2017/6/7

怒鳴らなくても、子どもは物事の道理を理解できる  はなこ的考察―良いこと探し

 実は今は亡き私の父は、今で言うところのDV父で、特に長子だった私は子どもの頃、常に言葉と身体の暴力に晒されていました。

 父はとにかく口が悪い。「お前は橋の下から拾って来た」だの、「疫病神」だの、「かわいくない」だの、揚句に「お前なんか死んでしまえ」だの、子どもが傷つくような言葉を平気で毎日のように投げかけるのです。

 気に入らないことがあれば容赦なく蹴りを入れられたし、中学の時には勘違いした父が怒りに任せて私に雨傘を投げつけ、私は右瞼に9針縫う怪我を負いました。ほんの僅かでもずれていたら、右目を失明していたでしょう。

 幼稚園の時には、ハイハイしていたすぐ下の妹(4歳の時に交通事故で死亡)がゴミ箱から見つけた父の使用済みの剃刀で、誤って私の額を6cm程切りつけてしまったのですが、「タバコで止血すれば良い」と病院にも連れて行ってくれませんでした。おかげで、だいぶ薄くはなりましたが、今でも額に縦に大きな傷跡が残っています。

 でも、自分で言うのもなんですが、私は父に罵倒されたり、暴力に晒されたりする謂れなどないほど「良い子」だったのです。

 遊びたい盛りに友達と外遊びもせずに、両股関節脱臼で生まれ、4年間ギプスで股関節を固定して歩けなかった末妹の世話もしたし、小学校中学年頃から外に働きに出た母の代わりに晩御飯の準備もしたし、実家の一階で営んでいた小さな本屋の店番や定期購読しているお得意さんへの雑誌の配達の為に中学の部活も泣く泣く諦めたし、大人になってからも自分の給料の一部を実家に仕送りしたり、ボーナスの半分も実家に渡していました。

 女に教育なんか要らないと、父は私に大学への進学も許さなかったし(だから、自分で働いて学費を工面して進学しました)、高校進学の時でさえ「金がかかって仕方がない」とネチネチ言われ続けました(親が我が子の教育に熱心で、ただ勉強さえすれば良い環境で、何の苦も無く大学に進学出来た人には、当時の私の気持ちなど分からないだろうなあ…)

 それでもグレることなく優等生を通し、基本的に親に従ったのは、自分が長子で下に幼い弟妹がいたから。当時の私からすれば、グレる人は精神的に幼く、自分のことしか考えていない、周りが見えていない人としか思えませんでした。

 後で知ったのですが、父は私のいないところでは「うちの娘は頭が良いんだ」と人に自慢していたらしい。

 母の話によれば、父は父で気の毒な身の上だったらしく、跡取り息子の長男を溺愛する祖父に、次男だった父はかなり酷い扱いを受けたらしい。それが父の心に修正のきかない屈折をもたらしてしまったのかもしれません。

 大人になった今は、けっして良い父親とは言えなかった父を許す自分がいます(父の暴力に嫌気して、三女は高校進学の段階で家を出て県外に去ってしまいました。末妹は末っ子で、兄弟の中では最も可愛がられたはずなのに、未だに父のことを「大嫌いだ」と言います)

 そんな父のことで私が何よりも嫌だったのは、頭ごなしに怒鳴りつけることでした。自分の怒りの感情に任せて、熊のような大きな身体から大声を発するのです。

 今でもそれはトラウマになっていて、どんな理由であれ、親や教師と言った大人が、子どもを怒鳴りつけている場面を目にすると、何とも嫌な気分になります。

 生きるか死ぬかの深刻な事態に直面しているのでもないのに、なぜそんな大声で子どもを怒鳴りつけるのかと。

 実は亭主関白気質の典型的な九州男の夫も、私や息子に対してたまに大声で怒鳴ることがあって、その度に「怒鳴りつけるほどのことでもないのに」と疑問に思い、最近は「それって、怒鳴りつけるほどのことかな?」と私もすぐさま反駁することが多くなりました。頑固な夫は反論できないと黙り込みますが…

