最近、テレビなんか見ていても、イヤなとこばっかり目につく。というか気になる自分がいる。
何かで「楽しい思いをいっぱいして育った子供は楽しいことを感知(?)するセンサーが発達しているので楽しい事に敏感。反対に、いつも叱られたり暴力を振るわれていたような子供は、そういったマイナスなことに敏感になる」と言っていた。(NHKのサイエンス特番とかそんなの)
そういう意味では、最近自分の意識がネガティブ方向へ向いているのかもしれないと思うとちょっとイヤ。
ブログの内容が文句の多い今日この頃(汗)。あああああ”。
深夜のドキュメンタリー番組(再放送?)で、地方の小さな町が「市町村合併」に反対して、自分とこは合併せず自分達でやっていくと宣言(村だったかも)。昔同じような合併があった際に、町を二分する対立というか騒ぎがあったらしく、そんな思いは二度とごめんだという理由で、財政的な見通しはまったくゼロ。
いや、それは別に良いんですけど、そんな時に、どうやらあまりにも在任期間が永く疲れちゃったらしい町長が、町長の職を辞したいと言い出しました。
すると町中の人たち(高齢の人が多い)が役場へ押し掛けて、「辞めてくれるな」と泣いて懇願。町長の辞職の理由が「永年仕事ばかりで家族を顧みなかったから、これからは家族を大切にしたい」みたいなことだったので、町人は町長の奥さんを引っ張りだして、「奥さんからも言ってあげてください」みたいな。もう、ワヤクチャです。
…見ていられませんでした。(ここでテレビ消した)
町人の多くが高齢者というのもあるのでしょうが…なんなんでしょう、これは?
なんというか…すごい不愉快でした。
島国で、農耕民族で、お殿様中心(?)の「士農工商」文化が永く、お役人には頭のあがらない日本人。
役人というだけで「エライひと」と祭り上げる日本人。
自分達は何もしない、何も考えない。それはエライ人のやること。
そんな考えが頭にいっぱい駆け巡りました。
町長は人望もあるし、町の人々からも信頼されている。彼なしじゃやって行けない。しかし町長も高齢。
「町にはあなたが必要だ。だから犠牲になってくれ」(自分達は痛い思いしたくないから)
誰だって、面倒な責任を負うのはイヤだし、誰かの犠牲になんてなりたくない。
誰かが代わりに重い荷物を背負ってくれたほうが楽だ。
少なくとも町の人たちは、誰かに頼るだけでなく、もっと意見を言うべきだ。どうしたいのか。どうしたら、もっと良くなると思っているのか。
町長も、辞めるのならば、「後継者」を指名したりして、町人の不安を和らげる話し合いをすべきだ。
財政的にキツい役場では、職員の数半分で、年中無休で窓口をひらいて頑張っている。
その中からでも、「次代の町長」は出ないのだろうか?
続きを見ていないので、どうなったのか不明ですが…。
最近は、政治でも「他人の批判や反対意見ばっかりで、具体的な代案はナシ」みたいな場面をよく見ますが、根本的に、日本人ってそういうものなのかなあって思うと情けなくなります。
日本人は「権威」に弱い国民性だと思いますが、「職業政治家先生」の「権威」は今や地に落ちたって感じですかねえ。(やや脱線)

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