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2006/11/2

マリーアントワネット誕生日  ミュージカル・舞台

「MA〜マリーアントワネット〜」が初日を迎えました。
私はまだまだ先なので、わからないのですが、どうなんでしょ?

MAブログに初日カテコの様子がUPされていました。

トロちゃん・・・
クコールですか?(演目違い)
それにしても、あの奇抜な髪型とファッションにはまだまだ慣れませんなー。

ところで、今日は、その主役のマリーアントワネットの誕生日だそうです。

生まれたときは、まさか断頭台の露になって人生が終わるなんて思ってもみなかったでしょう。
革命時は贅沢だ!とかいろいろ言われていたみたいですが、あんなに波瀾万丈の人生を歩んだ人はそういないんじゃないかと思います。
200年たってもインパクトは大ですね。

そういえば、マリーアントワネットの息子のルイ・シャルル(ルイ17世)について調べました。
フランス革命時は8歳。母親から引き離され靴屋に引き取られるが、ひどい虐待があったらしい。
その後、ダンベル塔に入れられ、2年間を牢屋の中でたった一人で暮らす。
そして、結核により死んでいるのがみつかる。
享年10歳。

ルイ17世というのは、反革命派の王族の一人がこっそり皇帝に立てたようで、ルイ17世本人も自覚はなかったかどうかはわからない。

この死んでいるのが見つかった当時、棺の大きさが160センチほどあったようで、実際の身長はそれほど大きくなかったことから、身代わりを置いて逃亡説がまき上がったらしい。
ドイツのアードルフが有名らしいのだが、別人と判明。
この人に限らず、我こそはルイ17世だ!という人が後を絶たずだったよう。

身代わりの逃亡説がでた理由のひとつに、ルイ17世の身の回りの世話をしてた青年(少年?)が遺髪を大事にしており、何かの際に、ルイ17世のお姉ちゃんのマリー・テレーズに見せたところ、
「弟の髪の毛とは違います」
とハッキリ言ったとか。
困ってしまったのは、その青年さんなんだが(^^;

フランス革命から、ずーーーと謎とされてきた、ルイ17世の身代わり逃亡説に決着をつけようということで、ルイ17世の物とされる、ダンベル塔で死んだ少年の遺体を解剖したフィリップ医師が、その心臓をこっそり持ち帰って保存してたものが今でも残っていて、その心臓と、ウィーンにあるマリーアントワネットの髪の毛をDNA判定した結果、一致した!とのことで、ダンベル塔で死んだ少年は、ルイ17世本人だったことが証明されたらしい。2000年のことである。
でも、200年前のものなので、かなり判定に時間がかかったらしく、はっきり結果がわかったのは2004年だとか。

その後、ルイ17世は、209年ぶりに両親が眠る王家の墓に埋葬されましたとさ。

なんかね、ここまで調べて、泣きそうになりましたよ。
マリーアントワネットの息子として生まれてきたばっかりに、ひどい虐待から、たった一人で牢屋で暮らして。亡くなった後も、両親と一緒に葬れることもできず、騒動になり・・・
でも、よかった。よかった。
ルイ17世の両親もきっと天国で喜んでるよ。

マリーアントワネットの他の子ども達も、結構悲惨な人生を送っている。
時代が悪かったしかいいようがない・・・
1



2006/11/6  21:06

投稿者:みぽ

>みっしーさん
お久です(^^;
でしょ、でしょ?!
泣けるでしょー?!
もう判定がついてるので、あれですが、身代わり逃
亡説もいいんじゃない?と思っちゃいます。
逃げてくれて、そこで幸せに暮らしてたら…
当時のフランス人の子どもとしてはそんなに珍しい
死に方ではなかったかもしれませんが、やっぱ心の
問題ですね・・・

2006/11/5  17:34

投稿者:みっしー

ご無沙汰してまーす^^;
ルイ17世悲話、勉強になりました。
そんな末路だったんですね。
そんな小さな子が、牢屋で一人・・・。
あまりに哀れすぎて、言葉もありません。
今は、ご両親と幸せだといいなぁ。

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