2008/3/6

米原万里さんのお話をもっと聞きたかった…  読書記録(本の感想)

 集英社新書の『米原万里の「愛の法則」』は2006年に亡くなられた米原万里さんの”最初で最後の講演録集”だ。奇をてらったようなタイトルは、必ずしも本書の内容全体を言い得てはいないと思う。寧ろ米原さんの幅広い見聞と鋭い洞察に裏打ちされた比較文化論と言った趣。ロシア語通訳の第一人者であり、後年、作家、エッセイストとしても活躍された米原さんは、50代半ばで惜しくも病死された。生前テレビで拝見することも少なくなかったが、軽妙洒脱ながら、なかなか鋭いコメントにいつも感心していた。頭の回転の早さ、思考の柔軟性、幅広い知識、どれをとっても一流の人だった。コメンテーターの存在価値は世論に阿(おもね)ることではなく、一般人とは違った切り口で物事を捉え、新しい見方を示してくれることにあると思う。まさに「目から鱗が落ちる」ようなコメントを、聞く側は期待している。その期待にかなり高い確率で応えてくれた一人が、米原万里さんだったのではないかと思う。

 米原万里さんとは意外な形で若い頃に出逢っていた。10代の頃に買った本カトー・ロンブ著『私の外国語学習法』の翻訳を手掛けたのが何を隠そう米原さんだったのだ。本書でも、優れた通訳者、言語のプロとしての力をいかんなく発揮して、通訳業にまつわる楽しい体験談や、言語とコミュニケーションについての興味深い考察を披露している。

 (言語学を囓った人には基礎的な内容なのかもしれないが)例えば、世界に6000あると言われる言語を、単語の活用法で「孤立語」「膠着語」「屈折語」の3つに分類する話。日本語は、ひとつの単語に他の品詞を付け足すことで文中の言葉の役割が決まる「膠着語」に分類されるが、実はハンガリー語やトルコ語も「膠着語」に分類されるらしい。だからハンガリー人にとって日本語をマスターすることはそれほど難しくないはずだ、と米原さん。数学者にして大道芸人のピーター・フランクル氏は確かユダヤ系ハンガリー人。日本語とハンガリー語の言語的な近さが、氏の日本への親しみを増幅させたのだろうか?因みに前述のカトー・ロンブ女史もハンガリー人である。

 同様に英語と中国語は言葉の役割が語順で決まる「孤立語」に分類される為、中国人にとって英語を学ぶことは日本人以上に容易い。確かに「I love you」と「我 愛 你」は「私は 愛する あなたを」で、語順によって「主語・述語・目的語」と言う役割になっている。構文がほぼ同じなので、それぞれの言語に対応する単語を覚えてゆけば良いわけだね。

 「屈折語」はロシア語やフランス語(スペイン語やイタリア語も!)などで、言葉の文中における役割が言葉の語頭や語尾、言葉の変化によって決まる。語順は自由な代わりに、語尾変化や人称変化など”屈折の法則”を覚えるのが我々日本人には大変なわけだ。しかし、第2外国語にはこの「屈折語」のうちからどれかひとつを学ぶことが、頭を柔軟にするはずだと米原さんは薦める。イタリア語を大学で囓り、最近はスペイン語をきちんと学びたいと思っている私には力強い応援を得たような話だ(笑)。

 私は発想力に乏しいので、米原さんのような人の話にどれだけ目を見開かれ、励まされることか。できることなら米原さんのお話をもっともっと聞きたかった。




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