2021/12/18

今朝の富士山  日々のよしなしごと

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おはようございます。

今朝もスッキリ晴れ渡る空の下、全面雪化粧の富士山が見えます。

その姿は神々しく、美しいです。

本日が、皆さまにとって、良い一日となりますように。

2021/12/6

ブックカバーの新作  日々のよしなしごと

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2021/11/9

結構、年季入っています…  はなこのMEMO

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かれこれ12年は使っている団扇。

昔のノベルティ・グッズは頑丈な作りが多く、長く愛用できる印象。

紙が剥がれて来たら、糊で補修しています。

2021/10/29

今朝の富士山  はなこのMEMO

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今朝は雲ひとつない澄み切った空に、冠雪の富士がくっきりと見えて、清々しい気持ちになります。

一日のスタートに、このような景色を見られるのは眼福!今日も皆さまにとって良い一日となりますように。

2021/10/24

息子夫婦がやって来た♪  日々のよしなしごと

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緊急事態宣言が解除され、何故か1日の感染者数も激減して、街には大勢の人が繰り出し、日常が戻りつつあるのを実感します。

昨日は息子夫婦が自家用車で自宅を訪ねて来てくれました。息子はともかく、お嫁さんとは実に2年ぶりの再会となりました。彼女は訪問診療で患者宅に赴く仕事柄、感染予防に人一倍気をつけなければいけない為、この2年間は県跨ぎの移動はなかなか勇気の要ることだったと思います。


ハワイで予定していた結婚式も、ビジネスはともかく私事の海外渡航が未だ難しい為、挙式の目処が立っていません。ハワイでの挙式は、お嫁さんが家族で何度も訪れた思い出の地と言うことで、彼女の子どもの頃からの夢らしく、ハワイに一度も行ったことのない私達夫婦としても、是非近いうちに叶うと良いなと願っています。一応、新婚時代の新鮮な気持ちを形に残す事も大切だと考え、息子夫婦は地元のフォトスタジオで結婚写真を既に撮ってあります。


まずは、私達夫婦を自宅マンションでピックアップして貰い、駅前まで出て、行きつけの中華レストランでランチを食べた後、駅ビル商業施設へ行き、地方都市在住の2人に大都市の賑やかさを楽しんで貰いました。

その後、自宅に移動して、全員で息子の幼かった頃のを中心に家族写真を見ながら談笑しました。

帰りの手土産には、お嫁さんのお母様がお好きだと言う崎陽軒の焼売と中華がゆを先方のご両親に、私のお気に入りで毎朝飲んでいる仏フォションのアップルティーをお嫁さんに、持たせました。

早速、夜には先方のお父様から手土産のお礼の電話をいただき、お互いの家族の絆が深まったようで、嬉しかったです。

何より、若い2人が今後も無病息災で、仲睦まじく日々を暮らしてくれたら、親としては何も言うことはないですね。

2021/10/13

遅めの、そして夫にとっては最後の夏休み最終日  国内旅行(旅の記録と話題)

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 日帰りバスツアーで国立ひたち海浜公園に行って来ました。この時期見ごろのコキアの色づきは五分づきと言ったところ。来週が最高なんだそうです。これはこれで、色のグラデーションを楽しめますけどね。

 別名箒草と言われるように、箒の材料にもなる植物なので、ふわふわモコモコの見た目と違って、フツーに硬い触感でした。

 今、初めて気付いたのですが、コロナ禍ならではの無粋なゴミが写り込んでしまっています。あ〜あ

 結婚以来、毎年夏休みは海外に行くことが多かったのですが(美術館巡りが主な目的なので、至って質素な旅行です)、この2年はコロナ禍で県境越えも憚られる状況でした。
 
 長かった緊急事態宣言が漸く解除されて、今般は自粛生活の反動なのか、世間では高い物から売れると言う「リベンジ消費」流行りなんだそうですが、夫の完全リタイアが目前に迫る我が家には縁のない話ですね。

