2020/11/22

新型コロナ禍は、たぶんなるようにしかならない  はなこのMEMO

どんな状況下にあっても心の平静を保ち、状況に応じて適切な対応を取り、極力普段通りの生活が続けられる人は、真に強い人なのだろうなと思います。自分もそうありたいけれど、なかなか難しいのが正直なところ。


夫曰く、「他のアジア諸国同様、感染率や致死率が欧米諸国ほど高くない日本で、新型コロナが経済の停滞と混乱をもたらすほど騒がれているのは、情報化社会による情報過多が原因だろう」と(そういえば、中東発のジャスミン革命もFacebookでの意見交換がきっかけでしたね。結局、ジャスミン革命は中東世界に何をもたらしたのか…)

昔なら地域限定で知られていたであろうイベントも、事件・事故も、対立も、紛争も、そして新たに生まれた思想や価値観も、現代では「情報」として瞬く間にインターネットを通じて世界中に伝播します。

確かに現代の情報化社会では、遠く海外の情報が逐一、瞬時に、時にはショッキングな映像を伴って伝えられるのです。とりわけ、今回の新型コロナに関しては、現時点で欧米諸国での感染者数や死者の数が突出して多い為、欧米ベースの報道が多い日本では、こうした報道が人々に与える心理的影響も大きいと思われます。

連日連夜の新型コロナに関するニュースは、人々を不安に駆り立てるばかり。マスコミは徒に恐怖心を煽っているかのようにも見えます(ついつい見てしまう私も悪いんですけどね)

過去のさまざまな失政に対して誰も責任を取って来なかった政府は、対策が後手後手に回り、決断を求められても明言を避けるばかり。新型コロナ対策に関しても、誰も責任を取りたくないのでしょう。政府内に強力なリーダーシップを取れる人もいないようです。

(とかく日本人は国外で作り出された仕組み・システムを取り入れ、うまくアレンジし、運用するのは得意ですが(例えば、ソフトバンクの電子決済システムPayPayも、決済時にQRコードを用いる手法は中国のアリペイの模倣だし…)、仕組み・システムを一から自分で作り上げることは苦手なように見えます。システム設計が苦手だから(つまり、知略家、戦略家がいない?)、日本ではGAFAのような企業は生まれないし、いつまで経っても国家的な危機管理システムを構築できないのかもしれません。)

そして、ここに来ての新型コロナの感染拡大。確かに全国的な感染者の急増は、医療体制の逼迫を招く重大な局面でしょう。

しかし、現在の日本にとって、「新型コロナ」による死と「経済苦」による死の、どちらがより深刻なのか、冷静に考えることも必要なのかもしれません。

さらに新型コロナの死者の割合は世代によって大きな隔たりがあり、批判覚悟で書くならば、未来ある若者と老い先短い高齢者の人生のどちらを重んじるかも、日本の未来を考える上で重要な選択のような気がします。人は誰もがいつか死にます。その多くが生まれた順番に。これは動かしようのない自然の摂理です。

ここで誤解して欲しくないのは、私はけっして積極的に高齢者の死を望んでいるわけではありません。殆どの病気で最終的に生死を分けるのは患者自身の自己治癒力の有無であり、その意味では老化により体力の衰えが著しい高齢者や持病により免疫力の落ちている人に死亡者が多いのはある程度仕方のないことで、この現象は何も新型コロナに限ったことではないと言うことです。

そして今回の新型コロナでは、後遺症の問題があるとは言え、こと日本では乳幼児や児童生徒、若者に死亡者が殆どいない(11月時点で20代に2人のみ)と言う点は注目すべきことだと思います。新型コロナを理由に彼らの人生で一度しかない子ども時代、青春時代を奪って良いのか、彼らのかけがえのない人生を守る手立てを、大人は大人の責任として今一度知恵を絞って考えるべきではないかと思うのです。

一方で、100年に一度あるかないかの疫病の流行だからこそ、過去の疫病の知見が多少あるとは言え、今、生きている人々の大多数にとっては初めての経験であり、新型であるがゆえに未知の部分も多いので、否応なく社会も個人も影響を受け、変わらなければならない部分もあるのかもしれません。

また、日本の製薬会社の創薬能力(ワクチン開発力)のレベルがどれだけのものか不明ですが、日本政府が新型コロナのワクチン供給に関して、もっぱら海外の製薬会社頼みなのも解せません。このままだと国民を人質に、莫大なお金が海外に流出してしまいそうです。

現在はワクチン開発競争で米ファイザー社が一歩リードしているようですが、日本政府はファイザー社の認可申請を受けて、現在の感染状況を鑑み例外的に治験中にワクチン認可の審査を行うとの報道もありました。通常は審査に1〜2年かかるところを、今回は早ければ来年の2〜3月に認可する可能性があると聞き、正直、安全性に問題はないのか(日本人に適合するのか?、副反応は大丈夫なのか?)、不安があります。

ワクチン接種によって日本人の7割に抗体が出来れば、結果的に集団免疫を獲得することになり、新型コロナ終息の目途が立つとも聞いていますが、得体の知れないウィルス相手だけに、果たして人間の目論見通りに行くのかどうか…。

因みに100年前のスペイン風邪(後にインフルエンザと判明)では、1918年から1920年の間に、日本は45万人もの死者を出しています。当時の日本の人口は約5600万人で、死亡率は0.8%に上りました。集落ごと全滅と言うケースもあったようです。また、当時の工業地帯の人口過密地域で東京を上回る多数の死者が出たとの記録も。

(2018年時点で日本の人口は約1憶2,650万人、その内、2020年11月22日時点で新型コロナの感染者数は131,397人、死者は最新の11月23日データで2,001人となり、2,000人を超えてしまいました。現時点での死亡率は0.00158%となっています。

尤も人口比の死亡率の高さは、過去にSARSを経験した隣国韓国の0.0009%(死者516人、人口5,164万人)よりも高く、アジアの中ではけっして低いとは言えません。シンガポールに至っては0.0005%と言う低さです。因みに最悪の状況である米国は0.08%で、日本の50倍、シンガポールの160倍もの高さです。データは主に米ジョンズ・ホプキンス大の調査に基づく。)


そして、当時はウィルスの存在も医学的に認知されていなかった時代で、特効薬やワクチンの開発もないまま、全国的なウィルス蔓延による国民の集団免疫獲得によって、スペイン風邪は流行の終息を迎えています。


