2006/1/21

武士道  

著者:新渡戸稲造  訳者:矢内原忠雄
出版:岩波文庫
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まず感想の第一は、
「字が小さい」。
第二は、
「訳が古臭くて、難しい」。

まあ「ラストサムライ」の後押しもあって、「武士道」の新訳は沢山出ている(最近また文庫が出ていた)のは分かっていて、「まあそれでも「古典」っぽい感じで読みたいから岩波がいいかぁ」と選んだのは僕自身なので、文句言う筋合いじゃないんだけどね(笑)。
しかしそれにしても訳が古くて難渋した。
74年に改版した際の訳者の言葉に、
「この機会に全体を現代口語体に改めて今日の読者に読みやすいようにすることも考えたが、それは本訳書の調子をあまりに崩すことになり、それによって得ることよりも失うところの方が一層大きいことをおそれ、(中略)改変の手を加えることをしなかった」
とあったが、何度、
「手を抜くなよ!」
と訳者の「怠慢」を責めたことか。いや、自業自得なんだけどさ。
(ちなみに今、「シャーロック・ホームズの冒険」の新訳本を読んでるんだけど、「武士道」の出版が「1899年」、「ボヘミアの醜聞」が「1891年」だから、両書は同時代の作品となる。でも「シャーロック・ホームズ」の方が百倍読みやすい!!)

内容的には思ってるよりも復古調じゃなかったな。結構「武士道」の限界や、その行き過ぎなんかも指摘しているしね。
勿論、「茶の本」と同様に、本書も「学術書」ではなく、「自分の考え」を述べたものに近いので、取り上げられている題材の歴史的正確性には疑問符もあったけど、まあそれは本作の傷にはなるまい。外人に分かりやすいように、具体的な例も豊富に取り上げられていて、(訳には苦労したが)読み物として面白く読むことが出来た。
もっとも、コレが日本人の根本理念としてある、というのはどうかな。むしろ「理想論」「理想像」と考えた方がいいんじゃないかなぁ。そしてその立場から、「武士道」を見直すというのは(藤原正彦氏の指摘どおり)現代日本にとって意味のあることだと思う。

ただもう一つ考えなければいけないのは、「武士道」を掲げながらも日本は第二次世界大戦で破綻をしたということだ。勿論、すでに新渡戸稲造自身が予見しているように、それは(本当の意味での)「武士道」が衰退あるいは曲解されたことによるのかもしれない(新渡戸氏の説く「武士道」には「平和主義」的な側面も強い)。
ただ曲りなりにも成功した「明治」と、破綻へ向かった「昭和」(戦前)との差は何なのか、問い続けることは必要だと思う。

例えば僕はその一つに「うしろめたさ」があるんじゃないかと思う。
即ち「明治」を作り上げた人々には、維新への自負とともに、例えば徳川幕府への、例えば先に死んでいった志士たちへの「うしろめたさ」があり、そのことが彼ら自身を律していたのではないか、と。
その「うしろめたさ」から解放されたことで、暴走し、破綻したのが「戦前の昭和」だとしたら、その「戦前の昭和」に対する「うしろめたさ」から身を律し、復興を成し遂げたのが「戦後の昭和」なんじゃないだろうか。

だとしたらその「うしろめたさ」を忘れつつある「今」は結構危ないんじゃないかなぁ…
なんてことを考えたりもしたわけである。



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