姪と餡

2021/6/5 | 投稿者: pdo

こじのぶ(小島信夫)の『漱石を読む』が読みたくなったので、ナツソー(夏目漱石)の『明暗』を(青空文庫で)読み返す。

以前読んだことがあり、確かこのブログに感想まで書いているのだが、内容について完全に忘れており、初めてのようにワクワクドキドキしながら一気に読んだ。

こんな面白いものがロハで読めるなんて、入力してくれた人に感謝。

その後で図書館に行って『漱石を読む』を借りたら、広辞苑みたいな大著だったのでびびる。

ついでに、出版当時に話題になったらしい水村美苗『続・明暗』という本も予約する。なんせ『明暗』は、ここからがクライマックスか?というところで作者が亡くなってしまったために中断してしまった小説なので・・・。

こじのぶの評論は例によって「ストリーム・オブ・コンシャスネス」というか自由連想というかでそれはそれで面白い。そこに出てくるローレンス・スターン『トリストラム・シャンディ』も読みたくなったのだが、アマゾンでも絶版のようだ。kindleなら読めるようだ。

青木健と小島信夫の対談〈「四十年後の『抱擁家族』〉より

小島:息子が死んだにしても、うちにはいろんな家族がいるわけです。息子の家族や別れた嫁さんの方もね、みんな目を光らせているわけです。うちもみんな対抗しないといけないし。いろんな意味でかかってくる世話を私が全部負おう、と必死になってやろう、将来の計画を立てないといけないというときに、お父さんの月収がわからない、と。僕は学校もやめたし、収入は少なくなってきているけれどうちがやっていけているのは、幸か不幸か多少の年金がある。僕が生きているあいだはやっていけるんです。娘はそれをあてにしているところもある。だから僕を大事にしなければならない。でもお母さんという人は今こういう状況でいろいろ世話をしなければならない。普通のお母さんではなくなってきているから、その世話だけでも気が狂いそうになるくらい。ゼロに近いけれどゼロではないからね。そういうときにやって来て、権利を主張するようなことをしてもらうと、自分は迷惑なんだ、という。その問題が一番大きいんですね、まず。それからやがて小説の話になりますが、そんなことになったのは、お父さんがこんな人を入れたのが悪い、その原因はお母さんにもある。あなたたちが二人で気楽な生活をしてきたから、そこに入り込んできて仲間だと思っている。私たちはその間に何をしていたか、というと必死になって自分の家族の事、子ども三人や、亭主は癌にもなる。兄さんの方はアルコール中毒患者になって入院したりしている。そういう状態を全部抱えているときに、都合のいいときだけ手助けしてくれるのは邪魔だ、くらいのことを言う。この複雑さは、だんだん過去に遡るんです。早く死んだ本当のお母さんの問題や再婚の問題など・・・。それを積み重ねた上で娘は考え込んでいる。そこまで来られると、一種の箱庭なんです。

小島:しまいに、私は何かのことでこれをしてやったんだから私のことを忘れてもらっては困りますよ、となる。過去の有形無形の自分の尽力を言い出して、そこまでくるとそれをお金に計算する頭だって出てくるかもしれない。そのややこしい問題を書くことは、正直言って少しも楽しくない。だから書かなかった。書けない。誰にも救いがないから。・・・最終的には僕自身を責める。責める問題を書くのはいいんです。でもそのときいろんなことが入り込んできて、相手のことも、そういうことを起こしている娘についてもみんな書かなければいけない。しかし考えてみたら、それも曖昧なんです。・・・

小島:再婚するまでに時間がありましたが、今、妻は本当に昔のことを覚えていないんです。その問題にも帰っていきます。この頃『抱擁家族』のフランス語の翻訳がありまして…息子がお母さんが死んだとき「主婦を連れてこい」と言うんです。かなり強烈な言い方ですね。「お母さんはいらない、主婦を連れてこい」と言う。ところがフランス語に「主婦」という言葉がないんですよ。…英語ではhousekeeperでもないんですよ。日本独特なものなんです。つまり母親が欲しい訳でもない、父親の妻が欲しいわけでもない。どうせ無理だから「主婦を連れてこい」と言う。

