2006/5/15

ナイロビの蜂(原題:The Constant Gardener)  映画(2005-06年公開)

クリックすると元のサイズで表示します

見る前にあまり期待し過ぎると、自分の中で妄想が膨らみ過ぎるのか(笑)、期待外れとは言わないまでも、少し肩透かしをくらったような戸惑いを覚えます。この作品もそうでした。


書店に並んだ文庫版は上・下巻でかなりのボリューム。それを2時間の中に収めようとすることにそもそも無理があり、熱心な原作ファン曰く、大幅に端折っていて涙が出るほどなのだとか。原作と映画はやはり別物らしい。「これはフェルナンド・メイレレスの『ナイロビの蜂』だ」と。
◆こんな記事がありました→「The Constant Gardener」ナイロビの蜂(サイト通訳翻訳NAVI)

というわけで、原作未読の私にとってはいまだ理解不能な箇所が多々あります。なんか未消化な感じ。見応えは十分あるにはあったのですが、こと本作に関しては、原作を読まないことには、本当の意味で原作の意図することを理解するのは難しいのかもしれません。登場人物の数も半端ではなく、その関係も入り組んでいて、誰が誰なのか(特にどのようなポジションにいるのか)、そして誰と誰がどう絡んでいるのか最後まで判りづらい。そもそも名前を覚えるのもおぼつかない(涙)…
【追記2007.9.12】ということで、最近原作を読み始めました。これで作品理解は多少深まるのではないかと(*^_^*)。 
【追記2008.2.29】邦題は映画配給会社によるものではなく、小説が翻訳された段階でつけられたもののようですね。原題の直訳(誠実な庭師?←これではあまりにも芸がなさ過ぎですね。”外交官でありながら庭いじりばかりして、過酷なアフリカの現実を見ようとしない人”とでも意訳しましょうか?そう考えると相当皮肉混じりのタイトルです)ではインパクトが弱いからでしょうか?


とは言え、テイストはあの『シティ・オブ・ゴッド』を作ったフェルナンド・メイレレスらしさが随所に出ていました。ドキュメンタリー・タッチなカメラワークであったり、底辺で苦しんでいる人々への共感や巨悪への厳しい視線等。それプラス今回はアフリカの大自然を空から幾度となく俯瞰して見せました。その美しさをアピールすると同時に、「本来豊かな大地であるアフリカを、映画で描かれたような悲惨な状況に追いやったのは誰なのか?、何なのか?」と見る者に問いかけるかのようでもありました。映像のインパクトという意味では、アフリカの悲惨を伝えるに十分な効果があったと言えるでしょう。

クリックすると元のサイズで表示します

原作者のジョン・ル・カレは冒険小説の大家として知られるイギリスの作家ですが、イラク戦争の勃発直後、開戦に踏み切ったアメリカに対し、かなり強い論調の批判論文を英タイムズ紙に寄せたのだそうです。そういう気骨のある作家なので、原作の素晴らしさは推して知るべし。映画化にあたってはフェルナンド・メイレレスという社会派の監督を得て、映画も荒削りながら骨太な仕上がりになったとは言えるでしょうか?

国際協力事業の欺瞞や矛盾や限界というのは、私もかつてその末端にいて多少なりとも国内外で目にしましたが、メイレレス監督が言われる通り、「第一世界が第三世界から搾取し続ける構図、実態は今も昔も変わらない」。劇中、株価の話も出ましたが、人の命を踏み台にして、ごく一部の人間は巨万の富を得ているわけです。これはもうシステムとして確立しているとしか言いようがない。

最後にレイチェル・ワイズ(本作での演技で米アカデミー助演女優賞を受賞!)レイフ・ファインズ(彼が演じると、庭いじりがもっぱら趣味の冴えない中年男性という原作の人物設定とはまた違った印象?)も素晴らしい演技でした。ファインズの陰とワイズの陽、ファインズ演じるジャスティンの静(”事なかれ主義”の彼も妻の足跡を辿るうちに大きく変化するわけですが…)とワイズ演じるテッサの動。その絶妙なコンビネーションは、骨太な社会派ドラマである本作に、人間ドラマとしての厚みを加えたと思う。

とは言え、配給会社の宣伝コピーには些か違和感を覚える。「雄大なアフリカの大地を舞台に、喪失感の只中満ちてくる愛の奇跡ー。」見終わった後の印象とのズレを禁じ得ない。ことさら夫婦愛を強調するのは営業戦略なんでしょうか? 「巨悪の前の個人の非力」を喧伝するより集客できるから?人が見てくれないことには、伝えたいことも伝わらないわけで…

