なんだかウカナイ・・・  ブリスベン生活

ハナの学校の3学期が始まって最初の1週間。
まずまずいい感じで終えました。

金曜日。
いつものように、星南を連れてJapaneseプレイグループに参加。
楽しく過ごしたはずだったのに、
夕方になってぎゃーぎゃーいう子供たちといたら、
なんだか気分が沈んできました・・・・

そろそろ「日本セラピー」が必要になってきているのかもしれません。
でもわかりません・・・


昨日はなぜかものすごく疲れて、
10時前に就寝。
久しぶりに「ぐっすり寝た」、いいクオリティーの眠りでした。

でも夢がね。

大学時代の、剣道の同期たちが出てきて、
みんなで私の伯母のいる地にホリデーに出かけるという状況だったんです。

なんかみんなで笑いころげて、
楽しくて楽しくて、
もうすぐおばちゃんのところに着く〜〜というところで、
目覚まし時計替わりの携帯が鳴りました。
あ〜あ、もうちょっとで会えたのに。

それから今週火曜日。

以前ここで、「いいエネルギーをもらえる先生」の授業の話をしましたよね。
私がいまカレッジでとっている「コミュニケーション」の授業の先生。
セラピストとして、クライアントさんたちといいコミュニケーションをとるには・・という授業ですが、
その一環として「Multiculturalism」、要は、
いろんな文化的バックグラウンドを持つ人たちを「理解しよう」という
内容の授業でした。

私は「アジア人」という、見た目でわかりやすい「違う人」ですからね、
たくさんいろんな質問を受けました。

オーストラリアに引っ越してきた後にしばらく、
明らかに人種差別でしょう的ないやな事象を経験してきている私としては、
・・・子供を産んでからはそういう経験は減りましたが・・・
そいうお題について話すことは、まだやっぱり居心地が悪いんです。

「異文化バックグラウンドを持つ人々を理解しましょう!」って構えること自体、
「英語をしゃべる白人オーストラリア人」から、
それ以外の人達を区別してみていることになるような気がして・・・

もちろんとても大切で必要なことなんです。

でも「違う人たち」にカテゴライズされている側から見たら、
そんなのは公共の場で言わなくても、
自分が属するコミュニティーレベルで浸透していけばいいんでない?と思うわけ。

結局、その授業は、
それは文化の違いからくるのか?
それは宗教上のキャラクターなのか?
それともあくまで個人的キャラの違いからくるものなのか?
・・いまいちその区分がよくわからない話なのでありました。

しかも、いろいろな国の「タブーな話」と題してのレクチャーもあり、
日本では「第二次世界大戦」について話すのはタブーとされている、と。

本当にそうなのか?
って、先生に確認されたけど、
え?ほんま?そうなん?という感じで、答えが出せませんでした。
「というか、第二次世界大戦のことはあまり知らない世代が大半で、
話題にも上らないんじゃあ?」と言いましたけど、
本当のところ、どうなんでしょう?
もっと他に「タブー」とされている話題ってあると思うんですけど・・・

「異文化バックグラウンドを持つ人々を理解しましょう」レクチャーは、
英語をしゃべる白人オーストラリア人以外の人達を、
おもいっきりステレオタイプ的にまとめたレクチャーで、
それ以降、後味の悪さを引きずっている感じです。

そいう澱が心に溜まってきているのかな。
なんだかつかみどころのない寂しさがみたいなものを、
自分の中に感じます。

そういう時は、こいつを見て
「大概の事はそんなに重要じゃないんだよね〜〜」と
笑い飛ばそう!

