専門学校の同窓会に行って来た。
ビバ! 日本デザイン専門学校!
うちの学校は、2年で「ゼミナール」といって、クラスとは別に好きな先生の授業を一つ決めて、主にそっちの授業を受ける時間が多くなる。(ゼミの部屋へ行ってグダグダする時間が多くなるとも言う)
私は「建石ゼミ」卒業生。
今回の同窓会はもう1つ、「葉山ゼミ」と合同だったので、過去20年分くらいで全部で50人ほどの卒業生が集まりました。
卒業生の数はもっともっと多いはずですが、今回は、人数制限があったため、先生とかとまだ連絡が取れるような所から広げて行っての50人だそうです。
連絡取れない人も、多いんだろうなー。
私も同期の子を一人誘おうと思って電話したけど、結局捕まらなかった。彼女とはここ10年は年賀状のヤリトリしかしてなかったんだけど、今年は年賀状来なかったのよね。どうしてるのかなー。
当日は「学校展」もやってたので、ちょっと早めに行ってみる。
代々木駅を出て、学校までの道のりはちょっと懐かしかったけど、随分食べ物屋さんも増えた気がする。
母校の目の前に「代々木アニメーション」が出来ててびっくりだ!
受付をして、とりあえず「建石ゼミ」の展示室へ。
学校は、あいかわらずヘンな作りだ。迷路のような校舎。
目当ての建石ゼミは……なんかイメージ違った。数も少ない。
(後で聞いたら、今の建石ゼミは生徒が一人で、展示は合同だったらしい)
他の科の展示も見てみる。最近はアニメーション科やマンガ科なんかも出来てる。時代ってヤツでしょうか。
なんか、小さくまとまった、こぎれいな作品が多い印象。
あと、マンガやアニメっぽい絵柄が多い。
さすがに、校長賞取るるような作品は気を吐いてる感じだけど、全体的に、なんか物足りなさを感じた。それも、時代なのかな。
私らの時代は、デザイン学校なのに、なんかアートっぽい作品が多かったと思うんだけど(笑)。
ロビーでめでたく建石先生とご対面vv
先生ったら、昔よりちょっと痩せて(というより引き締まって)、オシャレな感じになってるじゃあないですかっ! もっとくたびれたジジイになってるかと思ってたのに(笑)。
頭が銀髪になってて、若々しい。60歳にしては、イケてると思います。
同じくロビーで、当時から知ってるH先輩と、同期のコKちゃんと合流。
良かった〜。知ってる人全然いなかったらどうしようと思ってたのよ。同期でも、ほとんど覚えてない人とかも多いから(汗)、覚えてるコでほっとした。
もうひとり、現在学校で講師してる同期のコSちゃんとも会えた。
会うと判る程度には、みんなそんなに変わってないんだなー(笑)。
私も変ってないと言われた。しかし、変ってない=年とってない、という意味ではない(ソリャソウダ)。
学校の近場の「教弘会館」へ移動して立食パーティー。
校長の挨拶。創立50周年だったとかナントカ。
…私らの時代には、普通に先生だった人だ…。
そしてしばしのご歓談。
主賓(?)の先生方二人の挨拶。ぐでぐで(笑)。
建石先生曰く「みんなさっさと子供を作って、日デに送り込もう!」
生徒数がとにかく少ないらしい。
それもあって、「ゼミ」は今期で廃止になってしまうらしい。残念。
当時の「助手」先生に現在の学校の状況を聞く。
「最近のコは、昔と違ってハングリー精神がない」んだそうな。なんかわかる気もする。今はネットやなんかで、簡単にいろんな情報が手に入るしねー。
あ、もう一人同期のコMちゃん遅れて合流〜。
人気者の建石先生とも、ちゃんとお話する時間があって嬉しかった。
建石先生に「今、菊地秀行先生の仕事してるんです。建石先生も、装丁画をいっぱい手がけてますよね!」といったら、
「いっぱいはやってないよー」
そら、先生の膨大な数の装丁画の中ではそうかも知れませんがね…。
今回、娘さんのインフルエンザで急遽来られなくなった同期のRちゃんが、仕事で栗本薫のマンガ描いてる話になって、ノベルの装丁画を手がけている建石先生「伊集院大介の表紙って、絶対顔だしちゃあダメなんだけど、子供の頃の話だからいいだろうと思って描いたら、怒られちゃったよ〜」だそうな。「だのに、よくマンガなんてOK出たよね〜。顔出すんでしょ?」
って、顔出さなきゃマンガになりませんもん…。
とか(笑)。
なんか私、同期のコと、Kちゃんが紹介してくれた1こ上のO先輩と、H先輩とか、知ってる人としかしゃべってねえ…。
そんなこんなで、二次会へ。
二次会は新宿三丁目「千草」。学校関係者では御用達の店らしい。
歩いて移動中、はぐれる人多数(汗)。
2階の10畳ほどの座敷(板の間だけど)に、定員の倍ほどの人数がなだれ込む。…30〜40人くらい?
押し合いへし合いして適当に座って、適当に話の輪を咲かせる。
なんとなく、同期や顔見知りが輪になってる感じで、全体のまとまりなどはない。なんか昔の合宿を思い出すなー。
トイレの近くの壁際に同期仲間といたら、トイレから出て来た建石先生がすぐに座り込んで登山の話とかしてくれた。それで体を鍛えているらしい。だから若く見えるのかなー。
それにしても、タバコがすごい。
正直ちょっとツラかった。
残して来た仕事が気になるので、10時頃、先においとまさせてもらったけど、実はちょっとあの空気になじめない自分がいたりもした。
なんだろう。
もっと、他の期の人とかとも話せばいいのにとも思うんだけど、なんかイマイチ…。
懐かしかった。
それなりに、楽しめた。
そしてなんかちょっと考えさせられるトコもあった。
当時の私は、とにかく狭量だったと思う。視野が狭かった。(今もそんなに広くはないが、当時よりはマシなはず)
せっかく高い学費を親に出してもらって、わざわざ九州から東京に出してもらって行ってる学校なのに、充分に活用できていなかったように思う。
思い出の少なさもそのせいじゃないかと思う。実はあまり思い出せないんですよ、当時のこと…。
特に1年の時は授業の内容が不満だった。
1年の授業の内容は、既に知っていることばかりだったから。
ああいったデザイン学校というところは、デザインや絵をやったことがない人が、1から教わる所なんだと思った。そして、自分で線を引いてしまったんだと思う。
今思えば、授業なんか関係なく、先生はいっぱいいるんだから、自分の興味のあることをいくらでも聞く良い機会だったのに。もったいない。
2年でゼミに行くようになっても、自分のことで手一杯で、まわりが何してるのかとか、全然興味がなかった。もったいない。
ああいった場って、横の交流を深めておくとこが、後々役に立ったりするのにね。
そいったコトって、学生当時には思いも及ばないコトなのよね。
今だったら、「学費分は取り返してやる!」って思うのに(笑)。←学費学費ウルサイ。
建石先生がスゴイヒトだと気づいたのは、卒業してからだし(汗)。
実際、卒業して、デザイン関係の仕事してるひとはものすごく少ないと思う。
そういったトコロにも、なんだか憤りを感じてしまう。←なんかエラそう。
卒業して、17年くらいになりますかー。
…………………………私もマダマダだなー。(ヨクワカンナイケド)

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