2007/9/30

旅の木 4  屋久島

9/20(木)

淀川小屋を出発する前に、ガイド業の人や、レンジャー風の人が、話しかけてきた。

「どちらへ向かわれますか?」

「鯛之川(たいのごう)を渉って尾の間(おのあいだ)に下ります。」
と伝えると、
皆、「今日はどうだか、、、。」と顔を曇らせた。

自分たちが屋久島に入る前に台風11号がゆっくりと通過してたっぷりと雨を降らせ、その上に次の台風12号の影響で、この3日間もひたすらに雨が降った。(台風本体は中国大陸へ)

こういったガイド業の人たちにしてみれば、無謀な登山計画を企んでいる人にコース取りの再考を促すことも仕事の一環としているのかも知れない。というのも、毎年この山域で20件近く遭難事故があり、この鯛之川でも何年か前には、増水した川の中洲に取り残された挙句、流されて3人の死者がでたというところでもあるので、それも致し方ないことである。

「とりあえず、この目で見た上で、進退を決める事にします。」

「無理しないでください。お気をつけて。」

そうして、小屋を出発することにした。



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今回の山行は、素晴らしい森の中をひたすら歩き、思い出深い旅になることは、間違いないのだが、道中いつも、2つのプレッシャーとの闘いだった。
ラジオも無いし携帯は主稜線以外はほぼ通じない。あの台風12号が意表をついて屋久島に向かっているとしたら、やばいぞっと、気になっていた。(自分たちの前日に宮之浦岳に登った人は、暴風雨のなか耐風姿勢をとりながらといった具合だったそうだ)

その宮之浦岳もなんとか登頂できて(自分たちの時は左程酷くは無かった)、
あとは、この鯛之川渡渉が出来るかということであった。3日間、この悪天は、時には激しく雨を降らせてきた。渡渉ポイントはどうなっているのか判らないということだ。

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ただ、激しい降雨も夜半のうちに終わり、今は小降りになっている。一般的に屋久島では雨で川が増水しても、半日のうちに元の状態に戻ると云われている。今のまま雨が小康状態なら、渉って下山することができるかもしれない。

鯛之川に向かう為に一つ峠を越さなければならない。
ぬかるんだ緩い登りを、滑ったり転んだりしてゆるゆると歩きながら、自分の行動が判断の先延ばしに他ならないとすれば、相棒を危険な目に遭わせてしまうなあ、と考えていた。

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酷くはないとしても、増水しているのは間違いない。ただそれが、身の危険な程なのかそうでないのかどうか、自分は果たして正しい判断を為せるのか。
目で見てからと言っても、判断を誤れば、かの事故のようなことになる。正常な判断というなら、初めからきびすを返して山奥まで来ているバス路線道に向かって下山すれば良いのだ。その容易い選択肢を採らずに、わざわざさらに山奥に分け入っていく。

しかし、行ってみたいという衝動があるから体がそちらに向かっているのだ。

感覚を研ぎ澄ませ。

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入山して以来楠川歩道、大株歩道、宮之浦歩道と進んできたが(歩道とはここでは登山道のこと)、あと1日分のコース、我々にとっては下山コースにあたる尾の間歩道が、台風11号の影響で荒れてしまっている(倒木やトレースの消失)ということを下界の地元の人から聞かされていた。しかし歩を進めてみると、人があまり入っていない分、ありのままの屋久島の自然が残っているという感じだ。
大株歩道は、縄文杉など有名な木々の周りは根を守るということで、莫大な量の資材を使って、木道が整備されている。有名な木々を見たいという人によるトレールのオーバーユースの問題もありながら、屋久島の重要なアピールポイントであるので、この整備は、必要最小限の正当な措置であると思うが、
普段から岩場のアプローチで藪を掻き分け掻き分け歩いている者にとっては、尾の間歩道の方が、山を歩いている実感があって良い。 
また、この道は古く江戸時代に整備されたものであるが、
その当時に敷かれた石畳がいまだに現役として所々に残っており、それが現代に至り苔さびて自然に溶け込んでいる様子がとてもよかった。また歩きながら、当時の景色とどれほどに違いがあろうかと思いを馳せたのだった。

そうやってひとつ尾根を越えて、谷筋に下りて行くと、

ゴーという激しい重低音に支配された世界が近づいてきた。

はや、ここに至れり!

小さな小川(軽く増水している)を2本渉って、こんなものかと思ったのも束の間、
いよいよ本物の鯛之川が現れた。

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川幅10m強。初めの5m程は問題ないが、次の4mが流れを集めて凄い勢いだ。過去に流されて亡くなった人達は、川の真ん中にある大きな石で動けなくなったのだろうか。急な増水があればそれもありえるだろう。
とりあえず、水流と川底の様子を確認する為、空身で渉ってみることにした。

水深は、ちょうど股下あたり。なにかに掴まらないと立てない。水の少ない時の飛び石にするのであろう足元の大きな石に手探りでホールドを探し、体勢を保つ。あまり前かがみになると胸元まで水を被って、凄い水圧だ。ホールドがあるのでなんとか4mの区間を渡って対岸に着いてみた。対岸ではおきよが不安な顔してこっちを見つめていた。

これは荷物を背負っての渡渉は無理だろう。

俺は川の右岸を詰めてみることにした。すると川幅は広くなるが、その分だけ恐ろしげでないところが見つかった。渉り返すと、膝辺りの水深で明らかにこちらの方が生還路であると思った。
おきよのところに戻り、荷物を持ってそのポイントまで行って、手順足順を確認して、おきよにも渉ってもらった。


よっしゃ、これで生きて帰れるぞ!

再び握手を交わした。

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宮之浦岳の悪天と鯛之川渡渉を終えて、やっと本当の峠を越した気がした。


その後は長〜い下り道を、尾の間に向けて下りていったのだった。蛭とたたかいながら。

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(携帯壊れてます)

夕方尾の間集落に到着。モッチョム岳が夕日に染まり美しかった。

丁度、宮之浦集落に向かうバスが来たので、慌しく帰ることにした。その夜は居酒屋に入り久しぶりのビールを飲む。刺身は、この時期カツオが一番みたい。

俺の食べたことのあるカツオで、最も美味いカツオの刺身だった。

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う〜ん、これには、日本酒が飲みたかったってのが本音!









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