どこに軸足を置くかで、今回の新型コロナに対する捉え方(どの程度恐れるべきものなのか?それを踏まえて、社会や個人は新型コロナとどう向き合うべきか?)も、今までとは違って来るのかもしれません。

クリックすると元のサイズで表示します

2020/11/13

新型コロナとインフルエンザのシンプルな違い  はなこのMEMO

「新型コロナ」と「インフルエンザ」は共にウィルスで、
症状が重篤になれば肺炎を発症して、
死に至ることもある恐ろしい感染症です。

今更ながら知ったのですが、
両者の間には肺炎を発症する仕組みに違いがあるようです。


インフルエンザウィルスは感染後に患者の体内で増殖して、
患者の体力を奪い、その免疫力を弱めてしまうのですが、
その結果、

肺炎菌等の細菌が患者の肺に入り込んで
肺炎を引き起こすのに対し、

新型コロナウィルスは

新型コロナウィルスそのものが患者の肺の中で増殖し
肺炎を引き起こす

ようです。

つまり、インフルエンザウィルス感染由来の肺炎は、
『細菌性肺炎』である為、既存の抗菌薬により治療が可能なのに対し、

新型コロナウィルス感染由来の肺炎は、
新型コロナウィルスに対する特効薬が現状存在しない為、
医療現場では、既存の様々な治療方法を試行錯誤するしかないわけで、
その結果、ひとりの患者に対して、
従来の肺炎以上に多くの医療従事者が治療に当たることになる。

このことが医療現場の負担増と
医療従事者の疲弊を招いているのですね。


因みに、インフルエンザの特効薬の代表的なものは
ウィルスの患者体内でのウィルスの増殖を抑制して、
患者の体力、ひいては免疫力の回復を目指すもの。

だから、感染から一定の時間内に服薬しなければならない。
感染からあまり時間が経ってしまうと
ウィルスが体内で増殖し過ぎて、抑制できなくなるからなんですね。


最後の頼みは結局、患者自身の『自己治癒力』なのです。


そもそも従来から「風邪」の特効薬を発明すれば
ノーベル賞受賞確実と言われていますが、
この「風邪」の原因となるウィルスのひとつがコロナウィルスです。

今回問題になっている新型は、
コロナウィルスの中でもSARSやMARSのように
致死率の高い「重症肺炎」を引き起こす点が厄介。


数種類あると言われる従来の型のコロナウィルスでさえ、
その特効薬が未だ開発されていないのですから、
新型コロナウィルスの特効薬がそんな簡単に開発されるわけがない。

だから、出来る限り感染しないよう気を付けるしかない。
(それでも感染してしまったら仕方ないですね)

その予防策は100年前のスペイン風邪の時と殆ど変わらず、
(当然ながら、日頃から十分な栄養と睡眠を取り、適度にユーモアのある、
ストレスを溜め過ぎない生活を心がけつつ…)


マスクの装着
こまめな手洗い
密の回避
換気

の徹底に努めること。

凄くシンプルですが、今年インフルエンザの罹患が激減していることからも、
ウィルス感染予防には確実に効果が見られるようです。

手指のアルコール消毒はアルコールの揮発との勝負で、
まず指先から消毒して速やかに指と指の間、手首まで広げること。
目や口や鼻の粘膜に触れやすい「指先」の消毒は特に重要みたいですね。

(感染症予防策が100年経っても殆ど進歩していない、
人類の無力さに愕然としますが…
人類も他の動物同様、ウィルスの宿主になること自体、
人知を超えた自然の摂理とも言える現象なのではないか、
ウィルスを制御しようとの人類の目論見はうまくいかないのではないか?
さらに言えば、絶えず人類に襲いかかる「感染症」と「天災」と「戦争」は、
「自然(地球と言う生命体?)」によるヒトと言う種の総数調節作用なのでは?
とさえ思えるのです。

だからこそ、人類はもう少し「自然」に対して謙虚になるべきなのでは?
さもなくば、人類はこの地球上から、自然によって
容赦なく排除されそうな気がしてなりません。)


さらに感染を広げない為に個人で気を付けるべきことは、
普段の生活の中では人と接触する時に、
「ウィルス飛沫の飛散を防ぐ為」にマスクを常に装着
すること。

例えば飲食店では、幾ら店頭で手指のアルコール消毒をしても、
おしゃべりしながらの飲食ではウィルスの飛散は防げません。


私も今ではたまにカフェを利用しますが、周りを観察してみると、、
友人との久しぶりの再会で気分が高揚するのか、
若い男女も、私と同世代のおばちゃん達も、
マスクを外したままのおしゃべりが凄いです。
まさに口角泡を飛ばして、と言う感じ。

暫く会えなかった反動なんでしょうね。
おしゃべりに熱が入る気持ち、分からなくはないのですが、
こりゃ長居できないやと、私はそそくさと退散します。
外で入店を待っている人もいるし…

お酒が入っていなくてもこうなんですから、
お酒が入ればどうなるか、想像に難くない。


会食すること自体は悪くないと思うのです。
でも、相手と一定の距離を置きながら、

飲食中はしゃべらない
食後にマスクを装着しておしゃべりする

最低限このふたつを心掛けないと、
会食によって感染を広げてしまう可能性が大きいと思います。

ついでにダメ押しすれば、装着するマスクも、
『使い捨てが基本の新品の不織布製マスク』でないと
飛沫予防効果は半減みたいですね。


言うまででもなくマスクはけっして感染症を完全に防ぐものではないけれど、
感染症対策として重要なファクターである
ウィルス飛沫の飛散予防に一定の効果があると既に認められているので、
国民の生命線である経済活動を止めない為にも、
個人が確実に出来る予防策として、マスクの装着に努めようと思います。

私達ひとりひとりが。自分自身も「感染者」「ウィルスの運び屋」
と思って行動するようにしないと、
狡猾な新型コロナウィルスの蔓延は防げないでしょうから。

今日の報道によれば、東大でのマウスを使った実験では、
最近流行の新型コロナは、当初の武漢型から変異して、
感染力がより強くなっているとのこと。

空気の乾燥と低温化でウィルスの感染力が強まる昨今、
今一度、気を引き締めて感染予防に努めて、
医療関係者の負担を増やすことのないよう気を付けたいと思います。


因みに市販の風邪薬は鼻炎、咽頭炎、発熱などの各症状に対して
対症療法で応えるもの。風邪そのものを治す薬ではありません。
私達は薬で上気道炎のそれぞれの症状を抑えて、体力を回復させ、
最後は自己治癒力で風邪を治しているのです。
抗生物質は細菌に対してのみ効果があるので、
風邪ウィルスには効果がないのですが、
かつてはなぜか風邪で抗生物質を処方されることが多かったですね。


