あれから5年(前編)
2019/1/3 0:18 | 投稿者: おるん
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注)本文中にある名称は実在の物・人・団体とはなんら関係ありません。
ウェブカレはリンクシンク社のSNSサービス名です。
小説内の設定は必ずしもウェブカレ公式設定と同じではありません。
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◆◇◆あれから5年(前編)◆◇◆
2016年3月11日金曜日。
5年前の今日も金曜日だった。
5年前。
高校3年の入試シーズンが終わる頃。
前日に東大進学が決まったところだった。
その日は人生で初めてかもしれないほど気が抜けて、昼前まで惰眠を貪っていた。
平日昼間の誰も居ないダイニングでカップ麺をすする。
身支度して犬の散歩にでも行こうかな、と思ったところにインターホンが鳴った。
「こんにちは。谷本です。」
「ああ、桜か。今開ける。」
ドアを開けて玄関に招き入れる。
「薫君、風邪引いてるの?」
「いや、元気だが。」
「もうお昼だよ?もしかして、寝てた?」
「入試も終わったし、やることもないから偶には良いかと思って。」
「急に来て、邪魔してごめんね。」
桜が申し訳なさそうな顔をする。
「いいよ、とりあえず上がりたまえ。」
おじゃましますと言った桜が、俺の後についてリビングに入る。
「寒かったか?温かいお茶の方がいいか?」
「ううん、お構いなく。」
冷蔵庫の麦茶をコップに注ぎ、出してやる。
「ちょっと待っていろ、着替えてくる。」
「別に急いで着替えなくても良いよ?そんな薫君も新鮮。」
桜はそう言って、くすくす笑う。
くたびれたパジャマに寝癖、無精ひげ。テーブルの上には食べ終わったカップ麺。
そりゃまあ、普段、こんな姿は絶対見せない。
「こういうところは完璧超人だと思ってたけど、普通な時もあるんだね。」
「まぁアレだ、外用の俺ってヤツだ。俺なりに格好つけてるんだよ。」
寝癖の後ろ頭を掻きながらリビングを出て、身支度をする。
再びリビングに入ると、桜が犬達と遊んでいた。
「うん、いつもの薫君だね。」
「なんだよ?」
「ううん。さっきの薫くんのまま、お昼寝でも良いなと思っただけ。」
「あんまり寝たら、夜眠れなくなる。」
「そうだね。これからどうするの?私はお祝い持ってきただけだったんだけど…。」
「そうだな、腹ごなしに犬の散歩にでも行こうかと思っていたところなんだ。」
「うん。いつもお留守番じゃかわいそうだしね。この辺りの事も知りたいし。」
そうして2人と犬2匹で家を出た。
◆◇◆
桜が住む予定の部屋の近所のコンビニやスーパー、薬局、郵便局、銀行と、生活に必要となりそうな施設を案内して回る。
最後に公園で犬を遊ばせようといつもの公園へ行った。
二人でベンチに腰かけて、犬のゴムボールを数メートル先に投げる。
犬達がそれを拾って戻ってくる。
それをしばらく続けていた。
こんなにのんびりするのは何ヶ月振りだろう?
犬達もあんなにはしゃいで。
ゆさっと座っているベンチが震える。
「地震?」
揺れは収まるどころかどんどん大きくなる。
「でかいぞ!」
とっさに桜を抱き寄せて、桜の頭の上に被さるように抱えた。
「きゃあっ!」
大きな横揺れの中、悲鳴を上げる桜が俺の脚にしがみついている。
長い間揺れている。
その中で頭をもたげ、周りをみる。
木々が揺れて、電線も揺れて、ビルもゆらりとゆっくり揺れている。
桜も同じように俺の下で頭をもたげて辺りを見ている。
しばらくして揺れが収まった。
「すごい揺れたね、びっくりしたー。」
桜が俺の膝から起きあがる。
P波とS波の間隔が少しあったから、震源は遠いな。
それでこれだけ揺れたってことは。
「桜、帰るぞ。君を家まで送る。犬を帰してからだが、構わないか?」
「え?構わないけど…。」
「多分、この地震は大惨事になると思う。君の親が心配する前に帰らないと。」
「じゃあ、電話だけでもしておこうかな?」
「…そうだな。」
桜が鞄から携帯を取り出して電話を掛ける。だが、桜の母親も手が離せないのか、電話に出なかった。
「早く行こう。」
「薫君のおうちの人は?」
「俺以外は皆、学校や病院だからな。それなりに人が集まってるから大丈夫だろう。」
余震が来るだろうか?頭上にも気を付けないと。
緊張のせいで、桜の手を握る手が汗ばむ。
玄関のドアを開けると、靴箱の上の置物が落ちて割れていた。
「やはり、結構大きな揺れだったんだな。犬とそこで待っていてくれ。」
犬達を桜に預けて家の中に入る。
リビングに入ると、辛うじて家具は倒れていなかったが、キッチンの上にあったものは殆ど床に落ちて割れていた。
これでは掃除をしないと犬達を入れられない。
ドアの方から桜が声を掛ける。
「薫君、どう?」
「ああ。大したことはなさそうだが、破片があるから危ないな。犬はケージに入れる。」
