2012/5/28

日本人が好きな”頑張れ!”  独り言

日本人は、「頑張れ!」と言ったり、「頑張ります!」と言うことが多いと思う。私が思うに、日本人にとって、頑張る事は美徳なんだと思う。

そういう私も、頑張る事は好きだし、頑張っている人も好きだ。大抵は、頑張っていたら報われる事が多いとも思う。

ところが、最近世の中、ちょっと変わってきているのかな? みんな、そんなに頑張りたくないのかな? 頑張っても、そんなに報われないから? 頑張る事が美徳ではなくなってきていて、「そんなに頑張らなくていいよ」「気楽にいこうよ」・・・に変わってきているのかな? 頑張っている事を評価してあげる事はなくなってきたのかな?

もちろん、例えばビジネスの中では、いくら頑張っても結果がついてこなければ、その頑張りは無意味と判断される事が多いと思う。何でも数字につながらなければ意義が無い。そう評価される。

そのビジネスの世界が、普通の私たちの生活の中にも適用されつつあるのだろうか? 教育の現場でも、頑張ったり、必死になったりする事は避けられつつあるのだろうか?

時代はどういう方向に進もうとしているのか? でも、人々が本当に求めているもの、必要とするものって何なんだろうか? その方向と合っているのだろうか?

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2012/5/30  23:26

投稿者:老板娘

妙子さま
時々、私も「こんなに頑張って何になるの?」と思う事が多いです。じゃ、頑張らなくてもいいんじゃないの?・・・となってしまいます。本来、楽しいから頑張る、好きだから頑張る、そういう単純な思いだけだったのに、その思いを阻害されるような状況に追い込まれる。これは一体何なんでしょう?

頑張るからには、達成感は欲しいですよね。特に子供の世界では、子供は純粋ですから、その純粋な心で頑張っているところに、大人の都合主義は相容れないと思います。でも、そこに大人の理屈が入り、子供達は傷つきます。大人も子供と同じように、もっと純粋に理屈無しにやってくれればいいのに・・・と悲しくなります。

2012/5/29  19:49

投稿者:妙子

何事もちょっと頑張らないと、道半ばで断念せざるを得なくなりますね。
簡単にあきらめずに努力をする=がんばるということだと思うのですよ。
努力するというのはとても大切なことですから、私も頑張らなくてもいいとは思いません。
頑張ったからこそ、今まで得られなかった喜びを味わえるという達成感がありますから、それを体験しないでいるのは勿体ないです。
そういう体験をすると、頑張ることが苦痛ばかりではなくなりますね。
でも、いくら頑張っても成果が得られないこともあります。
そういう時間が長くなりすぎると、だんだんとそのことに向かう(生きる)意欲を失っていきます。
そんな時は、頑張る気力がわいてくることに気持ちを切り替えることが大事です。
ですが、仕事となるとそう簡単に転職できませんね。特に現在のように派遣の仕事やキャリアが生かされない職場が多くなると、殆ど仕事から学ぶことができません。

幼い子どものように、興味あることに邁進するエネルギーを持ち続けるためにはどうすればいいのでしょうね?
やる気があっても達成感が得られるところまでいけなくて、途中であきらめざるをえない日本社会に漂うこの閉塞感の因はなんでしょう?
個人の頑張り不足だけが原因なのでしょうか?
経済格差がどんどん広がっています。
殊に昨年の東北大震災で、この国ではすでに難民が発生しているというのに、政府はなんの方策も示していません。
政治は私たちの暮らしに密接につながっています。それを痛切に感じています。
ちょっと辛口になってしまいました。スミマセン。

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