クリックすると元のサイズで表示します


コアラママちゃんに
「これは星南っぽい!」といただいた、
かわいいリンゴのパンツ。
彼女、パジャマと合わせてきました・・・
そんなコーディネートかい。
それにとってもうれしそう。
コアラママちゃん、ヤッパリ星南、やらかしてくれましたわ。



2010/9/6  19:41

投稿者:Michi

でも、ま、こういうことは、日本でも、海外経験ない人は、すんごい曲がった外国観、外国人観があったり、移民大反対の人が根強くいたりするのと同じで、世界中どこいっても、INSULARな環境に育った人が多い場所ではよくあることだよね。あと、そういうINSULARな環境に育った人たちって外のもの、人を知らないから、そこにFEARが生まれて、自分たちがINSECUREだから、新参者をいじめちゃう、誤解のもとにBASHしちゃう、みたいなところがあるんだろうね。日本でも外国人(とくにアジア人)に対するMEDIA一般の態度とかにもそういうとこ、まだまだあるよね。

今、私がだらだらやっている大学院の論文を書きながら思うのは、世界の人々の大多数が、いわゆる「国家」とか「国籍」「人種」に基づいたアイデンティティーにまだまだ執着しているということ。私は、個人的には、言ってみれば社会的に「作られた」国籍(国というENTITYが誰がその国のメンバーになれるか定義している)とか、「人種」とかを超えたところでの、いろんないろんな要素が共存している自分というものが一番にあるから、こういう「AUS文化イコールアングロサクソン文化」みたいな短絡的な解釈をみると、あほか、と思えてくるよ。

自分の生まれたり育ったりした場所、家庭環境、言語環境、宗教環境、食文化など、いっぱい自身を確立していく上での影響要素になるものって複数あって、その複数性が、私たち一人ひとりをユニークな存在にしているのに、わからないもの、「異」なものに対する恐れが、DIVERSE,MULTIPLEなものを、無理やりSIMPLIFYしようという力になる。MULTICULTURALISMの本もかじったけど、まだまだ問題があるみたいだね、このCONCEPTそのものにも。この記事みて、またその本見つけてこないと、と思ったが、そらが生まれてから、暇なくて読んでないよー。その本は、US/CANADA/AUSなどの国籍、文化観みたいなのの比較論みたいなやつでなかなかおもしろかったんだ。でもタイトル忘れた。。。

初コメントのくせにだらだら書いちゃったよ。。。ごめんなさい!!!また金曜日に!

2010/9/6  19:39

投稿者:Michi

はろー!SORAママのみっちーです!元気にしてますかー?この異文化セミナー、とってつけたみたいな感じだねー。教えてる方も、海外経験なしとか、英語圏のみとか、自分がマイノリティーになった経験ないような人だったりするんだよねー。でもブリスベン、近年大分ましになったよね、いろんな人が増えてきて。

ただ今だに、私は、オーストラリア全土でのTVや雑誌でフィーチャーされる人や記事書いてる記者そのものが、COMMUNITYのREPRESENTATIONよりもかなり白人よりになってる(その辺にAFRICANもINDIANもEAST ASIANもいるのに、TVや雑誌には白人ばっか)のを観るたび、まだまだやな、AUSTRALIA,と思ってしまいます。その辺はアメリカよりも断然遅れている。。。アメリカでは、歴史的な背景もあって、もっといろんな種類の人がMEDIAにも登場するし、紆余曲折あって、今も完璧ではないとはいえ、AUSよりMERIT主義が進行しているから、いろんなBACKGROUNDの人がいっぱい目につくんだよね。AUSはその辺がまだあまあま!!


2010/7/20  23:50

投稿者:ハナ★バナナ

>づみさん

愚痴ってばかりですみません。
もっと読んでくださる方にとって、すかっと気持ちのいいブログでなくちゃいけませんね。反省・・・

で、嬉しいお知らせありがとうございました!

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2010/7/20  17:17

投稿者:づみ

異国の地で生活するのって、その土地土地の文化があり大変だよね
日本国内だって県が違うだけで感じるのに

メールしてあります
ブロック優勝したよ
連絡待ってます

2010/7/20  10:39

投稿者:ハナ★バナナ

>アオミたんママ

初コメントありがとう〜〜!