しかも最近は風邪の諸症状(発熱、咳、くしゃみ、鼻水)は、
体内から風邪ウィルスを排出する免疫の働きによるものなので、
風邪のひき始めに無闇に解熱剤を用いて熱を下げることは良くない、
とも言われていますね(病院の血液検査で白血球の数値が上がっていると、
白血球がウィルスや細菌と戦ってくれているのねと感謝する今日この頃)


風邪をひいた時には、持病もなく健康ならば、
「すぐさま病院での受診や服薬をしなければ!」と慌てずに、
まずは休養(栄養と睡眠)を取って様子を見ることが肝要、
との意見が多数を占めつつあります。

2020/11/2

ホントにもう新型コロナでいろいろな予定が吹っ飛んじゃって…  日々のよしなしごと

今年、2020年と言う年は、おそらく世界中の多くの人が、
新型コロナに振り回された年だと思います。
しかも、この状態は、いつ終わるとも知れないタチの悪さ。

今年は(自慢じゃないが)数少ない友人にも(その仕事柄)会えず、
息子の結婚と言う、家族にとって大きな節目にも関わらず、
婚約者の我が家への来訪も叶わず、
ハワイでの挙式も(来年もどうなるか分からないのに)
来年に延期となり、
離れて住む息子夫婦の新居にも未だ行けず、
私にとっては最後の出席となるはずだった
3月開催の西美の展覧会レセプションも中止となり、
緊急事態宣言で大好きな映画館も美術館も休館となり、
6月に予定していた夏休みのマレーシア旅行も中止となり、
楽しみをことごとく奪われ、
やるべきこともことごとく未だ予定が立たず、
心が晴れないと言うか、モヤモヤしてしょうがない

さらに新型コロナ感染を恐れて歯科治療を控えたばかりに、
歯根が炎症を起こして、鎮痛薬も効かず夜も寝られないほどの痛みを経験し、
完治に2カ月もかかってしまいました。

悪化していた左手親指の腱鞘炎も、
10月にようやく手術を受けることができました。
先日抜糸をしたのですが、腫れはひいてないし、
痛みもまだあります。完治まではまだ暫くかかりそう…
とは言え、1年以上悩んでいたバネ指状態は解消したのだから、
良しとしなければね


ホロスコープ的には、12年に1度の大幸運年だったはずが、
なんだかアンラッキーてんこ盛りの1年になりそうです。
もうこうなったら笑うしかないですね 


真面目な話、
「こんな時だからこそ、日々の暮らしの中で、
小さな幸せ、楽しみを見つけることが大切だ」と、
最近の新聞のコラムにもありました。
その切り抜きを台所の食器棚に貼って、
折に触れて読んでいます。

米国のさる有名な心理学者曰く、
何事にも「ありがたい」と感じ易い人は、
人生の満足度が高いのだとか。
日々意識して5つの感謝を記録することで、
「睡眠の改善」や「意欲の向上」も見られたと言う
研究結果もあるそうです。

ポジティブなメッセージは素直に受け止めたいですね。
何かを学びとろうと思うなら、まず素直にならなければ…
と日々自分に言い聞かせています。

2020/11/2

Googleに慰められる?△※✖〇◇  日々のよしなしごと

OK Googleで、近日公開の映画のタイトル
「おらおらでひとりいぐも」を音声入力したら、
即座にGoogleが音声で

「なぜか寂しい気持ちなってしまうことが
ありますよね。
わたしでよろしければ、
いつでも話かけてくださいね」

と反応した。

うん?もしかして私、Googleに慰められてる?

傍でそのやりとりを聞いていた夫は、

「Googleって方言も理解できるのかな?
だとしたら凄いな」

と感心することしきりでした


秋の夜長のよもやま話

2020/10/25

久しぶりに横浜MM散歩♪  携帯電話から投稿

今日は絶好の行楽日和なので、
きっと人出が多いのだろうなと思いつつも、
横浜みなとみらい地区にやって参りました

案の定、行く道で多くの人々とすれ違い、
目指す山下公園で今日はベンチに座れないだろうなと
覚悟していましたが…
ラッキーなことに座れました♪
しかも、海を正面に望める特等席

絶妙なタイミングでベンチを空けてくれた方、アリガトー

夫が、はなこの日頃の行いが良いからかな?
と言っていましたが…そんなことはないですね

ベンチから見える景色は、雲ひとつない空の青と
ベイブリッジ、豪華客船、ターミナルビル、
そして公園の岸壁の手摺の白が、
絶妙なコントラストを描いて印象的です。

また、清澄な空の青さに呼応するように海の青さも際立って、
あたかも空と海が一続きのように見えます。
「水天一碧」とは、まさに今日のような風景を言うのでしょう。

空はどこまでも青く、高く、その開放感たるや、
10ケ月続くコロナ禍の鬱々とした気分も、
しばし忘れさせてくれます。

人間、俯いてばかりいてはダメですね。
辛い時こそ、顔を上げなければ。
晴れた日は、空を見上げなければ。

晴れた日の山下公園、サイコー


山下公園に到着して驚いた、と言うか、残念に思ったのは、
いつも利用していたコンビニのローソンが、
9月末で閉店していたこと。
今は看板もなく、もぬけの殻となった店舗の
入り口の張り紙で初めて閉店を知りました。

これもコロナ禍の影響なんでしょうか?

ローソンの閉店で、
公園来訪者の飲食のおこぼれに与れないと知ってか、
公園の風景の一部だったカモメの姿も消えています。
一方、姑息な(笑)鳩は数こそ少ないものの、
人出が戻って来たのを敏感に察知したようで、
馴れ馴れしくベンチの周辺を徘徊しています(笑)。

諸行無常とは言え(ホント、容赦なく変化して行くんですよね)、
見慣れた風景から馴染みのものが消えてしまうと、
寂しいし、哀しいですね。

コロナは最終的に、私達から、いったいどれだけのものを
奪って行くのだろう…
私達は失った代わりに、何かを得ることはあるのだろうか?

