不退転

2021/9/24 | 投稿者: pdo

22日に息子と田舎の実家に行き、23日に帰ってくる。

一年以上ぶりだった。22日には近く(タクシーで15分くらい)の霊園に父の納骨をする。コロナのために、亡くなって十か月後にようやくお墓に納めることができた。息子は霊園に行くのは初めてだった。僕も前に来たのは妻と一緒だから何年前のことかもう分からない。
天気がよく、霊園からの見晴らしが抜群だった。

墓誌をスマホで写真にとる。
※※※居士 昭和十年十一月九日 ※※※※※ 五十一歳
※※※大姉 昭和二十三年五月十七日 ※※※※※ 六十五歳
※※※不退轉 平成一年五月十八日 ※※※※ 八十二歳
※※※不退轉 平成六年八月十六日 ※※※※ 八十二歳
※※※不退轉 令和二年五月三十日 ※※※※ 八十五歳

13時45分の切符を買う。表示板に空席が表示されるが、席はそこそこ埋まっている。そういえば新宿は東口の「みどりの窓口」がいつの間になくなっており、中央改札脇の券売機で買わされる羽目になった。

いつものように駅ビルの黒田寛一(革マル指導者)の全集が並んでいる特徴的な書店で少し時間を潰す。今回は本を買わなかった。車内で読む本は既に用意があったので。行きの車内で読んだ佐伯一麦『ノルゲ』の最終章と、松本の本棚から持ってきた山川健一『ローリング・キッズ』。

『ローリング・キッズ』を読み返すのは数十年ぶりだが、文章は全部覚えていた。

自分にとってミック・ジャガーのカリスマ性が最大値を記録したのは、この山川健一の本で読んだ「パリのホテルでエレベーターから出てきたミックが、インタビューのために待ちかまえていた山川健一ら四名のスタッフの胸を指さして〈ハイ、ハイ、ハイ、ハーイ〉と言った」場面だが、この時のインタビューはミックのソロアルバム『シーズ・ザ・ボス』のプロモーションのために行われたもので、山川健一は『週刊プレイボーイ』日本版の記事の担当だった。

僕にとってリアルタイムでのストーンズ体験(?)はこのミックのアルバムと、『ダーティ・ワーク』というアルバムである。これらのアルバムは彼らのキャリアの中でいえばそんなに名盤というわけではない。が、不思議な愛着がある。

ストーンズのアルバムは「ベガーズ・バンケット」から「メインストリートのならず者」までが頂点というのは衆目の一致するところだろう。僕も聴き返すとしたらそこだ。しかし60年代のR&Bのカバーをやっていた頃の演奏にも青臭い魅力がある。60年代末から70年代のストーンズのライブは本当に鬼気迫るといった感じがあって好きだ。

山川健一は最近どうしているのだろう、と思ってググってみたら、〈小説の書き方講座〉みたいなのを毎週有料で配信しているようだ。この人についての知識は、オーラが見えるようになったというような本を書いてスピリチュアルにハマったらしい、というところで終っていた。そういえばうちの息子は両親(僕と妻)が晩年怪しいスピリチュアルにハマるのではないかと警戒しているようだ、ということが帰り道の会話で分かった。
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