 結局、日常生活の中で、人に対して怒鳴る場面なんて、そうそうないはずなのです。それでも怒鳴る人は感情の制御が効かない人。心理学で言うところの「アンガー・マネージメント」が必要なんですよね。怒鳴る本人に、ストレスを抱えている等の何らかの内的問題があるのだと思う。

 子どもも一個の独立した人格としてきちんと認め、何か問題があれば、きちんと筋道立てて話し、教え諭すこと。反抗する子にも言い分はあるのです。その言い分に耳を傾ければ、子どもも心を落ち着けて大人の話に耳を傾けるようになります。

 これは12年間、美術館で教育普及ボランティアとして従事した中で、私自身が学んだことでもあります。



2017/6/13  0:06

投稿者:管理人はなこ

マグジー・コーチは聡明な人格者でしたね。短期間に子ども達の特性を掴んで、それを生かした的確なコーチングをされていました。

アスリートも超一流レベルとなると、身体能力の高さに加えて明晰な頭脳が必要なんだなと思いました。

自分自身の経験に照らして考えると、少なくとも学童期の子どもは褒めて育てるべきだと思います。そうしないと子どもは自分の中で自己肯定感が育たないんですよ。どんなに努力して結果を出しても、自尊心が満たされない。

私の父は酷いDV親父でしたが、基本的に働き者で、元気に働いていた頃は家にきちんと給料を入れていたし、料理もDIYも得意で、自宅でもマメに動いている人でした。今にして思えば、父も自分自身のふがいなさに苦しんでいたんだろうなと思う。

軍隊のシゴキは、個人の自尊心を徹底的に破壊して、上官に従順な兵士を作る人格改造が目的なのではありませんか?あれを成長と言うのか、私としては疑問であります(笑)。士官クラスのエリート養成はまた違うのではないかと思います。

そう言えば、現在の日本は政治でも経済でも優れたリーダーが不在ですが、これは戦後教育の問題なのかなと思います。戦後の日本には、エリート教育が欠如しているのではないかと。

現在苦境に陥っているメーカーも、優れた技術者はいても、優れた経営者がいないから、現状に至ったのかもしれませんね。日産のゴーン社長を見ていると、日産は確かに立て直しには成功したかもしれないけれど、莫大な報酬を吸い上げられ、生え抜きの社員の処遇との差が大き過ぎます。

ならばメーカーは社員の中から早期に何人か将来の幹部候補を見出して、海外の実績のある大学で経営学を学ばせる等すれば良いのではないでしょうか?大手銀行等は、幹部候補を米国の一流大学院に派遣して、MBAを取得させていますよね。

それとも、既にそうしているのでしょうかね?

政治も選挙にお金がかかり過ぎて、世襲や、労働組合や宗教団体に所属していないと立候補できない仕組みをどうにかしないと、日本全体を覆う閉塞感に風穴を開ける優れた政治家は出て来ないと思います。

2017/6/10  17:23

投稿者:Sakurai Eiji

孫息子がバスケットボール編で出演したNHKの<奇跡のレッスン>は大きな反響があったらしく、その後、何度も再放映されています。特に、「バスケットボール篇」は今年の世界教育番組コンクールの中学生部門でグランプリを獲得しました。

あの番組で、マグジー・コーチは子供は褒めることで成長する、失敗してもそれを責めず、その失敗の中で良かった点を見つけて褒めてあげることが大切だと言っていました。

ただ、あめりか映画を見ると、海兵隊の新兵はしごきにしごかれて逞しく成長してゆきますね。先日見たロシア映画でも同様でした。

褒めて育つのは高校生まで、それ以上は褒めたら満足してしまうのでしごかなくては伸びないのかな?と思ってしまいます。

http://ameblo.jp/sakuraieiji/


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