「長屋紳士録」  

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終戦後の焼け野原には、親を亡くしたり、はぐれたりした浮浪児達が3万5千人以上はいたといわれ、東京・上野駅の地下道にはそんな浮浪児(戦争孤児)達が集団で暮らしていた。

この物語も浮浪児と心を通わせる市井の人々の心の機微を描いたものだ。

ある日、人相見を生業にしている笠智衆演じる田代が、父親とはぐれた少年を連れ帰る。
父親と茅ヶ崎から出て来たのだが、九段の鳥居の側ではぐれてしまい途方に暮れている少年を見付けると、そのまま付いて来たという。

連れ帰ったはいいが、同居人の為吉に一晩泊めてやってくれと頼むが為吉はそれを頑に拒む。
仕方なく長屋暮らしの気心知れた隣近所に、少年を一晩泊めてやって欲しいと懇願するものの、皆迷惑がって、人に押し付けようとする。

何とか、長屋で雑貨屋を営む飯田蝶子演じるおたねが、少年を否々ながら預かることになる。
一晩泊めた翌朝、少年はおねしょをしてしまい、おたねから叱られる。
おねしょをした布団を破れたうちわで、早く乾く様にとおたねが少年に扇がせる様子が滑稽だが、その向こうに少年の父親とはぐれたことによる不安と寂しさといたたまれなさが感じ取れるシーンだ。

そんな少年を持て余した、おたねは少年を茅ヶ崎まで連れて行って父親探しを始めるが見つからない。
困り果てたおたねは、そのまま少年を茅ヶ崎に置き去りにしようとするが、少年はおたねに付いて来てしまう。
またもや、おたねは仕方なく少年を泊めることになる。

翌日、少年は外に出てポケットいっぱいにタバコの吸い殻や、釘を拾い集めて来る。
おたねが、何故こんな汚いものを集めて来るのかと子供に問うと、それはお父さんにあげるためだという。
お父さんは大工なのだ。
お父さんが仕事に使える様にと釘を拾い集め
お父さんが喜ぶだろうとタバコの吸い殻を拾い集める。
この作品の公開当時のピース10本入りの価格は30円。
庶民に愛されたゴールデンバットは11円。
都市近郊の労働者の平均月収が1万円前後だったことを思えば
少年の家庭の窮状というものが想像出来るだろう。
そしてその健気さに胸が熱くなる思いだ。

子供を押し付けられ、迷惑千万と、叱り飛ばす日々だったが、次第に少年に情が湧いて来る。
おたねは亡くした我が子の面影を少年に重ねるのだった。

おたねの表情の変化が物語の進行と共に、穏やかで温かいものに変化をして来るに従って、こちらの胸もギュッと締め付けられる。

物語の終盤では、おたねが友人に「この子を好きになっているんじゃない?」と問われて、自問自答するシーンはとても印象的だ。

そしてついに、自分の子供として育てて行くことを決意する。
少年のために新しい洋服や帽子や教科書を買い、上野動物園に連れて行き、写真館で一緒に写真を撮る時のおたねの幸福に満ちた表情は、それまでの苦労の絶えなかったであろう彼女の人生に訪れた一筋の光明であったことが伺える素晴らしいものだ。

今までの人生にはなかったものが、今自分の目の前にある。
しかし、そんな矢先に少年の父親が訪ねて来る。

父親と共に帰って行く少年、その親子の背中を見送った後におたねは顔を手で覆って号泣する。

そこに訪ねて来た為吉と田代。
為吉『何も泣くことねぇじゃねぇか、お前さん、あの子はじめから好きじゃなかったんじゃねぇか』

おたね『わたしゃ悲しんで泣いてんじゃないんだよ。あの子がどんなに嬉しかろうと思ってさ。やっぱりあの子ははぐれたんだよ。さぞ、不人情なおとっつぁんだと思ってたら、どうしてとってもいいおとっつぁんで随分あの子を探してたんだよ。それが会えてさ。これから親子が一緒に仲良く暮らせると思ったら、どんなに嬉しかろうと思って』

我が子を亡くした、おたねだからこそ、親子は一緒にいなければならないのだ、共に暮らしていなければならないのだと人生で味わって来た歩みの中で痛感しているからこその、言葉であり、その言葉の裏にはやはり、喪失感も漂っているような気がしてならない。

最後のおたねさんの台詞が素晴らしい。

そしてまさに今私達にも問われていることではないかと思う。
終戦のまだ瓦礫の散乱する焼け野原の中で、人々はこのようなことに既に気付こうとしているのに、今の私達は何をしているのかとハッとさせられる。

『親子っていいもんだね。
 嬉しかったよ、私。
 こんなことなら私もうんと
 可愛がっといてやりゃ良かったと思ってね。
 可哀想に何にも知らない子供を邪険にこずきまわしてさ。
 考えてみりゃ、私達の気持ちだって随分昔とは違ってるよ。
 自分1人さえ良けりゃいいじゃ済まないよ。
 早い話が電車に乗るんだって、人を押しのけたりさ。
 人様はどうでも、てめぇだけは腹一杯食おうって了見だろ。
 いじいじして、のんびりしていないのは私達だったよ』

『そう言われれば、確かにそうだったな。
 そうだったよ。耳が痛いよ』(為吉)

子供という無垢な存在を通して、我が身を振り返り、自分を俯瞰で眺めることが出来るのだ。

長屋という場所の持つ味わいと人情、そして時代背景が持つ、敗戦のショックからの荒んだ街と人の心。それらが対比されてこそ、浮き彫りになって来る人間にとって大切な人を思う情、人の心を想像すること。そして人を理解しようと思える心の在り方。

この映画は現代の私達にも大切なメッセージを投げ掛けている。


*全編観れます。

1947年・小津安二郎監督
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