函館駅構内はこんな風になっています。
メインターミナルなのに
予想外に人が少なく意外でした。
そして朝市の海側にある
摩周丸に行きました。
正確には「
函館市青函連絡船記念館摩周丸」です。
昭和40年から63年まで人々を運び続けた
青函連絡船の一隻です。
ー
洞爺丸事故ー
1954(昭和29年)9月26日 、台風に伴う暴風雨が原因で、
航行中の洞爺丸が座礁し転覆。
他に僚船4隻(第十一青函丸・北見丸・十勝丸・日高丸)が沈没。
あわせて1430人の犠牲者を出しました。
国鉄戦後五大事故の一つです。
これを機に、客車航送は中止。
この尊い犠牲を契機に
青函トンネル計画が具体化されることになります。
青函連絡船の船内に飾られていた日本人形。
乗客に出航が近いことを知らせるために使用された
ドラです。
ドラって「銅鑼」と書くのですね。
漢字にすると、なるほどですね。
私は外来語かと思っていました
旗にもいろんな意味があります。
たとえば、
Aは私は潜水夫をおろしている。
微速で十分避けよ。
Cはイエス
Eは私は進路を右に変えている。
だそうです。
さあ、準備完了!
レーダーもチェック良し!
青森に向けて出航しましょう・・・・。(*^m^*)ムフッ
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今日もよろしくお願いいたします。