 土日も含めて10日間の夏休みは、一日置きに映画を見に行ったり、美術展に行ったり、自宅の普段行き届かない場所の掃除をしたり、写真のバスツアーに参加したりと、地味ながらもバラエティに富んだものとなりました。

 海外にもいつかは行けたら良いなと思っていますが、解禁される頃には私達のような庶民にはとんでもなく敷居の高いものなっているのではないかとの一抹の不安があります。夫の身体が動けるうちに行きたいんですけれどね。

2021/10/12

歯医者通い  日々のよしなしごと

 私の母は子育てに関してはネグレクトに近い野放図な親だったけれど、歯だけは丈夫に産んでくれた。私は親から歯の磨き方も教わることなく(まあ、学校の歯科検診で歯科衛生士さんから教わったけれど)、こまめに歯磨きをするわけでもなかったのに、成人するまで1本も虫歯にならず、歯医者には行ったことがなかった。

 初めて歯医者に行ったのは、幼馴染が歯科衛生士になったので、彼女の勤める歯科医院に歯石除去に誘われたのがきっかけだった。

 そして暫くして、不覚にも奥歯1本が虫歯になった。さらに20代の前半に生えて来た4本の親知らずのことごとくが変な生え方をして他の正常な歯を圧迫し始めたので、すべて抜くことになった。この抜歯がなかなか壮絶で、抜歯後は体調が暫く悪くなったほどだ。

 それから十数年は特に虫歯もなく平穏に過ごしたのだが、40と50の声を聞いた途端、またもや不覚にも虫歯が出来てしまった。閉経後の骨粗鬆症が言われるように、女性ホルモンの減少が、歯の不調に影響しているのだろうか?

 そして昨年に至っては昔治療した奥歯の一部が欠け、そこからばい菌が入って歯肉炎を患ってしまった。これが頬も腫れあがるほどの炎症で、痛み止めも効かないほど頭の芯までズキズキする痛みで、夜も眠れないほどだった。虫歯ではかなり先輩格の夫にその痛みを訴えたら、「それがほんとの歯痛(はいた)だよ」と笑われた。それまでは全て歯科検診でたまたま初期の虫歯が見つかっただけで、私は本格的な歯痛を経験したことがなかったのだ。

 1月半歯医者に通って漸く症状は落ち着いたが、今度は患部の治療を終えるまで酷使した反対側の奥歯が痛み出した。長年の摩耗で一部神経が露出していると言う。そこに食べ物が触れようものなら、翌日までズキズキするような激痛である。さらに当初は冷たい水だけが沁みていたのが、温かい飲み物、果ては常温の水まで沁みるようになってしまった。

 そこにトドメを刺すように、昔治療した歯を覆うレジンが欠けてしまった。仕方なくまた歯医者に行く。歯の欠けと知覚過敏の治療である。

 ベテラン歯科医の巧みな手さばきで治療は思ったより早く済んだ。歯科医は「あなたの歯は基本的にとてもきれいな歯で、状態も良いです。あまり心配しないように。」と言う。先生は励ましているつもりなのだろうか?

 訝る私の表情を読み取った歯科医は「そりゃ、50年以上も使い続けているんだから、くたびれもしますよ」と笑った。確かにそうかもしれない。

 そう言えば、昔の西洋社会では、床屋が歯医者を兼ねていたそうだ。私はたまに昼休み前の最後の患者になると、30分ばかり先生とイマドキの政治経済の話で盛り上がることがある。まさに床屋ならぬ歯医者談義である。

 当地に越して来て以来、30年近くお世話になっている先生も既に70代になられた。未だ、かくしゃくとしておられるが、後何年、治療していただけるのだろうと、ふと不安になることもある。この歯科医院、床がタイル張りの和式トイレを未だに使い続けている、先生と同じくかなり年季の入った歯科医院である。

2021/10/9

本日の新作「猫のいる風景」(ブックカバーね♪)  日々のよしなしごと

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 またまたカレンダーの写真があまりにも素敵なので無下には捨て難く、ブックカバーにしてしまいました。中身は原田マハさんの旅行記『フーテンのマハ』(集英社文庫、2018)です。

