西村賢太備忘録(1)

2021/4/5 | 投稿者: pdo

西村賢太の私小説を時系列に並べたメモ。個人的な備忘録で、随時訂正更新予定。

<秋恵以前>

「跼蹐の門」(『歪んだ忌日』収録)A

16歳(昭和58年6月)。三か月前に中学を卒業し、鶯谷で独り暮らしを始めた貫多。上野の海産物屋でのアルバイトを見つけるも前日の深酒により初日に寝過ごしてしまい、いきなりクビ。

(―生きて、いけるんだろうか?)
項垂れつつ胸中で呟いた貫多は、向後これからの、自身の人生の先行きに、何かとてつもない不安と畏れを抱くのであった。


「潰走」(『二度はゆけぬ町の地図』収録)

16歳(昭和58年1983年10月)。雑司ケ谷の鬼子母神に程近い四畳半に引っ越す。初月から1万2千円の家賃払えず、老家主から最初の好々爺然とは別人の顔で厳しく取り立てられる。老家主は貫多から脅迫されたと警官に訴えたりして、4カ月で出て行くことに。椎名町の三畳間に移り住み、特産品の食品訪問販売のアルバイトに就くが、老家主のアパートの地区に販売に行った帰り大学生の佐々木と喧嘩してそのバイトもクビ。

「貧窶の沼」B(『二度はゆけぬ町の地図』収録)

17歳(昭和59年1984年夏)。赤札堂でナンパした佐久間悠美江と交際するも数回会って終了。浅草の酒屋の配達の仕事に就いたが、勤めて1か月しないうちに前借りを2回、遅刻や無断欠勤をし、足の臭さの苦情が来ていると店主から苦情を言われるなどし、悪態をついて自分から辞める。その四か月後、酒屋の店主に500円の交通費を借りに行くと、3000円を握らせてくれた。それを握りしめて牛丼屋で二杯の大盛りを夢中でかき込むと、母の克子のところへ年越しの費用をせびりにゆくのだった。

「馬鹿野郎、てめえの股ぐらの方がよっぽど臭せえわ! 何が、あった、だ。何が、これが現実、だ。そんな台詞はてめえのとこの、その鍵がぶっこわれた監獄みてえなバカ親に向かってほざきやがれ! てめえの娘の、さんざやり散らかしている現実も知らねえでよ、しつけが厳しいが聞いて呆れらア。せいぜい親の目盗んで、今度はそのイカモノ食いの先輩とやらとハメまくってろい」

「蠕動で渉れ、汚泥の川を」(『蠕動で渉れ、汚泥の川を』収録)

17歳(昭和59年1984年末)。椎名町から鶯谷へ転居(3度目の転居)した後、御徒町の洋食屋に勤務。鶯谷のアパートを家賃滞納で追い出され、店の主人(浜岡)の許可を得て店の屋根裏部屋で寝泊まりさせてもらうが、浜岡の妻に見つかり追い出される。その間にも店のビールを勝手に飲んだり募金箱の小銭に手を付けたりバイトの女子大生の履いていたキュロットスカートをロッカー代わりの紙袋から出して匂いを嗅いだり等の悪事を働いていた。

いきなり踏み込まれて、エロ本鑑賞しているところを見られただけでも、これは根がどこまでも誇り高くできてる彼にはたまらぬ恥辱である。そこに尚も追い討ちをかけるような先の台詞は、根がストイック看板のローンウルフを自任する彼には、到底許されざる暴言でもある。

「瓦礫の死角」(『瓦礫の死角』収録)

17歳の春。勤務していた洋食店をクビになり、母親の住む町田の家に数日間押しかける。中華屋の出前を頼み、仕事帰りの母親に煙草と酒を買って来いと命令し、いつ出て行くのかと聞かれたら明日にでも出ると言って居座り続ける。ある夜、母親から、そろそろ父親の出所の時期が近づいていることの恐怖を打ち明けられ、関りになるのを避けるためにそそくさと再び家を出る貫多であった。

「病院裏に埋める」(『瓦礫の死角』収録)

『瓦礫の死角』の続き。町田の母親宅を出た後、飯田橋の厚生年金病院裏に月1万5千円の部屋を借り、駅改札内にある飲食店の職を探す。漸く探し当てたカレーと焼きそばだけを提供するカウンター食堂に勤め始める。毎日決まった時間に駅構内で目にする女子大生に岡惚れする。先輩店員で五十代独身男性の天崎にアパートへ遊びに来るよう誘われるが気色の悪さを感じて約束をすっぽかす。仕事が嫌になり退職。後日、女子大生の跡をつけるべく駅に行くが、彼女がホームのベンチで楽しそうに写真を眺めているのを見て所詮住んでいる世界が違うと諦める。