人波の途切れた時がシャッターチャンス
クリックすると元のサイズで表示します

2020/6/13

今日は朝から雨  携帯電話から投稿

紫陽花は、雨がよく似合う。

クリックすると元のサイズで表示します

2020/6/8

雑感  はなこのMEMO

ふと思いついたこと、普段から思うことをつれづれなるままに…

@「一族の繁栄には最低でも三代かかるぞ」法則

 夫の父は終戦直後、混乱の中国東北部から家族で命からがら帰還した人で、家督を受け継ぐ長兄優遇の陰で満足に教育を受けることもできず、転職を繰り返して後に電気技師の職を得てもなおずっと貧困に喘いでいたらしい。

 そんな中で3人兄弟の長男であった私の夫は小学校高学年の頃から勉学に明るくなり、県下トップの公立高校を経て県外の旧帝大に進学し、当時成長著しかった分野の企業に就職した。自身の苦難の人生から、「我が子の教育こそ肝要」と考えた夫の父は、家計支出は3人の子供の教育費を最優先とし、住宅取得は諦めて県営団地暮らしを選んだのである。親の期待に応えて妹も県外の国立大に進学し小学校教師に、弟は大学に進学はしなかったものの、誰もが知る大手企業に就職した。

 夫の父の「教育重視」の考えは家訓として根付き、うちの息子も国立大院で修士号を取得し、大手メーカーのエンジニアの職を得た。義妹の3人の子供たちも全員大学や大学院に進学し、それぞれ就職、末弟の2人の息子も大学に進学、中でも県下トップの公立校で数学の成績がトップだったと言う長男は都内の有名私大で金融工学を学び、大手証券会社に就職した。我が子、甥姪揃って親達より高いレベルの教育を受け、親の会社より株価の高い会社に就職している(笑)。

 夫や夫の兄弟、その子供世代共に、受けた教育(←単に"学歴"だけでなく、それを獲得する過程での多くの学び)が"武器"となって自らの人生を切り開くことを体現して見せている。夫の父のかつての決断が、確実に子々孫々の繁栄へと繋がっている(尤も不確実性の時代だから、大手企業に就職したからと言ってけっして盤石とは言えないが…彼らは大学に至るまでの"教育"で培った"学習能力"と"忍耐力"で、いかなる困難にも立ち向かい、乗り切ろうと努力するはず)

 75年前の終戦直後は、日本と言う国があらゆる意味で"ゼロクリア"された時代で、戦前のレジームを失ったからこそ、従来の階級差を超えて人々が社会でのし上がるチャンスが多かったのかな?そして、高度経済成長の波に乗り、誰もが努力すれば、それなりの教育を受ければ、階層移動も可能な時代だった。

 ところが、今の時代はバブル崩壊以後の経済の停滞(=低調な経済成長率)と小泉・竹中体制以降の就労形態の不安定化で階層の固定化が再び始まり、既得権益者はその潤沢な資金で子弟を教育し階層の再生産が可能な一方で、ごく一部の並外れた能力の持ち主はともかく、それ以外の殆どの人は努力しても報われない傾向が強くなっていて、階層移動もままならなくなっているように見える。そういう閉塞感が、一部の若者を刹那に駆り立てているのかな?


 ただし、一族の繁栄はまだまだ途上なのだ。最低でも3代続かなければ、成功とは言えないのだ。そのために「教育」が果たす役割は大きい。そのことをまざまざと見せつけられたのが、美術館の同僚ボランティアの出自の華々しさだった。

 美術館のボランティアを経験して何より驚いたのは、同僚が属する社会階層の高さである。私のような庶民は出自の違いに、場違いな居心地の悪さを感じることがままあった。

 殆どの人が欧米に駐在、或いは留学経験を持ち、海外渡航歴も多い。ほぼ全員が一流大学卒(私の出身大学は創立年だけは古い長い歴史があるから、特定の分野で超一流と言われる人や有名人は数多輩出しているようだ)

 配偶者だけでなく親御さんも大卒(東大卒がゴロゴロ)、院卒の、法曹人や医師、薬剤師、大企業の重役や会社経営者。

 三代遡っても(時代で言えば明治、大正の頃)大卒や院卒で、海外留学経験があり、中には米名門大に国費で留学し、その著書が留学先の図書館に所蔵されていたり、 英文学者で岩波文庫で翻訳小説を出版している親御さんも。

 自宅の一部をサロンとして開放し、若き日の谷川俊太郎もそこに出入りしていたとか、義理の祖母が徳川将軍の奥方に仕えていたと言う人も。
 
 単に知識階級と言うだけでなく、都内一等地に複数の不動産を所有する人もいる。悠々自適の身分だから美術(芸術)を楽しむ余裕があり、収入を伴わないボランティア活動にも参加するのか?

 とにかく、家族では私が初めて大学を出たと言うようなレベルでは到底太刀打ちできない、一族の知の蓄積と言うか、幅広く且つ深い教養やその身に纏う何とも言えない優雅さに圧倒されるばかりであった。

 一般的には高尚なイメージの"美術館"のボランティアに応募したおかげで、本来なら出会うことのなかったであろう階層の人々と、私のような庶民が分不相応にも出会えたと言って良いのだろう。

 これも、ある意味、「教育」の効果と言える。大学で美術史を学んでいなければ、応募するきっかけさえ掴めなかったはずだから。斯様に「教育」は、個人の"人生を切り開く手段"としてだけでなく"世界観を広げる手段"としても機能し、個人を充実した人生へと導いてくれるのだと思う。
 
 ここで、同僚のひとりが話していたことをい思い出す。

 その人が20年以上前に米国ボストンに駐在中に、ボストン美術館のボランティアに応募したところ、その人自身、有名大学卒で語学も堪能、配偶者も世界的に知られた大企業のそれなりのポストにあったにも関わらず、けんもほろろに断られたそうだ。

 これは米国の美術館の成り立ちを考えたら致し方ないことなのかもしれない。王侯貴族のコレクションから始まった欧州の美術館と違い、新興の米国では、事業家として大成した人々が、アメリカン・ドリームの体現者として、自身の成功を社会に還元する形(節税の一面もあるのだろうけれど)で、美術館や大学を創立した。

