死後の世界

2021/6/2 | 投稿者: pdo

物心ついたときから、死後の世界があるのかどうかが気になって仕方がなかった。

もし死んで何もなくなるのなら、生きている間に何をしようが「後は野となれ山となれ」で一向構わないということになるし、宗教のいうように天国と地獄というものがあって、善いことをすれば天国に行けるが悪いことをしたら地獄に行って舌を抜かれたり火に焼かれたり散々な報いを受けるのなら、悪いことはしない方がよいということになる。

本当はそんな風に割り切った考えはできないと後になればわかるのだが、子供の時分は単純にそう考えていた。

学校の図書室のようなところにあった『私は見た 死後の世界』という本の表紙を見て興味津々だったが中身は読まなかったのはその勇気がなかったせいだろう。

そんな疑問を抱えたまま、大学生になり、それまで押さえつけていた疑問を、どうしても解決したくなった。手始めに、色々な本を読み漁った。

俳優の丹波哲郎も、若い頃に同じようなことで宗教書を読み漁っている内に、死後の世界を確信するようになり、やがて、よく知られているように、「大霊界」などの映画を作ったり、普及啓蒙活動をライフワークとした。

僕がスエーデンボルグやシュタイナーの名前を知ったのは、丹波哲郎の本を本屋で立ち読みしたことがきっかけになっている。そういう意味では、僕は彼の啓蒙活動に影響を与えられた一人である。

同じ高校出身で、大学で上京した同級生(今は島根の方で弁護士をしている)の下宿先に遊びに行ったとき、四方山話の最中にいきなり「お前は死後の世界を信じるか」と真顔で尋ねられたことがあった。

その頃にはそういうものはあると思っていたのでそう答えると、「僕は頭ではあるような気がするのだが、心から信じることが出来ない」といった。彼のいう意味はよく分かった。そのときに何と答えたかは覚えていない。

そのときの自分は「死後の世界を信じるか」と聞かれたら、表面では何というかは別として、本音では「信じる」と答えただろう。

今の自分は、本心から「分からない」と答える。ただしその顔はニヤついている。

「孔子は、生きることも知らないのに死んだ後のことなど知るわけがない、と言ったのではなかったか?」

「そもそも、生きているとはどういうことなのか?」

「だって、今だって、死んでいるようなものではないか?」

そうやって哲学めいた方へ話を持って行こうとするだろう。

子どもは単純だから、そんなことを言われても途方に暮れるばかりだ。

ジャーナリストの立花隆(NHK党の人では無い)が、一時そういう方面に関心を寄せていて、『臨死体験』などの本を書いた。ちょうどそのときにオウム真理教の事件が起きて、オカルトや精神世界っぽいことを扱うのがタブーになるような空気があって、一時期しきりにスペシャル番組などがあったギボアイコやサイババなどの番組もいっぺんに消えた。

それから何年か後になって、美輪明宏や江原氏がテレビでオーラとか霊界とか守護霊の話をするようになり、ブームのようなことにもなったが、そういうものは放送倫理基準に違反するとかいうことになって、まったく放送されなくなっているようだ。

今の若い人たちは、「死んだらどうなる?」という疑問をどう処理しているのだろう。

それとも、そういう番組やら本やらは僕が気づいていないだけで、今もけっこうあるのだろうか。

それとも、「死後の世界」について、ネットから情報を得ているのだろうか。


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