果たして今年見た中で1番かと聞かれたら、まだ何とも言えませんが、原作の持つ(っているであろう)魅力と監督の並々ならぬ力量とその力業が、強く印象に残る1本には違いありません。

映画データ(allcinemaonlineより)
映画公式サイト
原作本データ(Amazon.co.jpより)

【世界の過酷な現実を見せてくれる最近の映画たち】
『ホテル・ルワンダ』(ドン・チードル主演)
『すべては愛のために(Beyond Borders)』(A・ジョリー主演)
『ザ・インタープリター』(ニコール・キッドマン主演)
『イノセント・ボイス〜12歳の戦場』(カルロス・バディジャ他)
『ダーウィンの悪夢』
『ブラッド・ダイヤモンド』(1)

ワンクリックいただけたら嬉しいです(*^_^*)⇒



2007/10/5  15:06

投稿者:管理人はなこ

ごぶりんさん、こんにちは。ごぶりんさんとは「はじめまして」ではないような気がするのですが…(それでも久しぶりだとは思います)。

ごぶりんさんの解釈、「なるほど、そういう見方もあったか!」と思いました。敢えて”外”に対して無関心を装い、自らのテリトリー=小さな庭で安穏と過ごしていたジャスティン(外交官僚としてはどうなのか?と思いますが)が、正義感に溢れ行動力のある女性テッサに惹かれるのも一理あるのかな。しかし彼女が亡くなって初めて、夫婦として本当に理解しあえるなんて悲しすぎます。それゆえにドラマチックなんだけど。

http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/cinema/topics/20070420et13.htm

上記のアドレスは、洋画の邦題に関するヨミウリ・オンラインの記事です。

それによれば、配給会社は原題のままでは注目され難いと判断した場合、邦題を付けるようです。これがなかなか大変なようで。

本作の邦題「ナイロビの蜂」は、ナイロビで不正を働く製薬会社スリー・ビーズ社を指しており、本作は夫婦が時間差こそあれ、その恐るべき実態に迫って行く様を描いていると思のですが、その意味ではサスペンスを匂わせるタイトルです。しかし、宣伝コピーはことさら夫婦愛を強調している。タイトルとコピーのギャップが、公開時、多くの観客を戸惑わせたのではと推察します。

どこに着目して見るかで、作品に対する印象は大きく異なって来ますものね。その意味でも観客とのファースト・コンタクトであるタイトルやコピーは重要なんだなと感じました。

2007/10/5  1:19

投稿者:ごぶりん

始めまして
ナイロビの蜂をみてこちらにきました。最初はサスペンスなのかと思いましたが、これは彼の探索の旅でもあったのだなと思います。英国的な彼の庭から広大な色彩を持つナイロビへと奥さんを知るために。彼女の行動を理解しながらも共感できていなかった彼が、何がおこったのかを知る旅の後半で飛行機の中でかつて奥さんが車の中で言った言葉を叫ぶところが印象的でした。悲惨さもありましたが、奇妙な満足感がありました。謎がなくなり彼女を知り、心残りはあるものの旅は終わったのだと。ここまで来て、彼女に共感できたのだと。

2006/5/27  12:03

投稿者:はっち

TBどうもでした〜♪
>書店に並んだ文庫版は上・中・下巻でかなりのボリューム。
えっ!?3巻なんだ・・・原作は読む気が全く無いのですけど・・・(^^ゞ
日本の配給会社、最近ムチャしてませんか?邦題は、昔からですけど、コピーと付け方がおかしい作品が増えてる気が・・・SPRITでは、挿入歌を勝手に変えて顰蹙かってたし、訳の解らないイメージソング押し付けてる映画も多いし・・・

http://hatchi.jugem.jp/

2006/5/27  11:33

投稿者:あっしゅ

コメントありがとうございました。あっしゅです。
この映画は本当に”恋愛映画”として観たものですから感情移入することが出来ませんでした。前半は奥さんがあまりにも旦那より仕事を優先し、旦那はかわいそうだなぁって正直思いました。ナイロビの景色は壮大で、製薬会社の実態などサスペンス的な展開にかなりがっかりしてしまいましたねぇ。DVDが出たら、見方を変えてみてみたいと思います。

http://blog.livedoor.jp/sweetdoor/


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