2006/10/27

誇り、プライド(自尊心)  はなこ的考察―良いこと探し

現代の日本で起きているさまざまな問題の根っこは何だろう?
と考えています。

ひとつは、誇り、プライド(自尊心)の欠如なんじゃないか?
「誇り」はまた、「愛着」とも言い換えられるでしょうか?


仕事への誇り地域への誇り、そして自分への誇り

どんな仕事であれ、誇りを持って取り組んでいるのなら、
いい加減な仕事はできないはずです。
なぜなら、そんなことをしたら仕事を辱めることになるから。
同じ仕事に携わる人々を辱めることになるから。

さまざまな不祥事が明るみに出て、
その存続が取りざたされる社会保険庁の職員。
昨年、多くのマンション居住者に衝撃を与えた耐震偽造問題に
関わった建築・建設業者。
街中のファミレスやカフェで、店が用意したマニュアル通りに動くだけで、
妙な敬語を使い、臨機応変な対応ができないウェイター、ウェイトレス。
そして、ネット上で自分の会社へのグチや悪口を垂れ流す会社員。

皆さんは、自分の仕事に誇りを持って取り組んでいますか?
どんな職業であれ、誇りを持って取り組んでいるなら、
それなりに充実感を味わえるはずです。
もし誇りを持てないのなら、それはどうしてだと思いますか?
仕事の(内容の)せい、上司のせい、自分を認めてくれない社会のせい。
誰かや何かのせいにしている限り、
現状(プライドレス・スパイラル?)からは抜け出せないと思います。

自分の住む町や郷土への誇り。
これなくして、古くから受け継がれて来た伝統は守れない。
町への関心も持てず、地域住民同士の交流もすたれ、
結果的にそれが町の活力を削ぐことになり、治安も守れない。

だからと言って、お上にああしろ、こうしろとは
言われたくないですけど。
これは一人一人の心の在り方の問題だと思うから。



自分自身への誇り…試みに自問自答してみましょう。
必要以上に、実体以上に自分を卑下していることはないですか?
しかし、そうすることにどんな意味があるのでしょうか?

容姿、学歴、職の有無、働いているなら、その職種、そして収入、
持ち物(自宅、服飾品)、子供(の有無、いればその子の能力)etc…
幾らでも自分と他人とを比べる”尺度”は存在します。
そして、他人に対してコンプレックス(劣等感)を抱くこともある。
コンプレックスを持つこと自体は、必ずしも悪いことではないでしょう。
このコンプレックスを、
自分をただただ貶(おとし)めるための道具にするのか(自虐ですね)、
逆に自分自身の成長や飛躍のバネにするのか、
それは自分の心持ち・考え方次第だと思うのです。

人は生まれた時のスタート地点は人それぞれ。
生まれた時点でより多くのものを持っている人もいれば、
殆ど何も持っていない人もいる。
そもそもそんな両者を比べること自体
ナンセンスなことのではないか?
だから自己評価こそ、相対評価ではなく
絶対評価であるべきなのだと、私は思っています。
他人と比べるでなく、自分が子供時代の自分より、
10年前の自分より、或いは一年前の自分より、
どれだけ人間的に成長したか?


そういう心持ちで生きていれば、他人を羨んだり、妬んだり、
自分自身、無意味な劣等感にさいなまれることもなく、
1日1日を楽しく、
自分自身に誇りを持って生きて行けるのだと思う。

これは私自身が、自分の経験から学んだことです。
子供時代、けっして恵まれた状況ではなかったけど、
だからこそ努力したし、自己改革に頑張れたのだと、
今にして思います。
その時々に直面する問題は、
自分の人生を充実させるための課題だったのだと思える。

日々、良きにつけ悪しきにつけ、いろいろなことがあるけど、
寝る前に「あ〜今日も楽しかった」と思える自分でありたい。
そんな日々を支えるのは、プライド(自尊心)以外のなにものでもない。

プライドって、どんなにちっぽけなものであっても、
人が生きて行く上で、とてもとても大切なものなのだと思います。

バスの中で見つけたてんとう虫。
あんまりかわいいのでパチリ

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