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投稿者:mattun
ひろさん、こんにちは。

なかなか思うようには行かないものですが、趣味ですから気の向いたときに自分のペースで進める方が楽ですよね(^^)義務になったらそりゃ趣味じゃなくなってしまいますから・・・(なんて言い訳っぽく;笑)

常磐線ファンは結構多くいらっしゃいますね〜(^^)私がどっぷりハマり始めたのが昭和50年代後半なので、ひろさんのおっしゃる運用の時代背景は雑誌などでしか知らないのですが、もしその場にいたら間違いなく毎日上野詣でしていましたね(笑)

http://happy.ap.teacup.com/ngage/
投稿者:ひろ。です、
訂正です。
「つばさ」ではなく、「いなほ」の間合い仕様で、「ひたち」は走っていたの間違いでした。
調査不足ですいませんでした。

http://koeda-rinkai.blog.so-net.ne.jp/
投稿者:ひろ。です、
ご無沙汰しております。
ぼくも、昭和臨海鉄道の建設は、全くと言っていいほど止まっております。別に、建設反対の住民に阻止されてるわけでもなく、ただただ、日々の忙しさにかまけているだけなんですが。

それにしても、ぼく好みの常磐線の顔ぶれですね。
昭和50年頃は、「ゆうづる」「ときわ」「ひたち」が数多く走っていた時代でしたね。
20系は、「ゆうづる」から、「十和田」の運用につきましたよね。その代わりに、14系・24系・583系と、同じ特急でありながら、3つの顔ぶれ。
20系は、平(現・いわき)から、C62が牽引してましたよね。そう思うと、長かったですよね。
「ひたち」も、初めは、ボンネットタイプキハ80でしたか。しかも、「つばさ」かなんかの、間合い仕様。冬季は、「つばさ」が雪で東京に戻って来れないときは、451系が代走したとかしないとか。
それにしても、懐かしい顔ぶれでした。

http://koeda-rinkai.blog.so-net.ne.jp/
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