2021/2/19

すべての物事に「正」「負」の両面がある  はなこ的考察―良いこと探し

この1年あまりコロナ禍で多くの人々は行動制限を余儀なくされ、鬱々とした気分になっているかと思います。

ところが、コロナ禍は俯瞰して見れば必ずしも悪い面ばかりでなく、例えば、在宅ワークや在宅学習の普及、行政サービスのオンライン化の推進やネット販売の活況等、ネットの可能性を大きく広げ、そのシステム・技術を10年進化させたとも言われています。

経済においては空前の株価バブルを生み(←残念ながら私には無縁ですが…)、コロナ禍で商機を得て業績が上がった企業も少なくないようです。減収が懸念される国家の税収に関しても、コロナ禍で打撃を受けた産業の減収分を、彼らの増収分が幾らかは補ってくれるのかもしれません。正に「金は天下の回りもの」。

人間社会の在り方においても、感染症の特性から人と人の接触を極力禁じたことで、改めて個人が心身の健康を保つ為に「他者と関わり合うことの大切さ」に気付かされたとも言えるでしょう。

また、個人の生き方においても、自分にとって何が本当に必要で、何が不要なのかを見極めるきっかけにもなったのかもしれません。

さらに今回のコロナ禍では、世界的流行を見せる感染症に対する日本の医療体制の脆弱性も顕わになりました。国政に必要とされない無能な政治家も炙り出されました。

隠れていた社会の弱点が顕わになることは、衆人環視の下、当事者がその改善に取り組まざるを得ない局面を生み出すので、結果的には社会全体の利益になるでしょう。


日本と言う島国はユーラシア大陸の極東付近に位置し、四方を海に囲まれ、その国土の実に70%が山岳地帯で、豊かな自然に恵まれてはおりますが(温泉大国とて活火山の賜物)、同時にその自然がもたらす洪水、豪雪、台風、地震と言った災害と常に向き合いながら人々は生きて来ました。

近視眼的に見れば、この度のコロナ禍は未曾有の災厄ではありますが、この国には様々な災害に何度となく見舞われながらも、その度に「転んでもタダでは起きない」とばかりに、悲惨な局面においても打開策を見出そうと懸命に努力する国民性で、国難を乗り越えて来た歴史があります。

例えば、今年は3月で東日本大震災から10年を迎えますが、ここ数年、マスコミ報道を通じて度々耳にするのは、東日本大震災(古くは阪神淡路大震災)で被災した経験を糧に、さまざまな産業がシステムや製品の改善に前向きに取り組んで、来たる災害に備えて来たと言う事実です。だから、他国では家屋倒壊で人が下敷きなるなど多大な被害が出る震度5,6でも、わが国では死者が出るまでの被害はありません。

コロナ禍は確かに災厄だけれど、武器によって否応なく、のべつまくなしに命を奪う戦争とは違います。経済苦に苛まれるケースも確かにあるだろうけれど(←これは社会的セーフティネットで支えるべき)、多くの人は平穏な日常生活(必要な衣食住に満たされた生活)を奪われることはありません。

忌まわしいコロナ禍もいつかは終わる。始まりには必ず終わりがあるのです。

コロナ禍が終わった時には抑制の反動としての活況が来るでしょう。コロナ禍を経験した社会は、そこから学習してさらに進化した姿を見せるかもしれません。

その時に備えて、個々人は出来る限り心を平静に保ち、今自分が出来ることを粛々とこなしながら、コロナ禍の日々を遣り過ごすことが肝要だと思います…て言われなくても大半の人はそうしていますね

皆さん、Good Job

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