 例えば、カリフォルニア州知事にして鉄道王のリーランド・スタンフォード氏は、一人息子を病で突然失ったことを悼み、その名を永遠に残すべくスタンフォード大学を、また、孫の誘拐が近年映画にもなった石油王のポール・ゲッティ氏は入館料無料で1日中楽しめる充実したコレクションを誇るゲッティ・ミュージアムを、晩年に設立している。

 こうした私立の大学や美術館は、大学なら卒業生や企業からの、美術館なら企業や個人の富裕層からの寄付金が、少なからず運営を支えている側面がある。この為、特に美術館では運営資金集めのパーティやイベントを実施する。その際に大きな威力を発揮するのがボランティアの多彩な人脈なのだ。だから、自ずと顔の広い地元の名士が名誉職としてボランティアに携わることになる。

 しかも古都ボストンでは伝統的に白人(WASP)優位主義で、同僚が応募した際にも、有色人種でボランティアを務めていたのは、中華系の富豪夫人唯一人であったと言う。

 尤もそれから20年以上も経過しているのだから、今は事情も大分変わっているとは思うが…と思いたいが…このところの白人警官の過剰な暴力による黒人被疑者死亡に端を発した全米規模のデモを見る限り、何百年にも渡って植え付けられた、しかも今や根拠に乏しい、一部白人の他人種に対する「階級意識」や「優越感」はなかなか払拭できないのかなあ?白人は"先行者利益"にいつまで固執し続けるのだろうか?バンクシーも指摘しているように、これは「白人の問題」なんだと思う。


A「移民」とは名前を変えた「奴隷」である

 一般に「民主主義」の発祥は古代ギリシャの都市アテナイにおいてと言われているが、古代ギリシャの民主主義はあくまでもポリスの自由市民に適用されたものであって、彼らの豊かな暮らしを支える奴隷には無縁のものだった。

 圧倒的多数の「奴隷」がその自己犠牲で以て「上流」の豊かな暮らしを支える構図は、古来から現在に至るまでずっと変わらない。
 

2020/6/7

新型コロナ流行の途中経過  はなこのMEMO

 まだ世界的に見ても新型コロナ(Covid-19)は収束したわけでもないのに、緊急事態宣言解除を機に、政府・マスコミ・識者で、日本(政府や国民)の新型コロナ対策を評価しようとの試みは多い。さしずめ、中間評価と言ったところか?

 日本は行動規制が緩いにも関わらず、先進国の中でも死者数がダントツに少ないと言われ、ロックダウンまで実施したのに多数の死者を出した欧米諸国では、日本の死亡者数の少なさが不思議がられている。

 日本の識者の中には、死者数が少ないとは言え、それは欧米諸国との比較においてであって、アジア諸国の中では死亡率がワースト2だと指摘する人もいる。因みにアジア諸国で10万人当たりの死者数でワースト1はフィリピンの0.77人。日本はそれに次ぐ0.76人である。

 それで、自分なりにちょっと気になったので調べてみた。

 イタリア国立感染症研究所の調査によれば、今回の新型コロナの死者の平均年齢は80歳(医療崩壊が差し迫った現場では、高齢者には酸素マスクを用いた救命措置を行わない、命の選択が行われたとの報道もあった)

 感染者の平均年齢は62歳で、50歳未満が30%を占める。しかし、死者の57%を80歳以上が占め、50歳未満は1.1%に過ぎない。

 3つ以上の基礎疾患を抱えていた患者が死者の60%を占める。また、死者の68%が高血圧、30%が糖尿病、28%が心臓病の基礎疾患を抱えていた。

 2018年時点でイタリアは高齢化率(人口で65歳以上が占める割合)が23.04%で、日本の28.1%に次いで世界第2位の超高齢化社会である。

 NHKによれば、4月19日時点での死者171人の年代別内訳(カッコ内は死亡者総数に占める割合)は、80代87人(50.8%)、70代50人(29.2%)、60代21人(12.28%)、50代7人(4.1%)、40代2人(0.1%)、30代2人(0.1%)、非公表2人となっている。

 つまり、死者総数に占める割合は日本も80代が50.8%と過半数を占め、50歳未満は2.3%と、イタリアと比較的近い数値が出ている。

 ただし、イタリアの10万人当たりの死者数は50.20人と、日本の実に66倍である。

つづく

2020/6/7

これが…  携帯電話から投稿

"ジャンピング・ジャック"と言う
おもちゃの「きょうぶん」ちゃん♪

尻の紐を下に引くと、
手足が上に跳ね上がります♪

真っ赤なクラウンの衣装が良く似合う。

数年前に旅行で訪れたスロバキアのとある広場の屋台で、
クラウンのジャンピング・ジャックを買ったのをきっかけに、
私のコレクション熱に火が点いて、
昨秋、イタリアのローマのトレビの泉近くで出店していた屋台で
イタリア生まれの人気キャラクター
ピノキオも購入(←これがなんと不良品片脚が動かない)

因みにピノキオを売っていたのはバングラデシュ人でした。
勧められるままに買ったので、不良品を掴まされたか?
不覚にも"選ばれてしまった"感あり。
まあ…旅先ではよくある失敗です。私の場合

正直、自分のコレクション熱にも困っています。
年齢も年齢だけに断捨離を考えなきゃいけないのに、
その真逆を行く

でも、"かわいいもの"には目がないんだな

クリックすると元のサイズで表示します

2020/6/7

我が家のしぶこ  携帯電話から投稿

昨年末、銀座の教文館書店の
クリスマス・マーケットで
買い求めたスノードーム

直径5cmにも満たない
ちっちゃなドームです。

中の天使の可愛らしい笑顔が、
女子プロゴルフの渋野選手にソックリなので、
我が家では「しぶこ」ちゃんと呼んで、
リビングのテーブルに置いています。

他にチャイニーズ・ガールの
「きょうぶん」ちゃんと言う
"ジャンピング・ジャック"もいますよ♪

くまごろう達クマをはじめ、
こうした可愛いモノたちに、
日々、心癒されています♪

クリックすると元のサイズで表示します

2020/5/31

ちょっと腹が立ったけれど…  日々のよしなしごと

 運動不足解消の為、緊急事態宣言中は在宅勤務で、かつ溜まっていた年休をここぞとばかりに消化していた夫と共に、週3の割合で夕刻近くに自宅周辺を小1時間散歩していた。

 そこでしばしば見かけた光景が、とあるバス停で駅に向かうバスを待つ老女の10人程度の集団であった。

 親しげに談笑しているので、全員知り合いのようだ。サークル活動か何かの帰りなのだろうか?平常時ならともかく、新型コロナ流行で緊急事態宣言が出されている中、危機感のない集団だなと思った。

