2006/6/13

スクール・ギャラリー・トーク  ボランティア活動のこと

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今日は先週に引き続き、ボランティア先の美術館で、
小学生を対象にギャラリー・トークを行った。
以前こちらで書いたように、作品解説のような知識の伝授
というより、本物の作品を前にして、子供達と対話しながら
鑑賞するという形をとっている。


今日は公立小の5年生の子供達、50人余り。6グループに
分割して、ボランティア一人当たり10人前後の児童を担当。
殆どが美術館初体験か、それに近い。予め学校の工作の
時間に今日の前準備としての作業を行ったらしい。
しかし、本物の作品を目にするのは今日が初めて。

まずは彫刻。彫刻と絵の違いは、彫刻は立体的で360度
見られること。それではと、皆でぐるりと彫刻の周りを一周。
次に何が見えるか、ゆっくりと周りながらじっくりと観察。
彫刻作品は漁師の少年がモデルだ。それぞれが海に行った時
のことを思い出しながら、目を凝らして彫刻の細部を見る。
児童自身の経験に照らして、目の前の作品を観察することで、
気付くことは多い。知識は本や資料を読めばわかること。
作品を前にしているからこそできることは、やはり作品を
よく見ることだ。
これこそが美術館体験の醍醐味なのだ。

通常1コース40〜50分で、彫刻作品1点、絵画作品3点
を見る。私は絵画作品の鑑賞に入る前に、必ず常設展示の
中で最も古い作品を紹介することにしている。
数百年前の作品とは思えない鮮やかな色彩と光沢。
これは美術館で適正な温湿度管理の下展示するのみならず、
修復作業を適宜実施し、保全に努めているからである。
子供達に美術館の作品保護の役割を理解してもらう意味でも、
私としては外せない解説だ。
最初はその意味が今ひとつピンと来ない児童も、
「それではこの絵が貴方の家にあった場合、500年後は
どうなっていると思う?」と尋ねると、皆一様に
「たぶん、こんなにキレイじゃないと思う」と答える。
常々子供達の生活体験に即した想像を促すことが大事かな、
と思っている。

今日は特に、絵画作品に対して子供達の反応が大きかった。
写真で予め目にしていた作品も、実物を見てみると絵の具の
厚みで表面は盛り上がって見え、筆跡もクッキリと鮮やかだ。
「うわぁ〜こんなにデコボコしてるんだ」と目を丸くして
驚いている。キリストやマリアの肖像の頬を伝う涙の描写に、
「涙の粒が盛り上がって見える。本物みたいだ!」
クールベのりんごの絵に、
「下手くそだね。これなら私にも描ける」と辛辣なコメント。
それではと、ファンタン・ラトゥールの静物画を見せると、
「わぁ〜おいしそう。これは描けないや」とあっさり脱帽。
「同じ果物を描いても、画家によって描き方が違うんだね」
という私の言葉に、一同頷く。
クールベはけっして絵が下手なんかじゃない。見てごらん、
罠にかかった狐の絵を。「リアルだ…写真みたいだ」

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《サン=トロペの港》ポール・シニャック(1901)

シニャックの点描画では、離れた場所から見たり、
間近に見たりと絵との距離を変えながらの観察で、
見え方の違いに感嘆の声を上げた。
「遠くから見た方が何が描かれているかわかりやすいや!」
近くで見ると、「色の粒がたくさん集まっていたんだね」
「海の色って言っても、青や水色だけじゃないんだ…」
「オレンジやピンクは建物の色が映り込んでいるんだね」
この後、どれくらい離れて見た方が一番キレイに見えるか、
それぞれのベスト・ポジションを見つけてもらった。

同じコースを実施しても、担当するグループによって、
反応はさまざま。対話が弾むグループもあれば、そうでない
グループもある。どちらが良くてどちらが悪いという問題
ではない。
絵を前にして感じたことを言葉で表現してもらうことを
ひとつの目標にしている対話型トークだが、
言葉にせずとも、作品をじっくり見ることで、それぞれの
児童の心の中で、作品との対話は成立しているはずだ。
実はそれだけで、十分美術館に来た目的は達成できている
のだと思う。
先の講演会で森村泰昌氏も言われていたように、
100人いれば100様の作品との関わり方が
あるはずなのだから。

私自身、今日はどんな子供達との出会いがあるかな、と
いつも楽しみにしている。




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