2007/3/16


小生がこの課題に出会ったのは、2006年の1月頃のことだ。
その伏線として、その前の年のある頃から、
豊田を登る友人たちから時々聞かされる言葉があった。


ゴリッパはやばいよ。

落ちたら死ぬよ。

あんな課題はそうないよ。

その言葉を聞きながら俺は、心の中に一つの化け物を思い描いていた。
危険で攻撃的で、触れてはならない死の臭いのする岩。


性来の恐がりである俺は、進んでその話に飛びつこうとはしなかった。

しかしその友人たちが語るその眼差しには、
成し遂げた者の充実感と深い感動が内包されているのが見て取れた。
それが気になっていたのだ。



そしてある日の豊田で、目標課題の無かった俺たちは、
豊田のニャー君にゴリッパに連れていって欲しいと頼むことにした。



やるんですか?

...

...まぁま、やばいと思えば逃げるまでよ。

という感じで彼の地に向かうことになったのだった。







実は小生、豊田というエリアには、その前のシーズンから行き始めたばかりだった。
長いことクライミングをやっていて、
豊田に足を踏み入れたことが無かったのだ。

 
しかし明石のツジャンが豊田豊田と岩に誘ってくるのを、
いちいち断っている時期があったのだが、
とうとう
おまえ一回でも豊田行ったことがあんのか?
ないんやったらクライマーとして不幸な奴や!
と言われてしまったのだ。
俺は少しカチンときたが、
そこまで言うならと、一度だけ一緒に行ってみることにしたのだ。

その週は、ダイダとコミヤマに行ったのだったか。

こんなワンダーランドみたいなとこがあったとは!
俺は食わず嫌いでいた事を反省した。同時に強引に俺を豊田に
引き込んだツジャンに感謝した。

晴れて、ツジャン家やおいも家と共に、
豊田に通う日々が始まった。
来る週来る週素晴らしい課題と美しい夕焼けを楽しみに通ったのだった。

広島へ行くことと共に偉大なエリアである豊田を知って、
俺のクライミング人生が豊かになっていくのを実感していた。






そんな事を考えながら、ニャー君に連れられて、
大きな岩の下を廻りこみゴリッパの取りつきに立った。


すごいやんけ!
ああ、もっと早くこの課題に出会いたかった!!

下部は3m程のハング。中間部をのっこすと、
上はでかいスラブだ。
成る程取りつきには、二股に分かれた大きな木が生えている。
上のスラブで落ちれば、木の股に挟まれてえらいことになるのだろうか。
まあ、死にゃせんが、骨折ぐらいはあるかもな、というところか。

それにしても、俺は完全に心を奪われてしまったようだ。
もっと早く触るべきやった。
絶対にこれは登りたい!!

高さ的には、俺の心に描いていた化け物程、危険そうには思わない。
これは1撃コースかとも思ったぐらいだ。
(これはやってみると全然駄目だった。)
上部のスラブもやばいと聞いていたが、
どうみても易しそうである。
それとも俺の目が大節穴なのか。想像を絶することが起こるというのだろうか。
どちらにしても、上部を触るときは完登する時だ。
その時考えればよいことだ。




結果的には、
ゴリッパを登らせてもらうまでに、三度通わなければならなかった。


俺にとってこの課題が良いと思うところは、
将に心技体すべてを、要求されているところだ。
かつ俺には、どうしてもつらいムーブがあって、
遠いホールドをそっぽ向いて手を伸ばして取り、
向き直して更に、デッドでカチを取りにいったりするところがあるのだ。
ムーブに関して事細かく云うつもりは無い。
ただムーブが一杯いっぱいだったと、それだけ。




ゴリッパは、モン氏が(仮称で失礼)初登されたものです。
何度も豊田に足を踏み入れながら、
何故か今まで一度もお会いしたことが無いのが残念です。
小生の豊田通いには、モン氏の自作トポを活用することが多い。

氏の課題をいくつか触ってみて、

この人は多分俺と同じ感じの人なんかなあと思うことが多い。
トポに少し触れられているゴリッパ岩を開拓した時の感動については、

その後の再登者もまた、
その想いを同じくするところだと思います。

さらに小生は思うのです。

いい岩を見つけて、
チョーク跡だけ残して帰る。
そのチョーク跡が消えても、
初登者の足跡を感じるのです。


豊田のエリアはまだまだ行き尽くしてないし、
課題も触りつくしてない。
にもかかわらず、言いたいことがある。


ゴリッパこそ豊田を代表する課題だと。







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