『抱擁家族』で息子は「主婦を連れてこい」と言う。つまり条件があるんです。他の者はいらない、と。その残酷な言い方で、彼女は結婚することになってうちに来た。彼女の場合、その言葉は大きいじゃないですか。うちの息子は割合に奥さんを気に入っていたわけです。しかしやがていなくなった。息子の結婚・・・アルコール中毒・・・。

その「主婦を連れてこい」という言葉、ポイントはそれだ、と。そういうところから出発しているのではないか。僕自身は片手に夢を抱いてやってきた。嫁さんの方はなかなか夢を抱きにくい。だからごまかしごまかしながら優等生の妻になろう、とやってきた。だけど限度がある。続かない。それを子どもはみんな知っている。僕に言わなくても子どもにはみんなわかる。だからお母さんは信用できない。しかも自分勝手だ、と。自分の息子のことが結局は頭にあるんだ、と。最終的にはああいうことを言ったけれど、息子に相当財産を残しておこう、と思っている。そういうことまで書かないといけなくなる。しかもそれだけではなく、友人が親切にしてくれる、と。その人にも財産をわけてやろうという気持ちをもったのではないか、と。そうでなければあんなふうに図々しくうちに入ってくるわけがない。

遡るとそこへ行くんですよ。そこで僕には知らない世界があるんです。妻がまだ元気なときに、電話でやりとりがあったのだと思いますが。子どもに言わせれば「冷たい」ということになるんです。「冷たい」と言って、そうすると愛子さんという人は・・・。僕がものすごく腹が立つのは、同じ下宿にいましたから。

そのいきさつのところが「ラヴ・レター」です。すでに不幸だから名前を変えた。愛子では不幸になる。そのために一予(かずよ)という名前にした。・・・本当の幸せということをわからずに右往左往してうちにきたわけでしょう。和夫がもう18歳になっている。もう15年前からおかしいんですから。だからこそ新興宗教に入ったりしていろんなことをやってきたわけです。それからどんどん悪くなってきた。その間の問題については、僕の見る見方と、娘の見る見方と、息子の見方と、嫁さんの見方と全部違う。その問題がだんだんわかってきたわけ。ほとんどわかっていると思っていたけれど、そのところで書いていたんだけれども、もっとそれよりも秘密があったんだ、と。奥さんだけのね。それを娘・息子は感じているのかもしれない。息子は男ですから、あまり昔のことをいじりたくないわけです。ところが娘の場合はそれをいちいち引き出しては僕にぶつけるわけですよ。

小島:・・・度数は5で、重度です。でも上手に引き出すとわかるんです。相模のときのエピソードを話すと喜んだり。でも国立のことは絶対に思い出さない。いろんなことがあってそういう妻と接することが僕の生活になっていたんですが、そのことはいいんです。でもだんだん以前に比べてものを言わなくなってきた。だから小説に書きにくくなってきた。

妻がその施設に入ったことで、娘はホッとしている。だんだんホッとして来て、娘時代に戻ったようだ、自分の家に今いるんだ、と言っている。そんな具合でだんだん変わってきました。今の問題だけだったら、本当に書けない。過去の問題に入って行かないとね。ところが辿っていくと、なぜこうなったのか、ということが少しずつわかってくる。初めのうちは単純なことをいっぱい言っていたけれど、単純なことではなということが出てくると、僕と同じになってくる。そのときにはじめてどうやら小説になってくる。娘が冷静になってくる、という少しずつの変化によってね。でも、「私がいて、お父さんがいるのだから、お母さんはまだ幸せだ」と云うんです。「私はどうなるんだ、私は将来こんなふうにいかないかもしれないよ」と。「私はこんなふうに扱ってもらえないかもしれない」と、そこまで言う。

青木:・・・いっとき電話にお嬢さんが出られないときが多かった。でも最近はむしろお嬢さんが電話に出てから代わられることが多くなった。ということは外部の人たちに対してちょっと心を開いたわけでしょう。僕は小島家に入って行かないからなおさらそうなんでしょうが、話しかけられるようになりましたよね。その変化のなかで小説の糸口も出てくるんではないか、ということを読者としては大変期待しております。
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