 カレンダーは普段台所の壁に掛けており、昨年、東急ハンズで購入したもの。ベルギーや北欧の街角に一匹の猫が凛とした姿で写り込んでいます。この文庫カバーの写真はベルギーブリュッセルの街角で撮ったものらしい。

 ベルギーのブリュッセルは4年程前に訪ねたのですが、EU本部や国連機関があり多国籍の人々が住む国際都市と言うこともあってかフレンドリーな人が多く、隣国のフランスと比べても食事は遜色ない美味しさで価格もリーズナブル、佇まいもとても素敵な街でした。また訪れてみたい街のひとつです。

 ところで、中身の本の著者である原田マハさんは私と同世代なのですね。同じ時代を、よくもまあ、これほど自由闊達に生きてこられたものだと半ば感心、半ば羨望(笑)。

 彼女の近年の旺盛な執筆活動は、わずか10年の製作期間で2,000もの作品を描いたと言われる画家フィンセント・ファン・ゴッホを彷彿とさせます。そう言えば、彼女はゴッホが大好きで、ゴッホに纏わる作品も何点か出されていますね。

 かくいう私も小学校5年生の時に学校の図工の課題でゴッホの「アルルの跳ね橋」の鑑賞文を書いて以来の筋金入りのゴッホファン。

 上京後、初めて見た美術館の展覧会が国立西洋美術館で開催された「ゴッホ展」でしたし、新婚旅行でフランスのパリを初めて訪れた際も、ちょうどゴッホのアルル移住100周年を記念してオルセー美術館で大規模な「ゴッホ展」が開催されていたので、夫婦で見に行きました。その後も渋谷のBunkamuraミュージアムや国立新美術館、上野の森美術館で開催された「ゴッホ展」には漏れなく足を運んでいます。

 そして、今回、東京都美術館で開催中の「ゴッホ展」にも先日行って来ました。ゴッホを見出した慧眼のコレクターとも言えるオランダはクレラーミュラー美術館の創設者ヘレーネ・クレラーミュラーに焦点を当てた今回のゴッホ展、懐かしい作品《レストランの内部》との再会もあって、感慨もひとしおでした。

 そう言えば、ベルギーを訪ねた折に、ベルギーのホテルの部屋に大きな荷物を置いたまま1泊2日の日程でオランダのアムステルダムやハーグも訪れ、約30年ぶりにゴッホ美術館を訪ねたのでした。さすがにクレラーミュラー美術館への再訪は叶いませんでしたが…その意味でも今回の展覧会に行けたのは本当にラッキーでした!

2021/8/12

子どもは疑問の数だけ賢くなって行く  日々のよしなしごと

この頃、蝉たちが今を盛りに早朝から鳴いている。大合唱である。

この季節に何かと目につく蝉の生態には今更のように興味津々である。さまざまな疑問が浮かんで来る。

例えば、蝉はなぜ鳴くのか?耳をつんざくような大音量で合唱するのか?


数日前のこと。深夜11時過ぎだと言うのに、我が家の出窓の網戸に一匹の蝉が止まったらしく、突然けたたましい鳴き声を上げたかと思うと、それが暫く続いたので、夫と私は驚き、困惑した。

早速、夫が「うるさいなあ」とボヤキながら「蝉はなぜ鳴くのか?」とググった。

まず、蝉はオスしか鳴かない。鳴くのはオスが子孫を残す為にメスをひきつける求愛行動なのである。しかも、オス蝉たちはメスとの出会いの確率を上げる為、集団で鳴く。だから1本の木に大勢の蝉が群がり、あの大合唱になる。


そう言えば、先日近所の並木道を夫婦で散歩していたところ、蝉の大合唱がそこら中に響き渡る中、木の幹で静かに寄り添う2匹の蝉がいた。よく見ると、V字型に尻の部分が重なるような形で寄り添って、じっとしていた。これまで数多の蝉を見てきたけれど、初めて見る光景である。もしかして、交尾していたのか?

