「「タイヨウのうた」感想文(すごくYUI寄りバージョン)」
YUI
雨音薫はただ一人。きっとYUIだけ。
僕が映画を見た直後に感じた感想。
YUIは「演技」という言い方は好きではないと言っていた。「全部自分を使って表したい」とも。
どういう事なんだろうと考えていたが、つまりは「自分ではない誰かになりたくない」という事ではないだろうか?
元々今回の出演オファーを受けたのも「ストリートミュージシャン役だから」というのが大きいと言っていたし、
薫という人間も
YUI自身がすごく共感できる部分があり、自分(
YUI)として映画の中を生きたのではないだろうか?
「アルバムもツアーも楽しみだし・・・、うん。いや、今日の晩ご飯とかも楽しみですよね(笑)
うん…。
見てくれている人の心に届けれるような歌を唄いたいと思いますね。音楽を・・・。うん。」
ある番組の中での自然な受け答えの中での
YUIの言葉。
「・・・うん。」ってすごく
YUIっぽい口癖。
僕はメディア(TVや雑誌インタビュー)に出ている
YUIしか知らないし、またそれでいいと思っている。
YUIが僕たちに伝えたいのは
YUI自身の言葉であり、魂とも言える音楽そのものだから。
でも、その音楽を一番身近で感じられるLIVEに僕は参加した。
そこにはより真実に近いはずの
YUIが居た。
見た目だけではわからない・・・。
クール・悪く言えば生意気そう…・ぶっきらぼう。
でも、ひとたびその世界に触れれば必ず感じられる「透明感」「清潔感」「まっすぐさ」「不器用」「お茶目」「おとぼけ」「意地っ張り」・・・。
演技ではない、本職での
YUI。
どうだろう?
薫そのものではないだろうか?
「7street」ツアーでドラムを叩いていた牟田さんのブログにこんな一文があった。
『そして何より驚いたのが、
こんな事書いていいのかわかりませんが、
スタジオでの、楽屋での、ライブ中の、
スクリーンでの
YUIさんがほとんど、いやぁ全く同じキャラ
まるで演技していないみたい、
ノンフィクションなんじゃないか?
セリフはアドリブ?みたいに自然、
ん〜ここまで統一したキャラがあるって凄いなぁ〜
公開前に書き過ぎてもなんなのでこの辺にしておきますが、いい映画でした。』
LIVEに参加した僕たちよりもより身近で
YUIを感じた人もこんな感想を寄せている。
それだけ
薫=
YUIなんではないだろうか?
タイヨウのうた公式HP内の
YUI's diaryに「今日は泣いてしまった・・・。」
という日がある。
初めて読んだときは、「監督に言われた事が上手く出来なくて叱られて」かな?って思っていた。
でも、後々考えてみると多分「私ならばこうだ」というビジョンがあって、たぶん監督もそれで良いと思っているのに、思い通りに表現できなかった。
そんな心の葛藤、生みの苦労からではないかと思います。
きっと
YUIは映画の中で、「
雨音薫」として生きた。
そしてもう一つの主役が、監督と、いやすべてのスタッフと、そして何より
薫自身と一緒に創り上げた「
Good-bye days」。
本物のミュージシャンがミュージシャン役で出演(主演)して、その映画のために撮影期間中に書き下ろした曲が、主題歌になっている・・・。
そして劇中で何よりも大切なテーマになっている。
こんな曲、今まであっただろうか?
映画の中では
薫が
孝治に送ったラブソング。
でもそれは
YUIが
薫のために生み出した自分の分身。
スタッフさんもそれを感じてアーティスト名を
「YUI for 雨音 薫」としたのだろうか?
それとも
YUI自身がそう付けたのだろうか?
「演技という言い方は好きじゃない。」
演技の勉強をして来ていない自分が、表現するのならば・・・
じゃあ自分として生きよう。
劇中での
薫は、監督から「こう演じて欲しい」と言われてそうなったのか、
YUI自身を引き出したのか・・・僕には判らない。
でもどんな役をしてもどの役もその人っぽい「オンリーワン」な俳優・女優は多い。
きっと
YUIもそんな一人だ。
十分すぎるほどに魅力を持った一人の人間だ。
僕の中では
雨音薫は今でも
YUIとして生き続けている。
生きて生きて、生きまくっている。
雨音薫として生きたのはただ一人だけ。
きっとYUI一人だけ。

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