あっという間に、誕生から1ヶ月が経ったハーマイちゃん。
やっと、少しはまとまって眠ってくれるようになったので、忘れないうちに出産の様子について書き留めておこうと思う。自分の記録的な部分が多く、面白くもなんともないので、ご注意くだされ。
っていうか、今、隣でハーマイちゃん寝てるんですけど、さっきから屁をこきまくってます。屁をこくたびに、「はぁ」とか「うん」とかため息ついてます(あくまで寝ています)。
遺伝ですね。ワタシも今日、外出中にセントラルで100回くらいオナラしてきました。
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時はさかのぼり・・・
2012年8月31日夜19:00
予定日(9月3日)まで、あと3日。日中も生まれる兆しはまったくなし。が、しかし、夜になり、なんだか、お腹が時々痛みはじめる。でも、痛みは大したことなくて、ぜんぜん普通に動き回れるし、食事もできる。こんなもんが陣痛なわけがない。気のせい、気のせい。
その後、3時間くらい、あいまいな痛みが定期的に訪れる。教えてGooとか、yahoo知恵袋などで、「陣痛の痛み」について検索しまくるけど、いまいちピンとこない。とりあえず、妊娠記録用の携帯アプリについていた「陣痛カウンター」というやつで、この軽い痛みの間隔をチェックしはじめる。
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9月1日深夜0:00
意味不明な痛みの間隔が20分おきくらいになる。相方に訴えるが、自分でも陣痛がこんなに軽いものとは思えず、とりあえず床につく。
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深夜01:30
やっぱり、お腹がしくしくと痛い。痛みの間隔は5分おきくらい。相方を起こし、やはり病院に行ったほうがよいのでは?と、身支度をはじめた。軽く化粧をしようとしたけど、相方に全力で止められた。
痛みのレベルは、痛みの波がきたときに、「お〜いぇ〜」と言いながら、鶴の舞を踊れば乗り切れるかんじ。
鶴の舞を踊りながら、着替えを済ませ、さあ出かけようと思ったら、相方が、「ちょっと待って〜」と言って、一眼レフカメラを取り出し、タイマーをセットして、記念撮影を始める。軽く殺意を覚えた。
「もしかしたら、次に家に戻ってくるときには、このお腹はなくなってるかも知れないし・・・」とのこと。
それもそうだと思い、少しノリノリで二人で記念撮影。これが、腹でかアキコの最後の写真となろうとは、誰が想像しただろうか、いや、状況からみて明らかに最後だろう。
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深夜01:45
階下に降りると、すぐに一台のタクシーが通りがかったけれど、残念ながら海越えタクシー。だけども、運転手ワタシの腹を見て停まってくれた。相方がクイーンマリー病院まで!というと、
「産まれそうなのかい?!クイーンマリー病院なら九龍タクシーの俺でも行き方はわかるぜ!がんばれよ、奥さん!」
と気前良く、乗っけてくれた。ありがたい、ありがたい。病院について、降りるときにも、がんばれよ〜と応援してくれた。
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深夜02:00頃
クイーンマリーの産科、K9Southに到着。陣痛らしきものがきていることを伝え、いつものとおり、ピンク色の寝巻きに着替え、血圧や体重などを計る。ものすごく血圧が高い。かなり興奮状態。とりあえず、窓辺のベッドをあてがわれ、子宮の収縮と胎児の動きを確認するチェックを行う。
受付の看護婦に用意しておいたバースプラン(たいしたプランはない)を提出し、無痛分娩を希望していることを、改めて念を押す。後からやってきた産科の先生にも、絶対に無痛分娩でお願いしたいことを伝え、準備が整えば硬膜外麻酔(Epidural)をしてあげると約束してくれる。
検査の結果、出産までにはまだまだ時間がかかるとのことで、相方はいったんおうちに帰った。
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9月1日朝07:00
痛みが徐々にきつくなってくる。
看護婦さんは、早く産むために、病院内を歩き回れというが、歩いている途中に痛みの波が訪れると、「うぅぅっ」とうずくまるくらいの痛さ。でも、まだまだ余裕。とりあえず、日本の親に腹が痛くて、病院に入院していることをメールする。
その後、痛みは激しくなってくる。波がくるたびに、ハンドタオルを握り締め、歯を食いしばるかんじ。前にここで遭遇した、痛がりの香港人妊婦さんを思い出し、ワタシはあんなみっともない悲鳴はあげないわ!ワタシは大和なでしこだもの、粛々と華麗に、かつ荘厳にハーマイちゃんを産み落として、痛がりの香港人をあっと言わせてみせるわ!と心に誓う。
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朝08:00
が、しかし、そんな心の誓いは一瞬で消えうせるほどの痛みが5分おきくらいにやってくる。
看護婦が通るたびに痛いと訴えるけども、まだまだという。これでまだだまなら、本当の陣痛が来たら、ワタシは死んでしまうのではないかと思う。とにかく、バランスボールに乗って、痛みを散らせ!というので、窓辺のバーにつかまり、バランスボールにまたがり、ぷかぷか動いてみる。
っていうか、ぜんぜん痛みひきませんけど、むしろ、痛み激しくなってますよーーー!!!
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朝08:30
窓の外に見える海、ラマ島の3本の煙突が痛みでゆがむ。(産後、この景色がトラウマ)
出産は、お母さんの苦しみばかり語られるけれども、じつは狭い産道を抜けてくる赤ちゃんも相当に苦しくて痛いのだ、赤ちゃんも頑張っているんだから、お母さんもがんばるのだ!とどこかで読んだのを思い出して、手のひらにボールペンで「ハーマイちゃん頑張れ、アキコがんばれ!」と書き、陣痛が訪れるたびに、呪文のように唱えて、自分で自分を鼓舞してみる。
ぐぐぐぐぐぐ、苦しい。思わず、
「い、いたい。。。」と弱音をはいてしまう。
そんななか、周りの妊婦は次々の分娩室へ運ばれていく。なんで、あんなに余裕顔でみんないられるのだ?みんな、帝王切開か?
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朝09:00
もう、無理。限界。
バランスボールから、すっ転びそうになるくらいの痛みで、痛みの波がくるたびに、窓辺に突っ伏して、うなってがんばる。痛みのレベルは、5分おきに腰にトラックが突っ込んでくるかんじ。
のぉぉぉぉぉぉ!痛い!
さすがの、大和なでしこもこれ以上は無理。遠くにいる看護婦さんに、声にならない叫び声で、助けを呼ぶ。看護婦さんやってきて、子宮口をチェックすると7センチくらいまで開いているそうです。
分娩室に入る準備をするべく、ばたばたと分娩用の着替えや、移動のお手伝いをしてくれる職員がやってくるが、ここで驚きの一言。
職員:「分娩室に空きがないから、もう少しここで待って」
アキコ:「どれくらい、待ちますか?」
職員:「さぁ?」
まじっすかー(涙)
ここから、アキコの短くも濃い、人生でもっとも過酷な排隊(パイドイ)の時間がはじまるのである。。。
つづく・・・

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