2008/6/23



長雨も今が盛りとなったこの頃、
窓から空を望めば、
鬱々と重い曇天、纏う重い湿気に、やがて来る夏の山、海、太陽の季節の近いことが感じられる。

今を思えば、厳しい寒空の下、大きな強い風を避けかじかむ指先を解し登った季節の遠くならんことは、まるで今は別の国にいるかのような錯覚を抱く思いがして気も遠くなるばかりである。


何年か前の思い出深い冬の課題を記して、少しばかり追憶に耽けり、涼を期待してみよう。




クライマーにとって、広島といえば帝釈峡の石灰岩も有名だが、県内随所に見られる露岩はやはり三倉岳を代表とする花崗岩の景観である。岩国という名もあるように、中国地方の山陽側は花崗岩王国なのだ。




この「枯木」という課題は、三倉岳に程近い岩山にある一本である。

3、4年ほど前のことだ。
その冬一等の寒波が来て強風吹き荒ぶ雪の舞う日のこと。
俺達は尾道のドリル男が開拓しているというエリアに連れてきてもらったのだった。

山の南斜面にあるため、風が無ければ真冬でもポカポカ日向ぼっこにちょうどよいエリアだ。そんな訳で西高東低の厳しい気圧配置の日を選んで、彼はこのエリアを紹介してくれたのだった。
こんな寒い日にわざわざ人を連れて来るのは、この花崗岩男にとっては最高の接待の証なのは分かるのだが、「こんな日にっ」と思わず口ずさぶ声が風に乗って聞こえてくる。

木が生えていないため風を避ける物がなく、禿げ山の吹きさらし尾根で、一同かじかむ手を隠しつつ、唇も強張って、ドリル男へ感謝の言葉か恨み節をぶつぶつ言いつつ岩定めをしてまわったのだった。

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見えている岩の数は無尽蔵なのだが、クライマーの目線で見ると使える岩は案外少ない。しかしそんな中で、我々をずっと呼び続けていたこの岩は、登山道のある禿げ尾根の頭に、ドンと腰を据えて存在していたのだ。


まず初めにその岩の声を聴きつけたのが、やはり花崗岩の申し子ドリルマンだった。
俺はランディングの悪いそのラインを避けて隣のラインを触っていたのだが、どうもムーブに行き詰まってしまっていた。
何やら楽しげにドリル男とツジャンが盛り上がっているので少しばかりそちらに浮気してみることにした。


この課題一見してランディングは悪い。元々悪いランディングの上に傾斜地に冷蔵庫程のブロックがあり、その上に立ち上がってからスタートするのだ。ラインとしてはスラブ上にある形状のホールドをついて岩の上に立とうというもので、下から見る限りは易しそうであるが、如何せんランディングが恐ろしい。

しかし、いざトライしてみると、すぐに核心部が始まって仕切り直しとなる。その都度スタートのブロックに飛び落ちねばならない。間違ってもそれ以外の所に落ちることは許されない。ゴツゴツの斜面を転がり落ちることになってしまう。
一手一手、一足一足、三人でムーブを固めていった。

下部のムーブはほぼ出来上がりつつあったが、当然ながら上に上がれば上がる程、やや斜め右横のブロックに飛び移ることが難しくなっていく。それをコントロールしながら、上へ上へとムーブを繋げていく。しかし、足が一足上がるごとにそのコントロールは不確実なものになっていく。


三人でさぐりトライをしていて、何となく抜き差しなら無い状況がやってきたことが分かってきた。俺達にはどうやら、又いつもの一線というものが見えてきた。

その一線を越えるとどうしてもクライムダウンは不可能でしかもブロックに向かっても飛び降りることができない。つまりその一線は、越えてしまえば絶対に登り切らなければならない一線なのだ。

誰が初登出来るかという人対人のお遊びのような駆引きは、自分達が一線を越えなければならないという時がきて終わりとなった。

いつのまにかそれは、岩対自分の駆引きに変わっていた。



折からの強い風の中、俺達三人は一旦クライミングシューズを脱ぎ、防寒を整えて、昼飯を食いテルモスの温かいお茶をすすった。皆、言葉無く、寒空の下ラインをただ見上げていた。
別個の人間が恐らく同じ精神状態であろうことに、そして同じラインを見上げて、一線を越えるか超えないかの問答している姿に、俺は何か言いようの無い感慨が込み上げてきたのだった。こんなにもあからさまに、三人の男が同じ事を同じ時間に岩に自分をぶつけていることなんてそうないだろうと思った。皆考えていることは同じだ。
自分の心が澄んだ時、「行こう」と心が叫ぶ時まで、ただ沈黙を守っているだけだった。