蝉は長いものになると20年近く地中で暮らし、地上では命の限り鳴いて(実際は羽根を擦らせて→お腹の内部の筋肉と膜を伸縮させて)メスを呼び寄せ、交尾し、メスが卵を産むと、1〜2週間でその命を終えると言う。正に子孫を残す為だけに生きているような生きざまだ。何十年と生きて、個人としてさまざまな経験をする人間から見れば、その一意専心な生きざまは潔くも切ない。まあ、地球上のほぼ全ての生き物は、「何の為に生きるのか?」なんぞ考えることもなく、粛々と子孫を残す使命を果たして、その命を終えるのだろうけれど。


ここで傍迷惑な深夜の蝉の話に戻すと、蝉が鳴くのにも条件があり、「気温」と「明るさ」の両方か、種類によってはどちらかひとつの条件を満たさなければ、蝉は鳴かないそうだ。

それなのに、数日前は深夜に我が家の窓辺で蝉が何を血迷ったのか、鳴いた。しかも結構長い時間。つらつらと考えるに、これはどうも「夜間も気温が下がらない熱帯夜」と「我が家から漏れる明かり」が、一匹の蝉を惑わせてしまったものらしい。命短い蝉にはちょっと可哀そうなことをしてしまったかな?その罰が当たったのか、一昨日の強風で、同じマンションの角部屋で我が家のその網戸の網だけが、見るも無残にボロボロに破れてしまった(←実際は網の経年劣化とビル風の問題だと思われる)

また、蝉と言えば、仰向けに死んでいる蝉が多い。この時期には玄関ドアを開けると、廊下のそこかしこに蝉の死骸が仰向けに転がっている。

気まぐれに仰向けの蝉を手で転がしうつ伏せにしてやると、突然蘇生したかのように飛び立ってゆく蝉も少しはいる。しかし、その飛ぶ姿にもはや力強さはなく、やはり残り少ない生命力を振り絞っての飛翔なのだろう。

ここでまた「なぜ、蝉は仰向けに死んでいるのか」とググってみる。すると面白い記事を見つけた。子どもの疑問にその道の専門家が答えるという、NHKラジオ番組の記録である。番組では専門家が一方的に自身の知識を披露するのではなく、電話で時間をかけて丁寧に専門家と子どもが対話をすることで、子どもの探求心を絶妙に刺激して素晴らしい。

質問者は小学5年生の女の子。「仰向けで死ぬセミが多いのはなぜ?」と言う質問だ。専門家はその質問にすぐさま答えるのではなく、女の子に「どうしてそれを知りたいと思ったのか」と尋ねる。それに対する女の子の答えが、彼女の旺盛な好奇心となかなか鋭い観察眼を示して素敵なのだ。

「近くの公園で、死んでいるセミの数を数えてきました。クマゼミ31匹中、横を向いて死んでいるのが3匹、うつ伏せで死んでいるのが7匹、仰向けになっているのが21匹で、一番多かったんです。」

単なる思いつきではなく、きちんとした観察と分類に基づく疑問と言うのが、いかにも賢そうだ。少なくとも小学5年生だった頃の私より、彼女はずっと賢い。

この後も、専門家は女の子に「なぜなぜどうして攻撃」を仕掛けて、彼女から更なる考察を導き出して行く。


事程左様に、日々の生活の中でさまざまな事象に関心を持ち、「なぜ?」「どうして?」と疑問を持つことの繰り返し、その経験の積み重ねが、子どもの知的発達を促して行くのだろうね。子どもは疑問の数だけ賢くなって行く。その知的好奇心の芽を摘まないのが、身近にいる大人の最も大切な役目のひとつなのだろう。

2021/7/20

横浜みなとみらいの新たな観光スポット?  散歩の記録

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 桜木町駅前から複合商業施設ワールドポーターズ前までを約5分で結ぶ都市型ロープウエイが今年の4月に開業しました。その名も YOKOHAMA AIR CABIN