 だいたい、この集団が市中の中型バスにいちどきに乗り込んだら、車内は一気に「過密」状態に陥ってしまうだろうに。

 最近、欧米では日本の新型コロナによる死亡者の少なさが話題になっているらしいが、欧米の死亡者で特徴的なのは、老人介護施設でのクラスター発生による死亡者が多いこと。

 新型コロナは世代別に見ても、高齢者の死亡率が格段に高い。加齢による身体の脆弱化でウィルスの攻撃に耐えられないのだから、当然と言えば当然だろう。

 日本の高齢者施設でのクラスター発生が少なく、死亡者数も抑えられているのは、偏に施設が家族ですら面会を制限し、外部からの人の侵入を必要最小限に留めて、リスク回避に努めているからだ(逆に、病院での院内感染による死亡例は少なくない)

 また、都市部には核家族や単身世帯が多く、感染症弱者である高齢者が、活動的な若年層の不顕性感染者と接触する機会が少ないこともある。
 
 しかし、高齢者が感染したら重症化しやすい。先日、テレビのニュース番組で、病院でのコロナ患者の治療光景を見たが、ひとりの患者に医師、看護師らが5〜6人かかりきりで治療に当たっていた。これでは人手が足りなくなるのも当然だ。

 新型コロナに感染し、回復した人の話を伝え聞いたところでは、軽症や中程度の症状と言われるレベルでも、呼吸するたびに肺をガラスの破片で突き刺されるような激痛に襲われるとのことであった。最近の報道では、米国で回復者の3割に内臓疾患や血栓などの後遺症も見られると言う。

 しかも現時点では、新型コロナ感染で入院すると、本人は治療中に親族と面会できず、親族は本人の死に際して対面での別れも叶わない(最近は、新型コロナ対策で、一般病棟も面会禁止のところが多い)

 件の老女の集団は、自分がコロナに感染した時のことに想像が及ばないのだろうか?

 安易に集会すれば、自分たちがクラスターになるかもしれないとは考えないのだろうか?

 しかし、老女の立場になって考えてみると、新型コロナ感染予防の為に行動自粛することに、自分の残り少ない人生でやりたいことを我慢してまでの価値が見い出せないのかもしれない。それは咳こむほど体調がすぐれないのに外出する高齢男性の無謀さにも通じる、高齢者ならではの刹那的な行動性向のような気がしないでもない。

 批判覚悟で言えば、新型コロナによる死者の多くが老人であることは、生物の命の終わりの「順序」としては間違っていない。これがもし仮に死者の多くが乳幼児であれば、まさに人類存亡の危機で、世界は今以上に混乱を来すだろう。

 (本来ならば必要最小限の外出に留めていただきたいところだけれど)この際、世間の空気を読まず、自分の欲望のままに動く(←加齢により脳の前頭葉の働きが鈍くなるのが原因らしいので仕方ない)高齢者を、非難の眼差しで見るのは止めようと思う。

2020/5/30

出来る限りウィルスと距離を置いて生きる…しかないのかな?  はなこのMEMO

 「緊急事態宣言」が全国的に解除されて以来、街は多くの人出で、新型コロナ(Covid-19)流行前の活気を一気に取り戻したかのように見える。

 しかし、多くの人が指摘するように、
 「ウィルスが消えてなくなったわけではない」

 私たちは重要な社会インフラのひとつである「医療」の崩壊を招くことのないよう、医療現場の状況に常に目を配りながら、経済活動を再開することを決めただけだ。

 とりあえず私たちは、新型コロナのワクチンや特効薬が開発されるまで、"New Normal"と言う指針に則って他者との濃厚な接触を避ける等、新型コロナ感染予防に努めつつ、従来の生活を少しずつ取り戻して行くことになる。


 それなのに、恐る恐る街に出てみると、ここ最近の暑さも手伝ってか、マスクを着用していない人の姿が結構目立つ。その殆どが男性で、年配者や若者だ(先日は、咳が出ているのにマスクを着用していない、赤ちゃんを抱いた外国人女性も見かけた。傍らの連れの女性も同様に、咳をしながらマスクは未着用。大丈夫かいな?)

 さらに質(たち)の悪いことに、マスクを着用していない老齢の男性に限って、口をハンカチや肘で抑えることもせずに、所構わず咳こんでいたりする。今や社会問題化している新型コロナに些かでも関心を持っていれば、マスクは感染の疑いのある者が着用することで、他者への飛沫感染を防ぐ効果があることを知らないはずがない。そもそも風邪だとしても、うつされたくはない

 これは、自身が「不顕性感染者」かもしれないと想定して、"人出の多い場所""人前"ではマスクを着用するよう努めている大多数の人々の努力を台無しにする不作為だ。


 観察するに、老齢のご夫婦で妻はマスクを着用しているのに夫はそうでないケースがまま見られ、これはマスクがないからと言うより、本人の意思でマスクを着用していないと思われる。

 また、男女を問わず、単独行動の"マスクを着用していない"高齢者の場合、おそらく独り身で、久しくマスク不足の状態が続いたので入手できなかった可能性も考えられる。しかし、ここ最近は市中に市販のマスクが出回るようになったので、「マスクが手に入らない」の言い訳は通用しなくなりつつある。

 そんな中、政府支給の通称「アベノマスク」が5月末時点で全国での普及率が20%台に留まっているのは残念な話ではあるが(2週間前に私の住む区で配達が始まったとテレビ報道で知ったが、6月1日時点で普及率は40%近くになり、隣町にもとっくに届いているのに、私の元にはまだ届いていない)、これが全世帯に配布されれば、いよいよ「マスクがないから、しない」とは言えなくなるだろう。

 もちろん、マスクが感染予防に万全でないことは知っているが、少なくとも「マスクは自分の飛沫で、他者に新型コロナを感染させない為の物」との認識は皆で共有したいものだと思う。

 【2020.06.01 追記】
 
 ただし、東京都では5月に熱中症で救急搬送された人が既に122人に上ったとの報道もあり、その大半が高齢者で、内6人が重症とのことなので、来る夏の猛暑に備え、新型コロナと熱中症の両方に配慮した予防策を取る必要に迫られそうだ。人間も体力を奪われる日本の夏の高温と多湿で、新型コロナが弱体化してくれると良いのだが…



