藤村と信夫

2021/6/12 | 投稿者: pdo

小島信夫『私の作家評伝』は、漱石や鴎外はじめ日本の近代作家について論じたもので、とても読みやすく面白い。小島信夫本人がどこかで書いていたと思うが、「かゆい所に手が届くような」、玄人が読んでも唸るような(たぶん)内容になっている。

中でも興味深く読んだのが、島崎藤村についての評伝(「東京に移った同族」)で、これを読むと、小島信夫が藤村にある種のシンパシーを抱いていることが分かる。

一言でいえばそれは「偉大な山国出の気鬱な平凡人」としての共感であり、田舎から東京に出てきた人間の、都会風の人間からは「老獪」と評されるような生き方への、同じ山国(美濃)出身者としての理解といったものである。小島信夫は、同じようなシンパシーを、松山の山間の村から中央に出てきて、「防備のために一つずつ形容詞や副詞をつけてきた」大江健三郎にも寄せているように書いている。藤村の持って回った言い回しは、地方出身の山国の人が外国文学を受け入れると、ああいう具合になるので、大江の文体にもそれを感じるというのだ。

少し脱線したが、そんな小島信夫の視点から見れば、島崎藤村の問題作『新生』の理解もまた同情的なものにならざるを得ない。この小説については以前、このブログに冗談めかして批判的な感想を書いたことがある。その批判は、平野謙の『島崎藤村』の中に述べられている見解や、一般にも広まっている、島崎藤村を「老獪な悪人」と考えるような風潮に列を同じくするもので、要するに身勝手に自分の姪と肉体関係を結んだ挙句に妊娠したことが分かると、その事実から逃避するようにフランスに留学し、帰国してまた関係を続け、あまつさえそのことを新聞小説の中で公表するという態度を、厚顔無恥で相手に対する愛がまったく感じられない非人間の所業であると断罪するような書き方である。

借金の追及のきびしさと、こま子からの逃れるために暴露的な『新生』の筆を執ったのだという平野謙の見解に対して、小島は、「本当にそうだろうか。小説というものが、そういうことを目的にして書くことが出来るものだろうか、私には、それは、藤村のような作家のとれる態度ではないように思われる」と反論する。

藤村は、こま子との「芸術的生活」の中にこそ救いがあると本気で思い、こま子が救われるためには、藤村自身も渦中にとびこまねばならないと思っていた。そのような努力こそが、彼女に対するつぐないであると同時に、人間の、いかにも感動的な生き方だと、彼は思った。そしてそれを発表することは、文字通り新生できることだ、と信じようとしていたとして、どうしていけないだろうか、と小島信夫は書く。

私は、別れたり、借金の追及を避けるためというより、むしろ平凡だが、許されるために『新生』は書かれた、そしてそこに流れているのは、両手をついて詫びる、何もわざわざ詫びなくてもいいのに詫びるという精神であると思う。

しかしそれは芥川のいうように老獪なのではない(『或阿呆の一生』)。芥川は偉大な山国出の気鬱な平凡人を誤解している。気の利いた人は平凡な生き方を老獪ととる。都会的な人ほどそう間違える。こんなときに例を出して何だが、それこそ私のようなものの場合でも、ただ自分の道を歩き、自分のいい方をいっただけなのに、そしてそれが自然だと思っていたのに、老獪といわれたことがある。そういう趣味が都会風の評者や作家にはあるものと見える。自分の理解できぬものを老獪というのであり、買いかぶりであり、自分のコンプレックスのせいでもある。藤村をあがめたてまつる人にも、コンプレックスはあるが、裏返してみれば同じことともいえないこともない。


小島信夫ほどの作家がこのように言うのだから、信じたくもなろう。

実は、この小説には個人的な理由から複雑な感情を抱き続けてきた。私の祖父が、私の父に名付けたのがこの小説のタイトルと同じ言葉であり、この小説にちなんで命名したのではないかと思っている。祖父は若い頃に香川豊彦に心酔していたという話も聞いたことがあるので、その影響でキリスト教的な意味で名付けた可能性もあるが、祖父(そして父)の出身地が島崎藤村と同じ地方であることを思えば、やはり藤村の小説を意識しての命名と考えるのが自然だろう(父が生まれたのは、島崎藤村が「夜明け前」を完成させ、その作家としての名声が頂点に達した時でもあった)。

そうすると、自分の子供にその名前(名前としてはかなり特殊な部類に属する言葉)を与えた小説について、祖父が一体どういう見解を持っていたのかが、私が後年この小説を読んで以来、ずっと謎であった。若い頃に聞かされた祖父と祖母の結婚当時の逸話から、まさかとは思うが、不義の結果生まれた子かもしれないとの疑義が込められていたのでは、という嫌な思いが頭を過ったこともないではなかった。もちろん生前の父にそんなことを尋ねたことはない。

私は、藤村のこの小説に対し、長年批判的な見解を持ちながら生きてきたのだが、小島信夫の評価を読んで、救いを見出したように思う。

祖父もやはり、「山国出の気鬱な平凡人」として、文字通り「新生」への願いを込めて父を命名したのだと信じることにする。
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