 片道 大人1,000円、子ども500円。歩いても10〜15分程度の距離ですが、近未来的なキャビンから見渡すみなとみらいの景色はまた格別でしょうね。往復券や観覧車とのセット券もあるようです。

 なんでもキャビンの下部に蓄電池が備え付けられていて、ステーションを1巡する間に急速充電することでエアコン装備を叶えた世界初のキャビンだそうです。考えてみれば、ロープウエイは大抵麓と山頂とを結ぶものが多く、基本的に年中涼しい場所に設置されているわけで、エアコンは都市型ならではの装備と言えますね。横浜の夏もかなりの猛暑ですからね。エアコンは必須です


 え、なんでそんな近距離をわざわざロープウエイで結ぶ?なんて当初は笑っていた私ですが、見どころ満載のみなとみらい地区を空中散歩できる観光アトラクションと思えば、1度くらいは土産話に乗ってみても良いかなと思う今日この頃

2021/7/20

最近のお気に入り♪ ファン付照明  はなこのMEMO

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 不慣れなスマホで画像登録をしたら、ビックリするほど大きいサイズで画像がアップされてしまった

 おはようございます!気まぐれ投稿者のはなこです。

 最近は殆ど在宅勤務で早朝から仕事を始める(←早く上がりたいため)夫に合わせて私も早起きの生活なので、今の時間は朝ごはん、洗濯、掃除と言った家事を一通り終えて、休憩に入ったりしています。

 さて、写真の代物ですが、実はトイレの照明です。LEDのサークル照明の内側にファンがセットされていて、照明を付けるとファンも回り、このクソ(失礼)暑い時期も窓のないマンションの狭いトイレで快適に過ごせます(と言って良いのか?(笑))

 照度は2段階、風量は3段階で、付属の小さなリモコンで操作できます。しかも、リモコンの照明と風量のスイッチが独立しているので、寒い冬場はファンをオフにできます。これは2020年モデルからのバージョンアップした機能のようです

 アマゾンで購入しました。価格も8,000円弱と値頃。レビューでファンの回転音がうるさいというコメントが多数見られましたが、我が家の狭いトイレでは最低の風量で十分涼しいので(位置的に頭の真上なので、頭寒足熱の法則からすれば十分に機能して、頭を冷やしてくれています。いやあ、快適快適)、音がうるさいということもありません。

 設置も電球のはめ込み口金サイズがE26なら、通常の電球のようにはめ込むだけの簡単さ。ちょっとコツは要りますが。

 ただし、口金の設置場所によっては使用できない場合もあります。またLED電球とファンは一体型なので、電球の交換は出来ません。電球が切れたら商品寿命としては終わりです。しかし、LEDの長寿命とファンの快適性を考えたら、十分買うに値するナイスアイディア商品だと思います。詳しくはアマゾンでご確認を。DOSHISHA製サーキュライト E26 ソケットモデルです。

 我が家の買い物では、久々のヒット商品です♪

 
 ところで、この商品、生協のカタログで知ったんですよね。当初は生協での購入を考えたのですが、念のためネットで価格をチェックしたら、アマゾンの方が1,000円ほど安かったし、1,300を超えるレビューで商品の評判をしっかり確認できたので、そのままアマゾンでの購入に至りました。商品の発送も早くて、1日半後には到着。

 それにしても、世の中には自分の知らない便利な商品がいろいろあるんですね…知らなくてもいい情報もネット上に溢れていますが…

 アマゾン自体の評判も賛否両論ですが、書店ではもう販売されていない本を中古で安価に手に入れられるなど、個人的なメリットはあるので、そこそこ利用させてもらっています。

2021/6/24

川柳…かな?  今日の言の葉

足もとに たつのおとしご わたぼこり



私は空の雲を何かに見立てるのが
子どもの頃から大好きで、
もう100回は行っていると思う
みなとみらいの散歩コースでも、
空を見上げては浮かぶ雲の形を
何かに見立てて夢想しています。

このところ新型コロナによる行動制限で、
そのみなとみらいにもなかなか行けず、
さきほど足もとをふと見遣れば、
たつのおとしごらしき形の白い塊?