まず初めに心を決めたのは俺だった。シューズの紐を締め上げチョークバックを腰にきつく結んだ。ランディングにマットは当然置けない。ドリル男とツジャンは言葉をかけずとも気持ちばかりのスポットに入ってくれた。

激しい北風が大空を裂く中、俺は静かに動きはじめた。下部は複雑な足順ながらムーブは決まっている。いよいよ一線に達して、俺はただ考えていたムーブを、当然の如く無心で動いた。
どんなホールドなのか一手一手が初めて触る新鮮さ。なんともいえない。俺はこのまま自分を保ち続けられるだろうか。

一瞬の躊躇があったがただ無心で身体を上げていった。棚に足が上がってそのまま俺は岩の上に立つことができた。
頬にあたる風が冷たい。

目の前には枯れ木が一本、初来者を出迎えてくれていた。



急いで裏の5mほどのチムニーを降りて戻ってくると、早くもドリル男が、シューズを履いて取り付きのブロックに立っていた。
このラインは元々この男が見い出したラインである。威厳高く取り付きに立つ姿はある種神々しかった。
バタバタと彼独特の足さばきで一線に突っ込んで行ったと思うと、躊躇する事なしにマントルを決めて、岩の上に立った。
俺よりもいい動きで危険な時間を短時間ですましてしまったのだった。

将に花崗岩を登る為に生まれてきた男の才能の剣の一振りだ。



残るはツジャンである。シューズを無言で履いている彼を見て俺は考えていた。

普段から彼は突っ込むタイプの人間である。時々とんでもない事をしでかして、周りを引かせたりするのだが、気合いで突っ込むのは、彼の持ち味でもあるのだ。
しかしこの手の駆引きで、我を失い、人対人になってしまっては、それは恐らく良くない結末がまっているだろう。初登をかけたセッションで、先に二人が決められて、それでも自分が対峙するのは目の前の課題であることを見失わず、一線を越えるとすればそれは、素晴らしいことである。そんな数々の場面で失敗したことがある自分にはツジャンの心を仮に想像してしまうのだった。

俺達は相変わらず無言である。空気は張り詰めたままである。

ツジャンは登り始めた。出だしはやはり完璧な動きだ。
一線にさしかかって、足下の俺達も緊張の一瞬だ。しかしだんだん動きが硬くなってきているようだ。

一線を越え、俺が一瞬躊躇したところで、彼も亦動きが止まってしまった。

頼むでっ!

ドリル男と俺は心で叫んでいた。ここで素に戻って動けるかどうかが結果を迎える大きな分岐点だ。

結末としては、体勢を立て直すことができてツジャンも岩上の人となったのだった。

その時初めて、三人で大きな声で喜びを分かち合ったのだった。
大きな風音も寒さも関係ない。緊張からの開放。クライミングは一人ひとりの遊びだが、この時間と場所に於いてはチームワークの賜物であったのだ。




一線を越えるか越えないかその矛盾の駆引きを楽しむエネルギーはどこから来ているのか?  
やはり、
「登りたい!」という欲求以外から生まれてくることはないだろう。

そして、俺達は三者三様、それぞれの個性と持ち味で岩と対峙して、それぞれの問題を克服して岩上の人となったのだった。一人目はフリーで行けるのか、二人目は、ムーブは分かったのだからより美しく完璧な登りで、三人目はプレッシャーに耐えて自分の登りに集中する。
それを落ちられないところで、三人が一回のトライで決めたのだ。


クライミングを通して、このような体験ができることが、俺は嬉しくて仕方が無いのだ。多分歳をとって、俺達が爺さんになっても銭湯の湯舟でこんな課題のことを懐かしく語ったりするんだろう。


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次なる来訪者がこのラインを心震わせながら同じように登る日はいつだろうか。
その時も、岩上の枯れ木はクライマーの葛藤する姿を見つめてくれているんだろうなあ。










2008/6/26  9:41

投稿者:ぷまん

次のシーズンはいよいよ枯れ木の近くのあのフェースやり始めよか。あれはしばらくかかるやろうなあ。

2008/6/25  23:20

投稿者:Tj

ハイボルの初登はすばらしい。その瞬間の共有は甘味だ。

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