「クリクリのいた夏」  

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1930年代初頭のフランス。

マレ(沼地)の畔にはそれぞれの過去を背負った世捨て人達が豊かな自然に抱かれながら生活していた。

復員兵のガレは偶然に旅の途中に沼地にたどり着いたが、そこには病に伏せた老人がいた。老人は彼を心良く招き入れ、また彼は老人を看病する。しかし翌朝ガレが目を覚ますと老人は亡くなっていた。それ以来ガレもこの沼地の住人となるのだった。

住人の1人リトンは前妻に逃げられたことを今も嘆いていて、酒が入るといつも前妻への未練をとうとうと語るのだった。リトンは不器用で、おまけにおつむが弱くて厄介者。しかし気の優しい愉快な男。ガレはそんなリトンのよき理解者で親友になっていく。

2人は街に出てスズランのブーケを売ったり、夜中にお金持ちの邸宅の前で大声で歌を歌ったり(大方迷惑がってチップをくれるので、それが目当てなのだ!)、大雨が降った翌日にはカタツムリを捕りレストランに売り、ある日にはカエルを市場で売って日々の稼ぎを得ていた。その日暮らしの生活なのだけど、どこか優雅で自由で、ささやかだが幸せが満ちた日々。

リトンには息子が2人とクリクリという5歳になる娘がいる。この映画は老女となったクリクリ自身が過去を懐古する形で進行していく。

沼地の住人達は心が澄んでいて、出会った街の人々をいつも魅了する。
数々の出会いがそこにある。

ガレはリトンと共に夜の街に稼ぎに出掛けた時に出会ったメイドのマリーと出会い恋をする。

沼地の出身で一代で富を築き、今は悠々自適の生活を送っているペペはカエル取りの名人。だが家では息子との確執が深く唯一家族で心を通わせているのは孫だけだった。そんな荒んだ心を癒してくれたのは、沼地の住人達だった。クリクリはペペの孫であるピエロに恋をしてしまう。

街の住人でガレとリトンの唯一の仲間アメデはいつも仕立ての良いスーツを着ている金持ちだが一度も働いたことがなく、一族の資産で生活をしている。音楽と読書が趣味でいつも本の一節を2人に聞かせる。アメデは沼地で自由に何の束縛もなく美しい自然に抱かれた生活をしているガレとリトンに憧れを抱いていて尊敬している。そしていつも2人と行動を共にし、時にはご馳走を差し入れしたりもする。

アメデの紹介で、ある邸宅の庭仕事をすることになるガレとリトン。邸宅の住人である老女は夫に先立たれ豊かで優雅な生活を送ってはいるが孤独の身。庭仕事に訪れるガレとリトンを庭の片隅で見守り、いつも世話を焼いてくれる。

そしてもう1人の重要人物はジョー。ある日リトンはバーでいつものように酒を飲みながら前妻への思いをぶちまけていると、そこへこの日に街で試合をするボクシングのチャンピオン、ジョーが恋人を連れてバーに入って来る。泥酔していたリトンはジョーの恋人を前妻だと間違えて抱きついてしまう。それに気付いたジョーはリトンに殴り掛かるのだったが、その勢いでバーを破壊してしまい、警官に逮捕され刑務所行きになってしまう。ジョーはチャンピオンベルトを剥奪され、ボクシングライセンスも失ってしまい、獄中で出所後にリトンを殺す計画を立てるのだった。

そして、ついにジョーの出所の日、リトンはジョーの報復を恐れて身の危険を感じ、気が気じゃない。ジョーがある日、沼地にやって来て・・・

クリクリの目線を通じて、沼地に集う、不器用で、奇妙で、そして温かな人々の心の機微、コミュニケーションを描いて行く。人間にとって豊かさとは何か、幸せとは何かを観る者に切々と訴えかける。

僕が生涯で観た映画の中でもオールタイムベストの10本の指に入る名作中の名作だ。
貴方の心にもきっと何かを残してくれる映画だろう。



1999年・フランス
ジャン・ベッケル監督
原題:Les Enfants du marais


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