よく見れば、ズボラ主婦の証拠を
我が家の床に突き付けられたような…
わたぼこりでした。


あな恥ずかしや


 真っ青な空に浮かぶ、
 想像を掻き立てられるさまざまな雲。
 パリのロダン美術館にて。
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2021/3/6

人形町 双葉の豆乳ドーナツ  「食」についての話題

緊急事態宣言下ではありますが、用があって人形町に行って来ました。

都内に出向くのは、昨年の10月に西美の「ロンドン・ナショナルギャラリー展」に行って以来で、実に半年ぶり。

新型コロナのおかげで、哀しいかな、東京はかくも遠くになりにけり…

人形町は、その風情が好きな街なのですが、行く度にお土産に買い求めるのが、写真の双葉の豆乳ドーナツ。

しっとり油っぽく、甘過ぎず、柔らかな食感が好きです。

その素朴さは、昔懐かしい味ですかね♪

前回、接客に忙しい中、幼児に「ママ、ママ」とまとわりつかれていた若女将が、今日は赤ちゃんをおぶっていたのには、ちょっと驚きました。

家業に子育てにと忙し過ぎて、自分の時間なんて持てないんだろうなあ…

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2021/2/19

あぁ風前の灯…でも続けられる限り続けるよ♪  日々のよしなしごと

時々、Yahooニュース記事のコメント欄を見ていると、僅か4、5行程度のコメントに、長過ぎるとクレームコメントを入れる人がいて驚く。

確かYahooニュースのコメント欄は400字までOKのはずだけれど、短文コメント主体のツィッターの浸透で、その程度の長さのコメントでも受け付けない人が増えているのか?

それに今はInstagramやYouTube、TikTok等の画像や動画メディアが活況だから、画像や映像のインパクトに比べて地味な文字列は敬遠されがちなのかもね。

それ以上に、コメントは”誰が”書いたのかが重要らしい。

ネットの海には情報が溢れてかえっているから、有名人や何かのきっかけで注目されている人以外は、よほどのインパクトや人を惹きつける内容でない限り、目に留めて貰えないのは当然と言えば当然か。

もう何年も前から、個人の文章系のブログが廃れると言うか、その多くが淘汰される時代に入ってしまっているのを、今さらのように実感している。

私も腱鞘炎による手の不調や眼精疲労(先月、検査で乱視の進行が原因と分かったので眼鏡のレンズを買い替えた。これで多少は改善されるかな?)による目の不調から、ブログをなかなか書けない、また読めない状況が続いていたけれど、いざ再開しようにも、誰が読んでくれるのかも分からないブログを今さら書くモチベーションはダダ下がりなのが正直なところ。

でも、たまに何か思いつくと言うか、考えることがあり、無性に書きたくなることもあって、まあ、日記として「ほぼボケ防止のために」書いている。

文章をまとめる過程で、事実確認のためにいろいろ調べたり、言葉のチョイスに呻吟したりすることは、やはり怠け者の私の脳には幾ばくかの刺激にはなっているようだ。

如何せん、哀しいかな、久しぶりに書こうとすると、まあ言葉の出て来ないこと!脳内の言葉の引き出しがすっかり錆び付いているのを感じる。

特にコロナ禍で、この1年あまりツーカーな身内以外とは殆ど会話らしい会話がなかったから、危機的に脳への刺激が足りなかったように思う。

しかし幸いにも、今月から週一の割合でイタリア語講座に通い始め、約20年ぶりにイタリア語の勉強を始めたことで、身内以外の人と会話する機会が増えている。

私以外の方々は3年も前から講座の受講を続けておられるそうで、分厚いテキストも半分以上は既に終わっていて、途中から参加の私は半ば落ちこぼれ状態ではあるけれど、それでも学習意欲は減退しない。と言うのも、直接言語野に係る語学学習と相まって身内以外の人と会話できるのが、私の脳に心地よい刺激となっているのだ。

