2008/2/22

民主党の研究  

著者:塩田潮
出版:平凡社新書
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僕自身は、かなり保守化したとは言え、「心情サヨク」の気分は抜けきっていないと思うし、「反・権力」というポジションから「反・自民」に肩入れするスタンスは一貫していると思っている。
そういう意味では、「対抗勢力」の中核としての「民主党」の動向については、それなりに注意を払ってきたと思ってたんだけど、本書を読むと「まだまだ」って感じだなぁ。やっぱり小泉政治の時代は、小泉純一郎を中核とする自民党内政治が「政治」の中心だったんだなという思いを強くした。
(そういう意味では「自民党をぶっ壊す」と言いながら、小泉首相は「自民党内派閥の対抗と均衡の中で、それぞれが民意を代表しつつ、首相の交代によって『擬似政権交代』を行う」という自民党政治には極めて忠実な政治家だったのかもしれない。既得権益の代表者としての派閥の土台は大分揺るがしたようだが。
ま、ここら辺も最近の自民党を見てると・・・)

本書は小沢一郎の「民主党党首辞任騒動」から筆を起こし、細川政権からの小沢一郎の動きや民主党の立役者たちの動向を追う中で「民主党」の姿を浮き彫りにし、今後政権与党となりうるかを問うた、なかなかの労作だと思う。

本書のスタンスは「人物像」を追いかけることで、その政治スタイルや政治的傾向などを明らかにし(その中心は「小沢一郎」「鳩山由紀夫」「菅直人」であるが、民主党首を務めた岡田・前原にも触れている)、それらが党運営にどのように反映し、「民主党」がどのような政党となっているかを示すとともに、今後どのような方向に進んでいくかを推測している。
こういう「人物」本位の政治本を読むと、
「政治を動かすのは最後は民意ではないか」
「民意がどのように変遷し、どのように分類・分析すべきなのではないか」
と思わないでもないんだけど、まあそれは「別の話」ということだろうネ。
それに読み物としては、こういう「人物評」のほうがズッと面白い(笑)。

大連立騒動のとき、小沢一郎は「国の安全保障に関する重大な譲歩が自民党にあった」旨を理由の一つに挙げていて(福田首相は否定)、それを聞いた僕は
「安全保障への小沢氏のコダワリは分かるが、何だか言い訳じみてるなぁ」
と思ったもんだ。
ただ本書を読むと、湾岸戦争を契機として、一貫してこの点を検討し続け、民主党に合流してからも党内各グループとこの点について議論し、合意文書をコツコツと結んできた「小沢一郎」の姿が記されており、そのコダワリが本物だったことが窺える。(翻ってみると、民主党の他のグループの「合意文書」への思い入れは「それほどでもなかった」ということになるんだろう)
党内を読み違えた一因はここら辺にもあるんだろうなぁと納得できるものがあった。(ま、それ以上に世間の評価を読み違えているんだけど)
新進党の失敗(政権交代を目的に総選挙を戦ったが、橋本自民に破れ、選挙後、急速に解党への途を辿った)への反省が「選挙前の連立」に繋がったというのも、一理ある。

本書に描かれる「小沢一郎」の姿は一般に流布していたイメージ(「剛腕」「策士」「理念優先主義」「寝業師」・・・)とはズレる部分も多いが、「全く期待するには値しない」という否定的なものでもないと思う。その筆加減が、作者の小沢一郎への期待の表れなんじゃないかと思ったりもしている。
(かなり辛辣ではあるんだけどね。ま、他に選択肢がないからナァ)

果たして民主党に政権運営するだけの「力」があるか。

それは僕にも分からない。
ただ「政権交代」を実現することで、日本の政治・行政の中にある「何か」が崩れ、そこから新しいものが生まれてくるんじゃないかという期待感はある。
少なくとも政策にかかわる情報公開は進むんじゃないかなぁ。そのことが日本の政治・行政の非効率的な部分を露わにしてくれるのであれば、それはそれで意味があるだろう。

ま、ただ混乱するだけって可能性もあるけどね(笑)。



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