様は認めます。

そして三人は助かることができました。


ある有名な経営者もこう語っています。

人はなかなか感謝する心を持たない。

たいへんな目に会うと愚痴をこぼす。

ではいい事があると、感謝するかと言えばしない。

もっともっと、と欲を言い出すので、結局は感謝しない。

そうなると感謝することがない。

だから、理性でも何でも、感謝する気持ちをいつも持ち続けないといけない。



「少しだけならいいだろう。」

「人はどんなに恵まれていても、感謝しない。」

紀元前から、人間は変わっていなし、その行動の結果の歴史は繰り返されているのですね。

そして、それがいけないことだと知りながら、犯してしまう。

不思議な生き物なんですね。








































0



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL





AutoPage最新お知らせ