そうなんや〜、アメリカにも住んでたのか。。大変やってんね・・・
何人であっても、いい人はいいひとで、いやな人はいやな人。人となり、だよね。
ま、この授業のことは終わったこととして、しれ〜と流すことにします。

星南、わらえるやろ?
でも昨日、公園に連れて行って、初めて補助輪なしで自転車、いきなり乗れてん!
ようわからん人やわ・・・

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2010/7/17  15:43

投稿者:アオミの母

わかります。その憂鬱な気持。
私がアメリカに住んでいた頃、とても辺鄙な土地でRed neckやらCow boyなどがたくさんいるようなところだったんですが、人々の軽い一言や視線、何度となく落ち込みました。たまに「普通」の友達(日本人としてではなく人間)として扱ってくれる人たちも居て、彼等には本当に感謝感激、雨あられでした。カテゴリーもなにもなく平等に人と付き合うって誰にでもできることじゃないみたいですねぇ。

それにしても、星南ちゃん、センスあるなぁ。

2010/7/17  13:55

投稿者:ハナ★バナナ

>わさびちゃん

わさびちゃんも、おつかれ〜〜
生きてますかぁ??

そうなんかあ、アメリカよりもオーストラリアのほうが上手に異文化と交わっているんかあ。
そうだよなあ、私たちの子供たちは、どうやって自分を確立していくんかなあ。
興味深いから、しっかり観察していよ〜っと。私、ちゃんと彼女たちをサポートできるんかしら・・・

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2010/7/17  13:52

投稿者:ハナ★バナナ

>かえごんちゃん

あ〜わかる、それ。
自分が素のままでいると「自分っておかしいんかも」と思えてきちゃうこと、
オーストラリアに引っ越してきてから3〜4年は頻繁にそう感じてたよ。
花南が学校に行き出して、
学校でいろんなお母さんたちを話すようになってからは、その頻度が減って、
かなり素だったんだけどね、
自分の行っているカレッジで強烈に違和感を感じることになろうとは。
ま、そいうこともあるよね、で、
いまはさらり〜と流そうとしてます。
星南が、なんかしらん、めっちゃおもろいんよ。彼女見てたら、ほんと、「たいがいのことはそんなに重要じゃないんよなあ。この子たちのために頑張らなくちゃ」と思えるから不思議〜〜
自分であることにOKでいたいと思います。

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2010/7/17  13:47

投稿者:ハナ★バナナ

>ぎょくん

そうか、またガールズナイト要!かぁ!!
なんかね、今回はストレス、というか、「悲しくなった」のよね・・・

西洋の世界にいて、とっても思うことは、
言葉は額面通りにしか伝わらない、ということ。
こういったということは、あなたはこう思っていたということだ。
みたいな。
その言葉を発した裏には何があったとか、
気持ちと裏腹に発された言葉だったんじゃないかという推察とか、
あんまり考慮に入れられない。
それに、職場では、なんでも「マニュアル化」、そして、訴訟を起こされてもこちらが不利にならない様に、ということが重要視されてるの。
事故を起こして相手を気付けても、ごめんなさいを言ってはいけない。なぜなら、ごめんなさいを言うことは自分の非を認めているということで、保険の関係上不利になる。

冷たーい、めんどくさい社会だなあと感じるときがあるよ。

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2010/7/17  13:41

投稿者:ハナ★バナナ

>しらゆきさん

そうよね、モノカルチャーな人たちにはステレオタイプであっても、そういう分かりやすい形にして呑み込んでもらう必要があるわね。
わたしも、その、「もうええわ」っていうの、よくあります。
この授業の中でも、ほんの少しだけだけど、本音の部分を語ったんだけどね。
そのあと、「やっぱりやめときゃよかった。どうでもええやん、私個人の感情なんて」と思ったんよ。
またMixiでお便りするね。

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