ケージ二つを玄関に運び、犬達を入れる。
念のため家族宛に書き置きをして家を出た。
-続く-
---
前編
後編
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2016年3月11日金曜日。
5年前の今日も金曜日だった。
5年前。
高校3年の入試シーズンが終わる頃。
前日に東大進学が決まったところだった。
その日は人生で初めてかもしれないほど気が抜けて、昼前まで惰眠を貪っていた。
平日昼間の誰も居ないダイニングでカップ麺をすする。
身支度して犬の散歩にでも行こうかな、と思ったところにインターホンが鳴った。
「こんにちは。谷本です。」
「ああ、桜か。今開ける。」
ドアを開けて玄関に招き入れる。
「薫君、風邪引いてるの?」
「いや、元気だが。」
「もうお昼だよ?もしかして、寝てた?」
「入試も終わったし、やることもないから偶には良いかと思って。」
「急に来て、邪魔してごめんね。」
桜が申し訳なさそうな顔をする。
「いいよ、とりあえず上がりたまえ。」
おじゃましますと言った桜が、俺の後についてリビングに入る。
「寒かったか?温かいお茶の方がいいか?」
「ううん、お構いなく。」
冷蔵庫の麦茶をコップに注ぎ、出してやる。
「ちょっと待っていろ、着替えてくる。」
「別に急いで着替えなくても良いよ?そんな薫君も新鮮。」
桜はそう言って、くすくす笑う。
くたびれたパジャマに寝癖、無精ひげ。テーブルの上には食べ終わったカップ麺。
そりゃまあ、普段、こんな姿は絶対見せない。
「こういうところは完璧超人だと思ってたけど、普通な時もあるんだね。」
「まぁアレだ、外用の俺ってヤツだ。俺なりに格好つけてるんだよ。」
寝癖の後ろ頭を掻きながらリビングを出て、身支度をする。
再びリビングに入ると、桜が犬達と遊んでいた。
「うん、いつもの薫君だね。」
「なんだよ?」
「ううん。さっきの薫くんのまま、お昼寝でも良いなと思っただけ。」
「あんまり寝たら、夜眠れなくなる。」
「そうだね。これからどうするの?私はお祝い持ってきただけだったんだけど…。」
「そうだな、腹ごなしに犬の散歩にでも行こうかと思っていたところなんだ。」
「うん。いつもお留守番じゃかわいそうだしね。この辺りの事も知りたいし。」
そうして2人と犬2匹で家を出た。
◆◇◆
桜が住む予定の部屋の近所のコンビニやスーパー、薬局、郵便局、銀行と、生活に必要となりそうな施設を案内して回る。
最後に公園で犬を遊ばせようといつもの公園へ行った。
二人でベンチに腰かけて、犬のゴムボールを数メートル先に投げる。
犬達がそれを拾って戻ってくる。
それをしばらく続けていた。
こんなにのんびりするのは何ヶ月振りだろう?
犬達もあんなにはしゃいで。
ゆさっと座っているベンチが震える。
「地震?」
揺れは収まるどころかどんどん大きくなる。
「でかいぞ!」
とっさに桜を抱き寄せて、桜の頭の上に被さるように抱えた。
「きゃあっ!」
大きな横揺れの中、悲鳴を上げる桜が俺の脚にしがみついている。
長い間揺れている。
その中で頭をもたげ、周りをみる。
木々が揺れて、電線も揺れて、ビルもゆらりとゆっくり揺れている。
桜も同じように俺の下で頭をもたげて辺りを見ている。
しばらくして揺れが収まった。
「すごい揺れたね、びっくりしたー。」
桜が俺の膝から起きあがる。
P波とS波の間隔が少しあったから、震源は遠いな。
それでこれだけ揺れたってことは。
「桜、帰るぞ。君を家まで送る。犬を帰してからだが、構わないか?」
「え?構わないけど…。」
「多分、この地震は大惨事になると思う。君の親が心配する前に帰らないと。」
「じゃあ、電話だけでもしておこうかな?」
「…そうだな。」
桜が鞄から携帯を取り出して電話を掛ける。だが、桜の母親も手が離せないのか、電話に出なかった。
「早く行こう。」
「薫君のおうちの人は?」
「俺以外は皆、学校や病院だからな。それなりに人が集まってるから大丈夫だろう。」
余震が来るだろうか?頭上にも気を付けないと。
緊張のせいで、桜の手を握る手が汗ばむ。
玄関のドアを開けると、靴箱の上の置物が落ちて割れていた。
「やはり、結構大きな揺れだったんだな。犬とそこで待っていてくれ。」
犬達を桜に預けて家の中に入る。
リビングに入ると、辛うじて家具は倒れていなかったが、キッチンの上にあったものは殆ど床に落ちて割れていた。
これでは掃除をしないと犬達を入れられない。
ドアの方から桜が声を掛ける。
「薫君、どう?」
「ああ。大したことはなさそうだが、破片があるから危ないな。犬はケージに入れる。」
ケージ二つを玄関に運び、犬達を入れる。
念のため家族宛に書き置きをして家を出た。
-続く-
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前編
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