読書感想文 島崎藤村「新生」をよんで

2014/10/9 | 投稿者: pdo


ぼくは、島崎藤村という作家の、「新生」という小説を読みました。

この小説を読もうと思った理由は、島崎藤村(しまざき「ふじむら」ではなくて「とうそん」と読みます。)という名前は明治の有名な小説家というのを聞いたことはあったけれど、実際の作品を読んだことがなかったのと、「新生」というタイトルが変わっていておもしろそうだったからです。

ぼくは、読み始めてから、文章が思ったほど読みにくくなかったのと、文章がリズムというかテンポがいいので、まるで詩などを読んでいるかのように読みやすかったです。

最初のほうで、主人公が自分のお兄さんの娘と一緒に暮らしていて、主人公は妻を亡くしているので、子どもたちの母親代わりなのかなと思っていると、その娘が主人公の赤ちゃんができたというのを読んで、やっぱりなと思いました。

でも、子どもたちにとっては、自分の父親の兄弟の娘が母親(父親の奥さん)になるというのはちょっと変な気分だろうなと思いました。

主人公は、娘(節子といいます。)から赤ちゃんができたというのを聞かされて、すごく焦って、悩んでしまうということがその後にずっと書かれています。でも、主人公がいいと思って、二人ともいいと思ったから赤ちゃんができたのだと思うので、主人公が悩むのが不思議だなと思いました。

主人公は、赤ちゃんが節子のお腹にいるときに、一人でフランスに旅に出ようと決めました。お兄さんには節子のことを言おうと思ったけれど言えなくて、船に乗ってから手紙を書きました。ぼくはこれを読んで、節子の気持ちが小説には書かれていないので、節子はどんな気持ちだったのか考えました。節子はきっとさびしかっただろうなと思いました。

主人公は、一人でフランスに行こうと決めたときに、節子に「好い話があるよ」というのですが、なぜ主人公だけがフランスに行ってしまうのが「好い話」なのか、いくら考えてもよく分かりませんでした。

節子は、フランスに行った主人公に、何回も手紙を出しましたが、主人公はその手紙を全部破り捨ててしまったと書いています。ぼくは、主人公がなぜ節子の気持ちのこもった手紙を破り捨ててしまうのか分かりませんでしたが、主人公は節子が嫌いになったのだと思いました。でも節子は主人公が好きだったと思うので、かわいそうだなと思いました。

ぼくは、主人公がフランスにいたときの話は退屈だったので飛ばし読みしてしまいました。
ぼくは、ここまで読んで、主人公のことが嫌いになってきました。日本では、お兄さんの嫁(節子の母親)から、「岸本(主人公の名前です。)のおばさん」と呼ばれたりしている節子がかわいそうだと思いました。節子は、せっかく赤ちゃんを産んだのに、よその家にもらわれていって、会えなくなったというのを読んで、もっとかわいそうだと思いました。主人公が日本にいたら、こんなことにならなかったのにと思って、主人公に腹が立ちました。

ここまでが前半で、後半では主人公が日本に戻ってきて、節子がすごく弱っているのを見て、かわいそうになって、主人公が節子とまたつきあうという話になります。ぼくは、節子は主人公が好きで、またつきあえることになったので節子にとってはよかったなと思いましたが、主人公のことが嫌いだったので、あまりうれしくありませんでした。

それから、二人がつき合っているときに、主人公が小さな子供の人形を節子に渡して、節子が泣いてしまう場面があって、読んでいてすごくいやな気持ちになりました。

ぼくは、主人公が、兄弟の娘である節子と結婚できない(法律でそう決まっているから)のを知っているのに、また節子とつきあおうとする主人公の気持ちが、いくら考えても分かりませんでした。

ぼくは、主人公の気持ちがあまりにも分からないので、ぼくのお父さんに聞いてみました。お父さんは、自分にもよく分からないけれど、人間というのは分からないものなんだと、よけい分からなくなるようなことを言いました。

ここで、この本を感想文のテーマにしたのを失敗したと思いましたが、ここまで読んでしまってやめるのはもったいないので、がんばって続きを読みました。

ぼくは、続きを読んでびっくりしました。主人公が、節子との話を、そのまま小説に書いて発表したということが書かれていました。それが、この「新生」という小説のことなのでした。そのことで、主人公は、兄(節子の父)から縁を切ると言われ、節子はもう一人の兄と一緒に台湾に連れて行かれ、そこで小説が終わりました。

主人公は、節子がこのことを喜んでいたように書いていますが、ぼくはそうは思えませんでした。むしろ主人公の方が喜んでいるように思いました。

ここまで書いて分かると思いますが、この主人公の岸本という人は作者の島崎藤村のことです。小説を読んだ後で調べたら、節子というのは、実際のめい(兄弟の娘)のたま子という人のことです。

小説は、たま子が台湾に行ったところで終わっていますが、実際はたま子は数年後に台湾から戻って、藤村(とうそん)と別れて、羽仁もと子という人の学校で働くことになり、さらにその後は、京都で学生運動をやっている男の人とつきあったり、戦時中は戦争に反対して警察の拷問を受けたりしたそうです。

何十年も後に、たま子が貧しくて街の中で行き倒れになって施設に運ばれたとき、新聞に「新生」のモデルだと大きく書かれたので、藤村はその時結婚していた妻にお金を渡して施設に届けさせたそうです。

余計なことまで書いてしまいましたが、この小説は、ぼくにとっては分からないことばかりでした(一番わからないのが、なぜこの小説のタイトルが「新生」なのかということです)。文学作品というのは奥が深いのでもっといろいろな本を読んで勉強しないといけないと思いました。

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