今月のテーマ 

2009/5/11

自分とは違う基準との出会い  ストレス

6歳頃までに各自の環境で「自分によって定められた基準」の基本的部分ができあがった子供は、小学校、中学校、高等学校と進学するのに従ってそれぞれの学校での「学校によって定められた基準」を経験します。

友達もそれに合わせて次第に増えていき、関わる人間の数もドンドン増えてきます。その関わった人たちすべてに、それぞれの「自分によって定められた基準」があります。

全員が違った人生を歩んでいるのですから、似たような基準はあっても、全く同じ基準は存在しません。

遊びに行った先の施設には、たとえば遊園地や映画館、図書館などにはそれぞれに独自の規則やルールがありますし、食事に行った先々でもそれぞれに独自の規則やマナーがあります。

「自分によって定められた基準」に近い「定められた基準」を持つ人とは馴染みやすいと感じますし、かけ離れた「基準」や経験したことのない「基準」と関わった場合は、驚きや不安、違和感、嫌悪感、恐怖などの様々なストレスを感じることになります。

ここでの大事なポイントは、自分とは違う「他の人によって定められた基準」に対してストレス反応を示すかは、「定められた基準」が自分に近いか遠いかだけではなく、その時の自分の許容範囲にも関係してくるのです。

つまり、寝不足や過労や二日酔い、病気やケガ、騒音や振動などの環境悪、といった他の物理的、化学的、生物学的ストレッサーによってすでにストレス反応を起こしている状態ならば、許容範囲は極端に狭くなります。

また、すでに他の原因で心理的ストレス反応を起こしている場合も同様です。ストレス反応は互いに悪影響し合うことで、さらに強いストレス反応を示してしまうのです。

逆に、心と身体に余裕があるときには、自分とは違う「他の人によって定められた基準」による行動や言動が、あまり気にならなくなりますし、むしろ「こんな人もいるんだなぁ」と興味深く見ることで自分自身の経験値を上げる事すら出来るのです。

このように、様々な経験の中で自分とは違った「他の人によって定められた基準」に接していきながら、「自分によって定められた基準」をバージョンアップさせていくことで、社会の様々なストレッサーに対応できる力を付けていくことが出来るのです。

生きているだけで、次々と新しい人と出会い、新しい環境と接することになります。
だから、「人は生きているだけでストレスになる。生きていることがストレスだ!」という事も、あながち間違いではありませんよね。

だから、この様な自分とは違う「他の人によって定められた基準」との出会いを「ストレッサー」にしてしまうのではなく、「新たな人生の発見」として前向きに受け止めることが出来る人が、ストレスに強い人だと言えるかもしれませんね!
0



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