2014/10/10

音楽という言語(1)  ピアノ

20代までは、音楽とは、感性で「感じる」ままにするものなのだから、そこに理屈を持ち込むなんて邪道だ・・と思っていました。
 
でも、30歳から延べ8年(2+3+3年)お世話になった3人のハンガリーの先生方(おひとりは東京、お二人は札幌に住まわれていました)のレッスンで、度々、「楽譜がこうなっているから・・」という説明の元に、表現のアドヴァイスがあり、そういう目で楽譜をよく見ると、そこは表現のヒントの宝庫でした。
 
さらに、30代半ばから10年間お世話になった、東京の音大でも講義されている作曲家の先生も、非常に的確な表現で、楽譜を根拠に、表現のアドヴァイスをされ、それが、「腑に落ちる」感じで、レッスンの最後には、「私はこういう風に弾きたかったんだ・・」と目から鱗が落ちるように感じました。
 
楽譜を良く見て「考える」ことは、「感じる」ことの邪魔をするどころか、「感じる」ことを助けてくれるものでした。
 
自分の勝手な解釈・・・というのとは、違うのです。
 
某所で、自分の勝手な解釈の押し付けというのではない「伝統の継承」といったものがあるのではないか・・という、素晴らしい言葉で表現されていましたが、まさしく、そういうことだと思います。文章の読み方のようなもの・・・。
 
 
あくまでひとつの例ですが、「2回同じことがあったら、2回同じに弾いてはいけない。それが西洋音楽のルールだ。」と、西洋人の先生が仰ると、それだけでも、「なるほど!」と、意識が変わるわけです。そういった、明確で、応用のきくアドヴァイスを沢山頂いて、いつの間にか、楽譜の見え方が少しずつ、変わっていきました。
 
それらは、レッスンでも生かすことができるものでした。バイエルも、ツェルニーも、ちゃんと考えると、まるで別の曲のように、とても素敵に、聴こえました。
 
音楽という言語(language)で語りなさい・・・と、帰国される時(お別れのとき)に、素敵な言葉を書いてくださったハンガリーの先生がいらして、人に語るように演奏しようと思いました。
 
フレーズ・・・文章のひとまとまり・・・をどう設定して読むか、つまり、演奏するかで、雰囲気は大きく変わります。
 
大抵は短くとらえられています。
 
スラー=フレーズ、と思ってらしたピアノの先生が、片手では数えられないと言うと、「もう1人数えてください、(^^;)/ 」と手を挙げた先生も・・(^^) そのユーモアと謙虚さが素敵だと思いました。
 
そうなんです、もっともっと長く作れた方がいい。スラーがフレーズと一致する「場合もある」という感じです。しかも、短いフレーズ、「モチーフ」と私は言っていますが、言葉でいえば「単語」のようなもの。単語を連ねて、文章ができるわけです。
 
つづきます。
 
 
 
最後まで読んでくださってありがとうございます。
 

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