 未だに謎の多い新型コロナで、その感染力はけっして侮れないが、現時点では「インフルエンザ」と同じく「接触感染」と「飛沫感染」への警戒が呼びかけられているだけだ。

 「結核」や「麻疹(はしか)」のような「空気感染」は確認されていない。


 感染者の呼気や唾、痰に含まれるウィルスを、受け手の体調や免疫力にもよるが、ある程度の量を体内に取り込まない限り感染はしないようだ。

 「医療関係者」や「仕事柄不特定多数の人と接触する人」が常に感染リスクが高いのは言わずもがなだが、それ以外の一般人は、自ら積極的に他者と(相手からの飛沫が自身の身体に届くほど)近距離で、一定の時間(ガイドラインでは15分以上)接触しない限り、新型コロナに感染する可能性はそれほど高くないと思われる。

 とは言え、新型コロナは症状の出ない所謂「不顕性感染者」も一定期間感染力を持っているので、自分でも気づかぬうちにその人から感染し(←感染者の飛沫が付着した物に触れた手で、目や鼻や口を触ってしまう等)、たまたま今は症状が出ていない可能性も否定できない。だからこそ、自分は不顕性感染者かもしれない、との心積もりは常にしておこうと思う。


 以上のことを総合すれば、レストランで黙って飲食し、食後マスクをして談笑をするのはまだしも、居酒屋で"飛沫を防ぐ仕切りもなしに"テーブルを囲む飲食はリスキーで、自分は怖くて今は出来ないなあ…人間誰しも酒が入るとどうしても感情の抑制が効かなくなり、つい口角泡を飛ばして談笑しがちだから

 また、米国では合唱団でクラスターが発生していることから、狭い空間で複数人が歌い込むカラオケボックスもリスクは高いと言わざるを得ない。ライブハウスも当分の間は演者と一定の距離を置き、観客はマスク着用の上、少人数で静かに着席するスタイルでもない限り、再開は難しいだろう。

 皮肉にも、防音対策としての両者の気密性の高さが、今回は最大のネックになっている。感染予防対策に腐心する施設スタッフの姿をテレビ報道で見ただけに、その努力が功を奏してクラスターが発生しないことを祈るばかりだ。

 新型コロナの流行が一旦"終息"するまでは、とにもかくにも自分が飛沫を出すこと&他人の飛沫を浴びることの両方を避ける。残念ながら、上述の「マスクしないおじさん」のような人も中にはいるので、できる限り、不特定多数の人が触れる物には直接手で触れないこと。もし触れた場合には、速やかに消毒や手洗いを必ずすること。


 不本意だが、他者との近距離での接触は暫くは避けるしかない。周りに人がいる場では、徹底的な感染予防対策が取られない限り、おとなしく黙っているほかないのだ。

 その点、クラシック音楽のコンサートホールや演劇ホール、映画館、美術館では、通常私語はマナーとして慎む場なので、入場者数を制限することで混雑を防ぎ(注意すべきは入退場時のロビーの一時的な混雑か?)、入場者はマスク着用で静かに鑑賞すれば、感染リスクはそれほど高くないのだろう。実際、こうした場所でのクラスター発生は聞いたことがない。

 さらに私には無縁なパチンコ店も同様に、取り沙汰されるほど危険ではないのかもしれない(ただし、パチンコ店利用者の夜の社交場への出入りなど、その行動歴は気になる)

 こうした施設は換気性能も設置基準が厳しく定められているそうなので、密室としての危険性は世間で騒がれているほど高くないようだ。

 以上のことを踏まえて、個人は緊急事態宣言が解除されたからと言って舞い上がることなく、未だ市中に潜む新型コロナを正しく恐れて、最低限、自分の身は自分で守った上で、他者への入配慮も忘れないようにすることが肝要なのだろう。

 発熱や咳症状、さらには味覚嗅覚異常など、少しでも体調に異変を感じたら、外出せずに自宅で休養すること。暫く休養しても体調が改善しないのなら、電話でかかりつけ医に相談するか、自治体の相談窓口に問い合わせた上で、しかるべき治療を受けること(間違っても病院はハシゴしないこと)

 ゆめゆめ自分の軽率な行動で、医療関係者や身近な人に負担をかけないよう、自戒したい。

 そもそも発熱や咳症状が出るほど体調がすぐれない人が、誰にも遠慮することなく堂々と職場や学校を休める社会でありたいものだと思う。今や、病をおして働くことは、けっして褒められることではないと、私たち一人一人も自覚すべきなのだろう。

2020/5/26

思えば、恥の多い人生を歩んで来ました…  日々のよしなしごと

 土曜日の朝、ふとテレビを見ていたら、最近の「ステイ・ホームあるある」で、やたらとインスタグラムに自作の手料理の写真をアップする人が増えている、とあった。

 テレビ画面にはおっされ〜な写真がズラリ…脳裏に当ブログのボケボケで、ちっともおっされ〜でない手料理の写真が浮かんだ

 そうだ、今はビジュアルの時代なんだと言うことを、すっかり忘れていたとにかく被写体はセンス良く、洗練されていなければならない。

 残念ながら、ほぼ引き籠りで友達も少ない私には、人にひけらかすセンスも、羨望の眼差しを浴びる洗練もない。相変わらず、間もなく使用期限を迎える10年物のガラケーで写真を撮っているのである(一応、メール連絡用とデータ検索用にSIMフリースマホも持っているけれど)

 斯様に、私はいつも時代からひと昔どころか、ふた昔ほど遅れているのである

 さらに「ステイ・ホームあるある」では、夫のリモート・ワークが大企業勤務を仄めかし、それをSNSで声高に言うのは、所謂マウンティング行為に当たり、快く思わない人が多数とのこと。

 マズイ、私も当ブログで夫はリモート・ワークだと宣ったわ。でも、夫は大企業勤務ではないすでに定年退職して、今は嘱託の身分だ。

 あまり後先考えずに、思いつくままにブログ記事を書き、写真を載せている私は、自分の知らないところで他人様を苛立てたり、呆れさせているのだろうか?尤も、読者数はそう多くないので、それほど世間的には迷惑をかけてはいないと思う。

 思えば、ブログを始めたのも人より数年遅れだった。そして、今、時代はインスタグラムなのに、あれこれ考えて文章を綴ることが好きなので、とっくにブームが去ったブログに好き好んで(笑)しがみついている。たぶん、インスタグラムには移行しない。インスタグラムのその先にも。