「人もいない春」(『人もいない春』収録)

17歳(昭和60年4月)。水道橋の製本所で自分だけ雇用期間更新をしてもらえず、夜に鶯谷に飲みに行き、立ちんぼやタクシー運転手に喧嘩を吹っかける。

「どうで五十年も六十年も、おめおめ生きていようってわけじゃねえんだ。いよいよ駄目となりゃあ、そんときは野垂れ死にしたっていいんだ。まあ、なるようにしかならねえのさ」
 貫多は口にだして呟いてみて、その芝居がかった素振りと陳腐な言い草にひどい気恥ずかしさを覚え、ぺっ、と唾を吐きとばした。


「腋臭風呂」(『二度はゆけぬ町の地図』収録)

18歳(昭和60年1985年)。「私」は六度目の転宿先である飯田橋の四畳半(厚生年金病院の裏手辺のアパート)で日雇いの港湾人足をしながらゴロゴロする日常を送っている。一日おきに神楽坂の中腹に近い大久保通り沿いの銭湯に通っていたが、近場に別の風呂屋を発見し、空いている時間帯(午後十時ころ)に利用するようになる。ある日、四十前後の銀縁眼鏡をかけた、昆虫じみた雰囲気の小男が入ってきたが、すぐに腋臭と分かる強烈な悪臭を放っていた。この男と屡々鉢合わせするようになり、こっちは先方の悪臭については半ば諦めていたのだが、男の方は風呂上りに煙草をふかす私の煙や匂いに嫌悪感を示した。
その20年余り後の現在。同棲相手に逃げられ、四十に手の届く中年男となっていた私は、原稿料を受け取り、女を買いに行く。ラブホテルのエレベーターから出てきた男女から発する腋臭の匂いに思わず遠い昔の腋臭風呂の強烈な記憶がよみがえる。自分の部屋に入り、数分後にやってきたのは、先程エレベーターから出てきたのと同じ女の子で、その彼女が発散していた体臭は紛れもなく、濃度強力な腋臭の香りであった。

 出口のところで女と別れ、いつもの要心でひとつ先の都電の停留所に向かうべく、薄暗い路地から路地を歩いてゆく私の足取りは重かった。
 つくづく、普通の恋人を欲しく思った。
 そしてその私の胸には、また往年のあの感情が、何かの呪文であるかのようにして思い出されるのだった。浮世とは、他人の耐え難きものを耐えての、果てなき行路のことであったか、と。――――


「苦役列車」(『苦役列車』収録)『新潮』2010年12月号

19歳(昭和61年1986年)。港湾(昭和島や平和島などの冷蔵物流倉庫)での人足仕事で生活費を稼ぎ、足りない分は母親の克子にせびりに行く生活。現場で一緒になった同年輩の日下部という男と話をするようになり、初めて友人と呼べる人間ができる。毎日出勤する日下部に倣って貫多も毎日仕事に励むようになり、生活にも若干の余裕が生まれる。一緒に酒を飲んだり風俗に行ったりと楽しく遊ぶ仲にもなる。貫多は四か月分の家賃を滞納し、飯田橋の部屋を出て板橋の三畳間に転居。転居費用5万円を日下部から借りる。専門学校に通う日下部はコンパなどにも勤しんでいるようだが、貫多には声をかけない。やがて日下部には女子大生の彼女ができて、貫多の懇願により三人で野球観戦に行き居酒屋に入るも、貫多は日下部ら二人との間に越えられぬ壁を感じてしまう。が、それでも貫多は、日下部の彼女(美奈子)に向かい、何か病的な神経でもって、今度女友達を是非に紹介してくれるよう何度もしつこく懇願するのであった。このときの酔態が原因で、日下部との間に距離ができる。やがて日下部は人足のバイトを止め、貫多も現場の上司を殴りつけてクビになる。その後日下部は美奈子と結婚し、郵便局に勤めだしたとの連絡を受ける。

(さんざ泳ぎに明け暮れて、いい気に上京遊学を謳歌して、小説がどうの演劇がどうのなぞ、頭の悪りい文芸評論家や編集者みてえな生っ齧りのごたくをほざいてたわりには、結句大した成果は見せなかったな。所詮、郵便屋止まりか――)

 と、一人毒づき、日下部を大いに嗤ってやった貫多だったが、彼もまた誰からも相手にされず、その頃知った藤澤清造の作品コピーを作業ズボンの尻ポケットにしのばせた、確たる将来の目標もない、相も変わらずの人足なのであった。

