2009/7/13

嬉しかったこと  ボランティア活動のこと

クリックすると元のサイズで表示します 気が滅入る中にも一条の光のように、私の心を明るく照らす出来事はあります。昨日はボランティアとして美術館にいた時に、そんな出来事に出会えました。

 17世紀オランダのヴァニタス画エドワールト・コリール作《ヴァニタス画〜書物と髑髏のある静物》(←好きな絵なので、どうしても気になる)の前で、いかにも”イマドキの”と言った風情の女の子がひとり、作品に見入ってずっと立ち止まっていることに気がつきました。どうやら仲良し4人組で来館しているらしく、内2人はあまり絵に興味がない様子で、すこしつまらなさそうな表情で作品を見るでもなく、椅子に腰掛けていました。残る一人は、ヴァニタス画に見入る友人に導かれるように作品に歩み寄り、作品の横に掲示されたキャプション(解説板)の内容を携帯に打ち込み始めました。

 その様子を彼女達の鑑賞の邪魔にならないように、私は暫く背後から眺めていたのですが、あまりにも微笑ましいのでタイミングを見計らって話しかけてみました。

 「こんにちは。私はこの美術館のボランティアです。さっきからこの絵を見ているね。この絵が気に入ったの?見ているところに割り込んでごめんね。この絵を見てどう思ったのかな?って気になって…」

 すると意外にもあっさりと
「はい、すごく気に入りました。すごく虚しいなあって…感じがします」
という言葉が返って来ました。

 高校生くらいになると日常的に思索を深め、作品との関わり方も、鑑賞者自身の内面と作品とが深い部分で交感するようなところがあります。彼女もそんな瞬間を、このヴァニタス画で経験したのかもしれません。それは大人になりかけの、それでいて感受性が豊かなハイティーン期(←やっぱり大人は…彼女達に比べたら感受性は確実に鈍っていると思う)には、とても有意義で貴重な経験のような気がします。こうした経験の蓄積が、精神的成長、内面的成熟を促すと思うのです。

 おそらく彼女のような女性は遅かれ早かれ女子独特の”仲良し関係”から精神的に自立して、自らの内的成熟を促すような経験を自ら積極的に積むようになるのではないか〜そんな期待を込めて、そしてこれからいかようにも変身できる彼女を羨ましく感じながら、私は彼女の姿を見つめていたように思います。

 少しばかり言葉を交わした後、彼女が微笑みながら、
「わざわざ(ご説明を)ありがとうございした」
と礼を述べてくれました。あ…”わざわざ”って…もしかして、ちょっとお邪魔虫(古っ!・笑)だったかな?私!

◆ブログ内関連記事:エドワールト・コリール作のヴァニタス画について、ネットを使ってリサーチしてみる





2009/7/14  0:59

投稿者:管理人はなこ

【追記】

17世紀オランダに関しては、小林頼子先生による講演の記録が当ブログにありますので、読んでみてはいかがでしょうか?あくまでも私が聞き取ってまとめたものではありますが、ご参考になれば幸いです。全部で3つの記事です。

→ http://happy.ap.teacup.com/hanakonoantena/548.html

2009/7/14  0:48

投稿者:管理人はなこ

ひまわりさん、コメントをありがとうございます。

作者エドワールト・コリールは、17世紀オランダで活躍した画家で、主に静物画と肖像画を手がけたようです。同じ17世紀でも、レンブラントやフェルメールより後の世代ですね。

写真の絵は静物画の中でも「ヴァニタス(虚栄)画」と呼ばれるもので、様々なモチーフに、ある明確なメッセージを込めて描いた作品です。

一見バラバラに見えるモチーフ群ですが〜ドクロ(人間)、ろうそく立て、砂時計、懐中時計、オランダ・ショーム(楽器)、本、紙片、ガラスの容れ物、めがね、当時の財布(ドクロの背後にある巾着のような物、貨幣を入れた)〜、それら全てが永遠を約束された物ではなく、いつかは朽ちてなくなってしまうものを意味しています。

こうした儚く消え去る物をひとつの画面に描いて見せることで、現世の儚さや虚栄を戒める教訓画的役割を担い、17世紀オランダでは広く普及したジャンルでした。

当時のオランダは教会から装飾性を一切排除したプロテスタント社会であり、王不在の共和国でした。後に「黄金の時代」と呼ばれる程、東インド会社を中心に海外交易で莫大な富を得て、繁栄を極めていたのです。市民も経済的豊かさを享受しつつ、宗派であるプロテスタントの教義に則って、自らを律することも忘れなかった。そのひとつが、こうした教訓画を自宅に飾ることだったようです。

知識は本を読めば身につくもので、まずは作品世界に浸ることが大事なのではないでしょうか?何度か見るうちに、自ずとそれだけでは飽き足らなくなって、勉強したくなるものだと思います。今、知らないからと言って、何ら恥じることもないですよ(ご謙遜だとは思いますが)。

卒業旅行では素晴らしい経験をされたのですね。感受性の豊かな時に経験されたことは、今もその感動が鮮やかに思い出されるほど、ひまわりさんの脳裏に焼き付いておられるようですね。

一般向けトークに備えてトーク時間の何十倍も勉強したと言うのは事実ですが、”10分”の何十倍ですから、それほどたいした時間ではありません。時間がかかったのは単に私の要領が悪いだけかもしれません。ただ、毎日、机に向かっていたことは確かでした。どんなに努力しても、それを確実にパフォーマンスで出力できなければ、自分としては納得が行かないですね(^^;)。



2009/7/13  17:12

投稿者:ひまわり

こんにちは!気の滅入ることが続いて大変でしたね。ところで、このコリールの絵は、なかなかにインパクトのある作品ですね。ハッとします。絵画は多くのことを無言で語りかけてくれ深いものがありますよね。オランダの画家といえば、フェルメール、レンブラント、ゴッホなど、いわゆるメジャーな画家しか知りませんでスミマセン、無知なもので。はなこさんは、専門だったのでしょうか、美術にも造詣が深くていらっしゃる。ボランティアとして10分のトークに何十倍もの準備をなさることを知り、感動しております。このような丁寧な案内人に導かれる子どもたちや若い人は幸せですね。実は、わたくし、ン十年前の卒業旅行で西欧を旅したときパリのルーブル美術館で、芸大?美大卒でパリに在住している(20代後半?)比較的若い日本女性にルーブル内の作品案内をしてもらいました。旅行代理店から派遣されたアルバイト(フランス語堪能ですが当然日本語で解説)の人ですが、彼女のガイダンスがとても素晴らしく、ダビンチのモナリザやナポレオンの戴冠式の絵画、ミロのビーナスなど数々の名品が当時は無造作に館内に飾られて、それらをゆっくりじっくりとかなりの至近距離で鑑賞することが出来ました。彼女の解説は大変に明快で、まるで壮麗な物語が展開されるように面白く、美術には門外漢の私もとても味わい深く作品に触れることが出来ました。アムステルダムに寄った時もナショナルギャラリーという大きな美術館があり、そこでもレンブラントなどの絵に釘付けになりました。はなこさんの美術談義のお陰でそんな昔のことが想い起こされ、楽しませて頂いております。


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