即答  

暑かった8月も今日で最後。

日差しは相変わらず強いものの、日陰で感じる風はとても気持ち良くなりました。

秋と言えば運動会。

小学校は今月16日です。

次男三男に「リレー出られるの?」

と聞くと、次男は「ウーン」

三男は即答で「無理!」

リレーはクラスで早い順で3人選ばれるそうです。

三男はいつも5番。

最初から諦めている様子。

次男は、なんとか頑張ろうと思う性格ですが、

三男は、生まれてからずっと、生存競争が激しい中にいました。

お兄ちゃん達が、いろいろ言われるのを見て、どれが楽でとれが大変か判断する力を身につけているのです。

どのお皿が一番量が多いか、どのコップに一番ジュースが入っているか、誰と一緒にいると、お菓子にありつけるか。瞬時に判断できます。

でもその反面、世の中には予想外に楽しいことがあったり、手間をかけてやり遂げる充実感を、最初から諦めてしまう。そんな傾向が次男と比べてあります。

まあ親バカの期待し過ぎかもしれません。


こんな詩があります。

私は成功するまで頑張り続ける。私の毎日の努力とは、あたかも硬い樫の大木に加えられた、斧の一撃のようなものである。

最初に打ち込まれて、木は微動だにしない。二度三度と繰り返されても同様である。
それぞれの一撃は無意味であり、何の効果も生じないように見える。

しかし、子供じみたこの一撃も、それが繰り返されることにより、樫の木は、ついに倒れるのである。

今日の私の努力は、まさにこれである。

私は、山をも流し去る一粒の雨である。
虎を食い尽くす蟻である。
大地を照らす星である。
ピラミッドを築く奴隷である。
私は、レンガを一個ずつ積上げていって、巨大な城を建てようとするものである。
なぜなら、私は、ほんの小さな試みも、それが繰り返えされることによって、いかに困難な仕事も成しとげられることを知っているからである。

(「史上最強の商人」オグ=マンディーノ)

やる前から、無理だと判断してしまう。

それだと、いきなり手に入れられる簡単なもの、生まれて持った才能で手にはいるもの、つまり、努力しなくても自分の手の届く範囲のものしか、一生目指さなくなってしまいます。

たとえ、それ一撃の斧、一個のレンガでも、積み重ねていけば、自分が手に入れられないと諦めていたものも、手にはいる。

無駄と思っても「努力する」という習慣を身につけて欲しい。

そう子供に言おうと思いながら、自分にも同じことを言い聞かせています。


でもやっぱり、親ばかですね。








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