2006/2/23

漱石の思い出  

著者:夏目鏡子述、松岡譲筆録
出版:文春文庫
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「向田邦子の恋文」に続き、小説家の遺族による「思い出話」だが、「恋文」が礼賛の言葉で溢れているのに比べて、こっちは有名な「偶像破壊」の書(笑)。おかげで気楽に読めた、というのもある。

ただ本書で描かれている「漱石像」は、その後の遺族・門下生の証言や、英国留学時代のエピソードなどで補強され、今ではだいたい「事実」と捉えられているんじゃないかな。むしろこんな精神状態の中から、あれだけの作品を生み出したことの方に驚いてしまう。
端正な「偶像」は破壊されたかもしれないが、その下にはより驚くべき「漱石像」が登場した、というわけだ。

夫人から見る夫としての「漱石」は、作品の精神性の高さや、歴史における漱石の特異なポジションなどを剥ぎ取られ、まああられもなくみっともない姿だ。つまるところ、妻から見た夫などというものはこんなもんなのかもしれない(溜息)。
しかしながら鏡子夫人の口調には漱石に対する愛情と尊敬の念(そしてそれは文豪・漱石ではなく、人間・漱石に向けられている)が感じられ、深刻な状況を話す時にもユーモラスな雰囲気がにじみ出てきていて、作品としての印象は明るいものになっている。
「色々あったけど、いい夫婦だったんだな」
読み終えて、そんな風に思えるところが、なかなか気持ちのいい本だ。
鏡子夫人については「悪妻」の評があり、本人談を見ても、「全くの誤解」とは言い切れないようだが(笑)、ここに描かれる漱石とはやっぱりこの女性でないと添い遂げることはできなかったであろう。なかなか興味深い女性だ。
(漱石が精神病を病んでいると分かり、「絶対に離縁しない」と決意を母に語る下りは感動的。ちょっと立派過ぎる感じもするけど。笑)

本書はどこも面白いエピソードに満ちているが、圧巻はやはり「修善寺の大患」。ここの緊迫感に満ちた章は、比較的ユーモラスな雰囲気のある本作の中で最もドラマチックなところ。帰京しようとする医者を引き止める当たりの迫力(しかもそのことが漱石を救うのだが)はちょっと見物だ。危機の中で「漱石」と「鏡子」の関係が浮き出てくる印象深いエピソードとなっている。
(ここら辺を漫画化した「「坊ちゃん」の時代第五部 不機嫌亭漱石」には、その凄惨な血みどろの状況が描き出されている)

まあでも娘たちにとっては「漱石」は「恐ろしく怖い父」であったようで、そちらから見ると「困った親父」ということだったらしい。
本書で鏡子夫人は「困ったオヤジ」である漱石を暴露しているわけだが、(赤裸々に語られているにも関わらず)そこには「漱石」に対する否定的な視線がほとんどない。従って本書を読んだ方も漱石に対する尊敬の念を損ねるようなことにはならない(発表されたときは「漱石」を知る人も存命で、色々あったようだが)。
ここら辺が「夫婦の機微」というものなのかもしれないナ。まだ良く分かんないけどねぇ(笑)。



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