皆さん私と同年代か、それ以上の年代ながら本当に勉強熱心で、イタリア語の複雑な文法も理解されていて、かつ、ボキャブラリも豊富で、自分の不勉強が恥ずかしい。私って、どれだけ怠惰なんだろうと思う。

とまれ、マスク装着でソーシャルディスタンスを保ちつつ、久方ぶりの社会参加&学びの機会に、ちょっとワクワクしている。

コロナ禍でも、何かしら楽しみを見つけないとね。




2021/2/19

すべての物事に「正」「負」の両面がある  はなこ的考察―良いこと探し

この1年あまりコロナ禍で多くの人々は行動制限を余儀なくされ、鬱々とした気分になっているかと思います。

ところが、コロナ禍は俯瞰して見れば必ずしも悪い面ばかりでなく、例えば、在宅ワークや在宅学習の普及、行政サービスのオンライン化の推進やネット販売の活況等、ネットの可能性を大きく広げ、そのシステム・技術を10年進化させたとも言われています。

経済においては空前の株価バブルを生み(←残念ながら私には無縁ですが…)、コロナ禍で商機を得て業績が上がった企業も少なくないようです。減収が懸念される国家の税収に関しても、コロナ禍で打撃を受けた産業の減収分を、彼らの増収分が幾らかは補ってくれるのかもしれません。正に「金は天下の回りもの」。

人間社会の在り方においても、感染症の特性から人と人の接触を極力禁じたことで、改めて個人が心身の健康を保つ為に「他者と関わり合うことの大切さ」に気付かされたとも言えるでしょう。

また、個人の生き方においても、自分にとって何が本当に必要で、何が不要なのかを見極めるきっかけにもなったのかもしれません。

さらに今回のコロナ禍では、世界的流行を見せる感染症に対する日本の医療体制の脆弱性も顕わになりました。国政に必要とされない無能な政治家も炙り出されました。

隠れていた社会の弱点が顕わになることは、衆人環視の下、当事者がその改善に取り組まざるを得ない局面を生み出すので、結果的には社会全体の利益になるでしょう。


日本と言う島国はユーラシア大陸の極東付近に位置し、四方を海に囲まれ、その国土の実に70%が山岳地帯で、豊かな自然に恵まれてはおりますが(温泉大国とて活火山の賜物)、同時にその自然がもたらす洪水、豪雪、台風、地震と言った災害と常に向き合いながら人々は生きて来ました。

近視眼的に見れば、この度のコロナ禍は未曾有の災厄ではありますが、この国には様々な災害に何度となく見舞われながらも、その度に「転んでもタダでは起きない」とばかりに、悲惨な局面においても打開策を見出そうと懸命に努力する国民性で、国難を乗り越えて来た歴史があります。

例えば、今年は3月で東日本大震災から10年を迎えますが、ここ数年、マスコミ報道を通じて度々耳にするのは、東日本大震災(古くは阪神淡路大震災)で被災した経験を糧に、さまざまな産業がシステムや製品の改善に前向きに取り組んで、来たる災害に備えて来たと言う事実です。だから、他国では家屋倒壊で人が下敷きなるなど多大な被害が出る震度5,6でも、わが国では死者が出るまでの被害はありません。

コロナ禍は確かに災厄だけれど、武器によって否応なく、のべつまくなしに命を奪う戦争とは違います。経済苦に苛まれるケースも確かにあるだろうけれど(←これは社会的セーフティネットで支えるべき)、多くの人は平穏な日常生活(必要な衣食住に満たされた生活)を奪われることはありません。

忌まわしいコロナ禍もいつかは終わる。始まりには必ず終わりがあるのです。

コロナ禍が終わった時には抑制の反動としての活況が来るでしょう。コロナ禍を経験した社会は、そこから学習してさらに進化した姿を見せるかもしれません。

その時に備えて、個々人は出来る限り心を平静に保ち、今自分が出来ることを粛々とこなしながら、コロナ禍の日々を遣り過ごすことが肝要だと思います…て言われなくても大半の人はそうしていますね

皆さん、Good Job

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