2006/1/27

週刊誌風雲録  

著者:高橋呉郎
出版:文春新書
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週刊誌をあまり読むほうではないと思う。
定期的に購入している雑誌はないし、買うのは通勤途中で手持ちの本を読み終えちゃったときくらいかな。その場合は新聞広告か、車内の吊り広告で記憶に残っているものを買っている。「買うならこの週刊誌」ということも全くない。

だから本書を購入したのも「週刊誌」に興味があって、というわけではない。ただ一つのジャンルが勃興するときと言うのは猥雑なエネルギーに満ち溢れていて、濃厚な人間関係が展開されるということがあるので(そのスケールの大きいのが「戦国」や「幕末」かもしんない)、そういう意味じゃ面白そうかな、と思って購入しただけだ。
それに「風雲録」って、何か面白そうジャン(笑)。

本書で取り上げられているのは昭和32年から昭和36年の、わずか5年程度。エピローグには「ロス疑惑」に触れている部分もあるから50年代にも言及はあるんだけど、あくまでも主眼はこの30年代の5年間であり、従って僕が生まれる前の話、ということになる(笑)。
その間に発刊される複数の週刊誌(「週間朝日」「週間新潮」「アサヒ芸能」「週間明星」「週間文春」「週間現代」「女性自身」「週間平凡」)が取り上げられていて、それぞれ興味深いが、本書の低音部を成しているのは「草柳大蔵」と「梶山季之」という二人の大物ライター。基本的に彼らからの距離感からそれぞれの週刊誌のスタイルが測られていると言ってもいいと思う。
(文章のスタイルは、時折主観(と言うより自分の経験談)を交えながらも、極力事実に即した記述を心がけるというもので、読みやすいものだった。「記事を書くのにどういうスタイルを取るか」というのも本書の視点の一つだから、その意味でもここら辺には作者の主張があるのだろう)

まあ「かなり面白い時代だったんだなぁ」(なんせ「150万部」売れる雑誌もあったようだから)とは思うが、一方で現在においては「このジャンルは滅びつつあるのだな」とも感じさせられる。「スクープ第一主義」は短期的には雑誌の隆盛に寄与したが、長期的にはその衰退を招いたと言えるんじゃないだろうか。
それがジャンルとしての寿命だ、と言うことなのかもしれないが…。



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