2006/12/6

私のハードボイルド  

・「私のハードボイルド 固茹で玉子の戦後史」
著者:小鷹信光
出版:早川書房
クリックすると元のサイズで表示します

「ハードボイルドとは男性用のハーレクイン・ロマンスなのだ」
という斎藤美奈子氏の言葉に冒頭で触れ、「うまいと片付けるわけにはいかない」と著者は言ってるが、「うまい」と思い、「痛い」とも思ったのは間違いない(苦笑交じりにではあれ)。
それは僕もご同様。
色々反論はできるものも、なかなか本質に近いところを突いているのも、また事実だろう。そういう雰囲気の作品や評論が多いことも、それを楽しんでしまう自分が少なからずあることも否定できない。
「楽しいんだからいいじゃん」
と割り切れない気持ちがあることも(笑)。

「ハードボイルド・ミステリ」を読むようになったのは、ドイル・ルブラン・乱歩・正史・クイーン・クリスティと本格物に淫してきた僕の読書暦の行き着く先としては「ありうべき姿」であったと思うが、その探求における道標の一つとなったのが、小鷹氏の評論やエッセイだった。
特に「ネオ・ハードボイルド」の案内役としては一番頼りにしたし、「ハメット」「チャンドラー」のより深い理解においても小鷹氏の示唆は大変参考になった(確か「一人称で語るマーロウだが、『最も大切なこと』は語られていない」と指摘したのは氏ではなかったか)。実際、80年代の僕の読書生活において小鷹氏の著作や訳業、編集業にお世話になったことは数え切れぬほどあると思う。

そういう僕にとって、「ハードボイルドの定着が進む戦後史と、自身の戦後史を重ね合わせて記す」という本書はかなり面白く読めた。今更ながら、「本格物」の雄エラリー・クイーン(フレデリック・ダネイ)が、「ハードボイルド派の始祖」ダシール・ハメットを高く評価し、社会的な再評価にも影響を与えていたなんて「歴史的事実」を再確認し、楽しい驚きを味わわせてもらったりもした。
でもまあここら辺は「今までの付き合い」があるから言えること。そういう背景ナシに本書を読むと、「ナンノコッチャ」と言うのが正直なところじゃないかね。
「なんでここまで『ハードボイルド』という言葉にこだわるのか」
というのも、他の著作の中で延々と、作品としての「ハードボイルド」、ヒーローという点から見た「ハードボイルド」、作家という点から見た「ハードボイルド」、更には個々の作品の評論から翻訳まで、種々の取り組みを行い、著作を送り出してきた果てだからこそ、なんだよね。
その前提なしにこんなの読まされたら、まあつまらない事この上ないだろうなと思う。

と言う訳で、本書についてはものすごく間口の狭い本。決して決して他人にお勧めできるものではない。「男にとってのハーレクイン・ロマンス」=「ハードボイルド小説」について、何時間でも語っちゃうような阿呆にのみ楽しめる本だろう。
僕はすご〜く楽しんだんだけどね。



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