2006/11/23

旦那は”蘇州の若者”  

今日、ある方から頂いたビデオを見た。蘇州の昔ながらの風景をうまく映したNHK Hi-Visionの番組だ。”今の蘇州”というよりは、”昔から今も変わらない蘇州”の風景を映したもので、蘇州人たちの飾らない生活風景が映し出されていた。

それは、もちろん見るには楽しいけど、じゃ、自分がそういう生活をしたいか、と聞かれたら答えはノーだ。でも、無くなってほしくない風景だとは思う(この辺、外部の人間のエゴなんじゃないかと思うが)。

夫の場合、また私と違った考えがある。彼は、蘇州の一般的な若者と同じ考え方だと思う。そういう生活は、汚くて貧しいものにしか映らないようだ。そして、今の新しいマンション暮らしのライフスタイルこそが”今の蘇州”であり、そういう風景が外国で「これが蘇州だ!」と報道されてほしいと思っているのだ。

外国人のエゴかもしれないが、私はあの風景を見て、やっぱりこの風景は変わってほしくない、残してほしいものだと思った。
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2006/11/26  21:32

投稿者:老板娘

愚公さま
馬桶の話はおかしいですね(笑)確かにあの木で作ったピカピカに光る壷を見たら、日本人なら漬物用桶を想像してしまいますね(あはは)。

蘇州人の中にも、マンションではなく今の古い家の暮らしが好きな人もいると思います。そういう人達にとっては、それが生粋の蘇州人の誇りなんだと思います。でも、若者が誇りに思うものとは少し感覚が違っているんですね。私も、自分ではそういう暮らしはしたくないと思うのに、でも蘇州人たちの昔ながらの暮らしや風景は残していってほしいと思ってしまう、それはとても自分勝手なことのように感じるのです。

toffさん
そうですね、私も一週間や二週間、短期の生活なら全然問題ないんです。でも、生活というのはそうじゃない。仕事や家事がある中で、衛生面の問題や、どんなに温かくしても温かくならない部屋とか。人間毎日の生活に疲れて帰ってきた時、家の環境によってまた精神的、身体的に疲れる・・・というのは本当に辛いことだと思います。「生活力」というのとはまた違うように思います。衛生面とか、生活習慣(家の中で靴をはいたまま生活するとか、コートを着たままご飯を食べるとか)の問題だと思います(確かに、文明に頼りすぎる生活というのは「生活力」の問題になりますけどね)。

2006/11/26  2:03

投稿者:toff

こんばんは。

蘇州の古い町並み、歩いてみるのは大好きで、蘇州にいる頃は休日バスに乗って、ちょっとそれっぽいところを見つけると降りてみて、散歩してました。
確かに、蘇州人に聞いても、ああいう町並みを自慢しながらも、自分が住むのは嫌だと言っています。
それと同時に、よそ者が増えて自分たちが子供の頃に比べると、そういう街が汚くなっているというような事も良く聞きます。

市内の老房子には入ったことがないのですが、ちょっと田舎の家には何度か泊まったことがあります。

春なんか、菜の花の黄色いじゅうたんに囲まれて、まさに田園風景といった所なのですが、電気はあるものの水は井戸から桶で汲み上げて使っているようなところでした。

私の母の実家が開拓だったこともあり、懐かしい感じがしてそんなに違和感は無かったのですが、さすがにそこに住むのはちょっと難しいですね。

何年か前から日本でよく聞く「生活力」という言葉を聴くと、そういう昔の生活を思い浮かべるのですが、文明化(?)するとそういう「生活力」が無くなってしまうのは、日本人も中国人も同じなのではないでしょうか。

でも、そう思うと不思議なのは、工場のワーカー達が、都会で3年ぐらい生活して、また田舎に戻っていくということです。彼女たちは戻っても田舎の生活にまた馴染めるのかなぁ?

http://tuwu.livedoor.biz/

2006/11/25  0:52

投稿者:愚公

私たち日本人は中国的外観が好きですが、内部の事まで考えが及びません。蘇州の旧い街で馬桶が活躍しているのを見ましたし、田舎の方では今でも嫁入り道具ですね。
蘇州で私の友人(日本人)が道具屋で便器とは知らずに新しい馬桶が気に入って買って来て野菜入れに使っていました。私も気に入って買いたいと思いましたが、隣の中国人からあれは便器だと聞いて買うのを止めました。
話はそれましたが昭和40年代西洋人が大勢日本に観光に来て旧い日本を探訪していました。その時私は日本の恥部を見られているような感じがしてもっと新しいところを見てほしいと思いました。きっと今の中国人もそのときの私の感情と同じだと思います。
然し胡同や弄堂など屋内を少し住みやすくして外観を今のまま残せば観光資源になると思うのですがーー。
上海の上海新天地は人気がありますが、あれはテーマパークみたいのもので本物には及びません。
日本に無くなったものを他の国に求めると言うのは身勝手ですね。

2006/11/24  10:52

投稿者:老板娘

私の夫の祖父は、今でもああいった路地に住んでいます。夫は幼少から団地住まいだったので、祖父のような家での生活はやっぱりできないようですね(^^; (蘇州人の夫でさえもできない超ローカルな生活、日本人の私にはもっとできないと思います・・・)

りんすーさんのご主人は古い物への愛着もあるのですね。うちの夫は全然みたいです。旧い街並みを再現した新しい所は好きみたいですが(笑)、本当に元々ある旧いものは、貧乏くさいと言って嫌がりますね。「あれは蘇州じゃない!」とまで言います(そこまで言うか・・・)。新しい物、発展しているものこそが素晴らしいという考えで、そういう蘇州を外部に見せたいんでしょうね。古いものは、懐かしいとは思うけど、外部に見せるものではない(見せたら恥ずかしい)、という風に思っているようです。

2006/11/23  23:36

投稿者:りんすー

私もこたんさんと同じです。無くなって欲しくないけど、生活はご遠慮します。やっぱり多少なりともローカル生活を知っていると、純粋に「住みたい」とは思えないですね。
ご主人の考えもわかります。うちの夫も、はっきりとは言いませんが、近い考えだと思います。彼の場合、実際に生まれてから二十歳過ぎまで「昔の生活」をしてきたので余計そうなのかと思います。
でも、逆にだからこそ懐かしい風景を残したいという気持もあるようで、現代的な蘇州を誇るのと同時に、古い物への愛着も強いらしく、非常にジレンマを感じているようでもあります。

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