「直木賞と本屋大賞をW受賞した『蜜蜂と遠雷』(恩田陸)がすごい!」
なりひらの部屋
直木賞と本屋大賞をW受賞した
『蜜蜂と遠雷』(恩田陸)がすごい
直木賞と本屋大賞をW受賞した
『蜜蜂と遠雷』(恩田陸)は500ページに及ぶ大作だが、新聞等で評判を聞いており、思い切って購入し、数日間読み続けて読了した。しばらくの間、頭の中に力強いピアノの響きが駆け巡った。
あらすじはと言えば、90名近い若手ピアニスト達が、
「芳ヶ江国際ピアノコンクール」の第一次予選、第二次予選、第三次予選の演奏を通じて6人に絞られ、本選のパフォーマンスで優勝以下の順位が決まる。その間の審査過程や人間模様が綴られている。
作者は、4人の主役のピアノ演奏、そこに込められた思い(葛藤、優越、自信、不安、不満など)を綺麗な文章で書き綴っていく。作者が紡ぎ出す文章の力は、素晴らしく、読者がコンクールの客席にいるかのような錯覚をもたらす。
世界的ピアニスト:ユウジ・フォン・ホフマンの晩年の直弟子:
「風間塵」(16歳)。その天衣無縫にして魂を突き動かすような演奏に、審査員が翻弄され、物語は動いていく。
実は風間少年は、音楽学校に行っておらず、家にピアノさえない少年。父親と一緒に蜜蜂の好む花を求めて各地をめぐる毎日である。それがどうしてコンクールに?
風間塵の演奏だけではない。
「栄伝亜夜」(20歳)の天才少女ぶりを彷彿とさせる洗練された演奏。最年長
「高島明石」(28歳)の血のにじむような鍛錬が実を結ぶ時の感動。
そして、「ジュリアードの王子様」という異名も持ち、押しも押されもせぬコンクールの優勝候補
「マサル・カルロス」(19歳)。それぞれの演奏の文章表現は素晴らしいの一語に尽きる。
著者:恩田陸さんの圧倒的な文章力を支えるのが、執筆7年、取材も含めれば12年がかりという大変な努力。やはりプロの作家という職業は凄いと思った。
ちなみに恩田陸さんは、ピアノを弾くのが大好きらしいが、音大を出ておられる訳ではなく、早稲田大学・教育学部の出身である。
私は、ピアノのことは殆ど分からないないが、それでも本を読んでいて、実際にピアのピアノ音が聞こえてくるかのような感覚を覚えるのである。
コンサート会場に自分がいて、出演者の演奏を聞き、他の聴衆と一緒に感動し、大いに盛り上がる、そんな素晴らしい体験ができた。
たとえばマサル・カルロスのことを書いた一コマを本から抜粋して以下にご紹介する。
マサル・カルロスは、バルトークを弾くたびに、なぜかいつも森の匂い、草の気配を感じる。複雑な緑のグラデーションを、木の葉の先から滴る水の一粒一粒を感じる。
森を通り抜ける風。風の行く手に、明るい斜面が開けていて、そこに建てられたログハウス。バルトークの音は、加工していない太い丸太のようである。
ニスを塗ったり、細工を施したりはしていないが、木目そのものの美しさで見せる、大自然の中のがっちりした建造物。力強い木組み。素材そのものの音。
森のどこかで斧を打ち込む音が響く。規則正しく、力強いリズム。叩く。叩く。腹の底に、森の中に響く振動。心臓の鼓動。太鼓のリズム。生活の、感情の、交歓の、リズム。叩く。叩く。指のマレットで、木を叩く。
叩き続けているうちに、トランス状態になる。より力がこもり、打ち込む勢いは増す。いっしんに。無心に、まっしろになって、叩く。最後の一撃を加え、短い残響を残して音は止む。静寂。森のしじま。
バルトーク/ピアノ・ソナタ 第3楽章/演奏:和泉 真弓

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