 いつも周回遅れの私だが、何事も原動力が「自己満足」なので、それなりに楽しい毎日だ。ブログサービスがなくなるまで(一度はAOLのブログ消滅を経験しているので、覚悟は出来ている)、私なりのブログ・ライフをせいぜい楽しもうと思う。

 
 自分が幸せを感じられる細(ささ)やかな喜びは、身近に幾らでもある。こんな私でも、か、こんな私だからこそ、か…

2020/5/25

新型コロナでとばっちり  日々のよしなしごと

 昨年の秋頃から左手親指に「バネ指」症状が出て、近所の整形外科で「親指の腱鞘炎」と診断された。

 何度か炎症を抑える為にステロイド注射を打ったけれど改善せず。手術を勧められた。

 ただし、最初に診て下さった医師は非常勤なので、手術するなら常勤の医師に改めて診て貰うようにと言われ、別の日に常勤医に診ていただいたところ、「手術する、しない、はあなた次第」と、にべもなく言われた。

 そう言われて、手術しないことを選択する患者もいるらしい。「痛み」を潔く受け入れ、「痛み」と共に"余生"を送ることを選択する人がいるのだそうだ。

 医師が斯く言う理由は「生死に関わる症状ではないから」「完治する保証もない(術後の満足度に個人差がある)」。折しも「新型コロナ」流行中で、緊急性の高い重篤な病気でない限り、手術はすべて後回しだとも言われた。

 そもそも「痛み」は主観的なものだから、他人にはどの程度の痛みなのか分かりようがない。人工股関節手術の名手?と言われるその医師からしたら、私の痛みなんて痛みのうちに入らないのだろうか?しかし、実際、日常生活に支障を来すほどの痛みが常態化しているのだ。

 私の場合、朝、起きた時に親指の第二関節がくの字の曲がったまま動かない。無理に動かそうとすると激痛が走る。仕方なく、冷凍庫に常備している保冷剤でしばらく親指の付け根を冷やすと漸く動かせるようになり、指をまっすぐ伸ばすことができる。

 一旦まっすぐに伸ばした指は、つい油断して曲げようものなら容赦なく激痛が走る。その後暫くは関節がズキズキと痛むのだ。家事では、特に炊事や掃除で細かな作業が多いし、さらに私は左利きときているから、どうしても患部の指を使いがちで、痛みを防ぐ為に指が曲がらないよう、市販の専用テープを使って指の第二関節を固定して、当座を凌いでいる。

 そうそう、曲がらない親指では、まともにペンさえ持てやしない。無理矢理書こうにも、下手くそな字しか書けない。だから、ペンでは久しく手紙も書いていない。幸い、キーボードでのタイピングには支障がないけれど…

 最近、起き抜けのバネ指状態を防ぐ為に、寝る際にはテープを剥がし、代わりに湿布薬を貼って、その上から専用のコルセットで親指を固定している。

 更年期に入ると、女性ホルモンの急激な減少が原因で、女性は骨粗鬆症を発症したり、私のように腱鞘炎に悩まされる女性は多いようだ。また、保育士の友人曰く、腱鞘炎は保育士の職業病でもあるらしい。たまに出先で私と同様のテープを指に巻いた女性を見かけると、思わず心の内で「おお、同志よ、お疲れさま!」とエールを送っている。

 とにかく、目下、この腱鞘炎のせいで、私のクォリティ・オブ・ライフはダダ下がりなのである。


 手術に乗り気でない医師には、今一つ信頼を置けない。世間がもう少し落ち着いてから、腱鞘炎の治療実績の豊富な別の病院に当たってみようと思う。

因みに私の手相は左右共に「ますかけ」です(笑)
クリックすると元のサイズで表示します

2020/5/21

今日の朝食は「はなこドッグ」で♪  「食」についての話題

 生まれながらの食いしん坊なのもあって、最近は食べることにもっぱら喜びを見出しているような気がします。

 今朝は生協のドッグパン(形がいびつで、大きさが不揃いなのはご愛敬?)とロングウィンナーを使って「はなこドッグ」を作ってみました。

 それにプチトマト、ロースハム、今が旬のキーウィ、(ちょっと贅沢して)平飼いの鶏卵(放し飼いの鶏の卵だからなのか、白身が通常より歯ごたえのあるしっかりした食感です)で作った目玉焼き(あるシェフ曰く、目玉焼きは最もシンプルな調理法ながら、卵の栄養素を最も効率良く摂取し、白身の芳香を楽しめる調理法らしい)を添えました

 「はなこドッグ」は息子が幼い頃に考案した私オリジナルのホットドッグですが、作るのは簡単です。

【材料】(2人前)

 ドッグパン     2個
 ロングウィンナー  2本

 玉ねぎ       1/2個
 トマトケチャップ  適宜
 黒コショウ     お好みで
 マスタード     適宜
 マーガリン     適宜
 バター       適宜
 
【作り方】

 1.玉ねぎは幅5mm程度のくし切り、その一部(少量)をさらにみじん切りにする。
   ドッグパンはナイフで縦に切目を入れ、レンジで10〜20秒ほど温め、
   切り口の断面にマーガリンを塗る。
 2.ロングウィンナーを鍋で7分ほど茹でる。
   並行してフライパンで1のくし切りの玉ねぎのみをバターで炒め、
   トマトケチャップと黒コショウで味付けする。
 3.茹で上がったロングウィンナーを玉ねぎに軽く炒め合わせる。
   ロングウィンナーにマスタードを付ける。
 4.1のドッグパンの切り口に炒めた玉ねぎを入れ、
   その上に生のみじん切り玉ねぎを散らす。
   最後にドッグパンにロングウィンナーを挟み込む。 

【この料理のコツ】
 
 ・生のみじん切り玉ねぎの辛味と食感が、全体に甘めな味のアクセントに
  みじん切り玉ねぎの量が多すぎると、食べる時にポロポロ落ちるかもしれません。
  それ込みで、私はたっぷり入れますが(笑)。まさに「頬張る」の図
 ・大人な味にしたければ、黒こしょうで調整。
 ・ロングウィンナーを茹でる際は、最初に湯を沸騰させた後、火を弱め、
  グツグツ煮込まないように気を付けながら茹でます。
 
クリックすると元のサイズで表示します



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