2008/9/1

(23)おくりびと(試写会にて)  映画(2007-08年公開)

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「人は誰でもいつか、おくりびと、おくられびと…」

見終わった後、このコピーが心の中で何度もこだました。自身の親が老い、友人の中には既に親を見送った者も少なくない年代であるがゆえに、身につまされる物語だった。死は見えないだけで、実は日常と隣り合わせに存在する。愛する者、身近な者の死にどう向き合うか?死者をいかに見送るか、否応なく考えさせられる作品である。

最近義父を見送ったと言う友人との鑑賞。突然旅立ってしまった義父の葬儀は、身内の戸惑いと混乱の中、その殆どが葬儀社任せで執り行われたと言う。この物語の核を成す”納棺師”とは、特に儀式を重んじる地方では独立した職業なのか?私はその存在をこの映画で初めて知った。

愛する者の死に直面して、悲嘆と戸惑いで心が千々に乱れんばかりの遺族の前で、納棺師は死者の体を拭き清め、死装束を整え、美しく死化粧を施して、棺に納める。その厳かな儀式は、悲嘆にくれる遺族の心を癒し、死者との穏やかな別れを演出する。

納棺師を演じる山崎努と本木雅弘の所作が美しい。特に本木はテレビ番組等での露出が少ないせいか、その端正な顔立ちと相俟って、俗世間とは一線を画したかのような品の良さが滲み出て、この作品の品位を高めているように見える。

この作品の中で、私たち鑑賞者は、実に多くの死者の納棺に立ち会うことになる。死者の年齢層も人となりも幅広く、一口に納棺の儀式と言ってもその様態はさまざまだ。目前で悲喜こもごもののドラマが展開し、中にはきれい事では済まないケースもある。これは、なかなか興味深い”体験”であろう。

同時にこの映画はひとりの人間の成長物語でもある。失業をきっかけに故郷に戻り、意外な形で納棺師の職を得た主人公が、その特異な職務に当初は戸惑いつつも、真摯に取り組み、経験を重ねる内に、職業意識に目覚めて行くさまが丁寧に描かれている。

ややもすると納棺師は「人の死を飯の種にしている」と蔑まれがちである。しかし、誰かがやらねばならない仕事であり、死者との別れを告げるプロセスの中で、その職務が果たす役割はけっして小さくない(生活の”穢れ”の部分を引き受けてくれる、と言うことで高報酬でもある)。

どんな職業であれ、人は職務に真摯に取り組むことで、結果的に人々の偏見を払拭し、自らの仕事に、人生に、誇りを持って生きていけるのかもしれない。

さらにこの作品は、主な舞台となった庄内地方の四季折々の風景の美しさと共に、夫婦愛、親子愛、そして故郷の人々の温かさと、みどころは尽きない。細かな点では辻褄の合わない部分もあるが、その欠点を補って余りあるほどの素晴らしさが、この作品にはあると思う。

『おくりびと』公式サイト

【本作が世界でも認められました!】
モントリオール国際映画祭グランプリ受賞!

【2008.09.17追記】
以下は、今朝、ブログ友達のかえるさんに寄せたコメントに多少加筆したものですが、試写会を見てから3週間が経った今感じていることです。

「おくりびと」は素敵な映画です。新人納棺師の成長を通して、「死」の厳粛さと同時に「生」の尊さを教えてくれる、とでも言いましょうか。でも最近ちょっと騒がれ過ぎ(モックン、テレビに出過ぎ、しゃべり過ぎ・苦笑)…できれば静かにしみじみとみたい作品です。

脚本が「料理の鉄人」のシナリオを書いていた小山薫堂という人らしく、物語は「死」を扱いながらもクスッと笑えるようなシーンもあり、けっして湿っぽくないです。出演陣も各自キッチリ自分の仕事をしているし。

広末涼子は私もどちらかと言うと苦手。今回のキャスティングはどうなんだろう?彼女の生活感のなさが、今回のような作品ではどう作用したか?評価は分かれるでしょうね。何れにしても山崎努とモックンの存在感が圧倒的なので、彼女の影は薄いです。妻役が広末涼子である必然性はなかったような…


【2008.09.23 追記】

夫にも是非見て欲しかったので、秋分の日、夫婦50割引で見て来た。2度目は映画館の完璧なスクリーン、音響で見たこともあり、感動は倍加したように思う。試写会で初めて見た時に気になったところが全て気にならないほど、今回は作品世界に浸れた。庄内地方の風光明媚な景色の中で奏でられる、たおやかなチェロの調べが、すごく心地良かった。改めて人の絆の温かさが心に沁みた。自分の身近にいる人を、もっと大事にしたい、と思った。


以下はネタバレにつき…

【ふと、目に付いたところ】
同級生の母親で、昔なじみの銭湯のおかみさん役の、吉行和子の(特殊メイクかもしれないけれど)アカギレの手。銭湯一筋に懸命に生きた証のようで、印象的だった。

【夫婦の絆】
妻の不在中も主人公は結構楽しそうだった(特に食事のシーン)のがチョット引っかかる(笑)。本当に「妻がいないと駄目」なのか?何だか説得力に欠けるなあ…妊娠の時期もいつだったのか?一冬不在だった割にはお腹の膨らみが…計算が合わない?!

【確かに名人芸なんだけれど…】
笹野高史はこのところ露出が多過ぎて、その演技に(自己陶酔を感じて?)、私は素直に感動できなくなっているような気がする。名バイプレーヤーとして重宝がられるのも、良し悪しなのかもしれないなあ…どんな役もそつなくこなしてしまう器用さが、却って仇になっているようにも見える。好きな俳優だけに、ちょっと残念。(←でも2度目の時は素直に感動できた。)


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2008/9/2  11:56

投稿者:管理人はなこ

コメントをありがとうございます。

一緒にこの映画を見た友人の義父は突然倒れ、意識を回復することもなく数日で亡くなられたそうです。あまりにも突然のことに誰もが茫然自失の中、終始葬儀社のペースで葬儀が執り行われてしまったそうです。

この映画では、さまざまなケースを目の当たりにしましたが、納棺師の心のこもった仕事が、傷ついた遺族の心を癒してゆくさまに感銘を受けました。舞台となった庄内地方は、流れている時間の早さも、漂う空気も違いましたね。

ただ私自身は、ひっそりとこの世から消えたいです。葬儀も要らないなあ。そもそも葬儀と言う儀式は、死者ではなく、残された者が心に区切りをつけるためのものなのでしょうね。そのことが、この映画を見てよくわかりました。

2008/9/2  9:40

投稿者:Sir Cry

 「おくりびと」ご覧になられたようで良かったですね。確かに細部では??もありますが、全体として「死ぬ」とはどういうことか?という主題もさることながら、「死ぬ」ということは周囲の人にどういう影響を及ぼすかを考えさせる映画だったと思います。老死、病死はやむを得ないとしても、自殺は周囲にどんな迷惑をかけるか良く判りました。

http://ameblo.jp/sir-cry


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