第144回芥川賞受賞作。

「ヤマイダレの歌」(『ヤマイダレの歌』収録)

19歳。心機一転を期して横浜に移り住み、造園会社で週払いの条件で働き始める。徐々に仕事と環境にも慣れ、落ち着いてきたころ、入社してきた事務員の若い女性、油井さんに岡惚れする。なんとかアプローチを試み、会社の飲み会でハッスル。続いて行われた年末の会社での忘年会では飲み過ぎて周囲に暴言を吐くも、帰途に就く油井さんに声を掛けてデートの約束(?)も取り付けることに成功し、上機嫌になる。ふと会社でもらった正月の餅を置き忘れていたことに気づき、会社に取りに戻ると、他の社員たちが貫多を除け者にして二次会に向かおうとしているところであった。年明けにも意地を張って出勤し続けるが、社長からクビを言い渡される。そんな貫多の唯一の心の支えは、古本屋で巡り合った田中英光の小説であった。

「菰を被りて夏を待つ」(『無銭横町』収録)

20歳直前。昭和62年2月に再び東京に戻り要町へ転居。横浜時代に知った田中英光への想いと払いたくない家賃について。藤澤清造とも出会う。  

「陋劣夜曲」(『羅針盤は壊れても』収録)

20歳。肉欲の希求を語り、箸にも棒にもかからない現状を打破すべく年末に青果市場にて短期間のアルバイトをするも、大八車の車輪で足を踏むという事故を起こし、アパートの家賃も滞納して家主に毒付き、更にはアパートの住人と一触即発。

拘留的なことで明日の稼ぎに出てゆけるかどうか分からなくなった、このつまらぬ流れにほぞを噛みながら、引き戸の前に立つ。
そして返り討ちにする体勢を十全に整えつつ、先様の望み通りに、鍵代わりの留め金式のフックを跳ね上げてやるのだった。


「無銭横町」(『無銭横町』収録)

20歳(昭和62年1987年10月)。要町のアパートの家賃を七カ月滞納し、町田在住の母親へ無心するも失敗。古本屋で本を売って得た百円で塩ラーメンを買い、ビニール袋に入れ水につけて食べる。田中英光の肉筆書簡の内金を返してもらおうと古書店に入るもプライドを傷つけられ断ってしまう。已むに已まれず田中英光の全集を1万2千円で古書店に売って部屋に帰ると、ポストに入っていた古書即売展の目録に<嘘と少女 田中英光 真善美社 初版 八千円>の文字を見つけ、抽選に応募するために官製はがきを50枚買って購入哀願の文面を書きつけるのだった。

「寿司乞食」(『夜更けの川に落葉は流れて』収録)

21歳の5月(あと2か月で22歳)。築地市場での週払いの海産物運搬という好条件の仕事を見つけ、初日に歓迎会として美味しい寿司と酒を振舞われるも、調子に乗り過ぎて帰路に酔いつぶれ、翌日の朝目が覚めたらもう出勤時刻をとっくに過ぎていた。

しかしその貫多は、もう寝つくことはできなかった。
都合十三時間の睡眠による充足ばかりのせいでなく、自分があの海産物店ではただ握り寿司を食い逃げしただけの、全くのお菰みたいな存在だった不様さに何か狂的な、わけの分からぬ自嘲の泣き笑いが止まらなくなって、もうこれは一寸、惰眠を貪ることなぞができなくなっているのであった。


「羅針盤は壊れても」(『羅針盤は壊れても』収録)
もうすぐ23歳。同年代が大学を卒業する年になって湧き上がる敗北感を抑えるため(大丈夫だ、まだ大丈夫だ)と心中に一日に何度も繰り返す貫多であった。「蔵乃味噌」という仕舞屋に雇われ味噌の訪問販売(押し売り)を始める。女子大生の桑本と里山というバイトが加わり順調な生活に入ったかと思いきや、店の経営状態がひっ迫していることが明らかになり、日払いが週払いに、そして月払いになると知らされた桑本は社長と口論になる。この店が長くないことを悟った貫多も出勤をするのを止める。桑本から里山が貫多を好きだと言っていたと聞いたことで電話するも相手にされず。田中英光のような私小説を書こうと試みるも挫折。(大丈夫だ、まだ、大丈夫なはずだ)と自らの心奥のどこかから洩れ聞こえてくるか細き声を噛み締める。

貫多は、どこかで田中英光を知っている自分≠誇りに思う気持ちがあった。かの創作世界を彷徨していると云う一点で、件の同級生に対する劣等意識を僅かに掻き消すことができた。(中略)所詮、その者たちは現時田中英光の私小説を知らず、おそらく向後も一生知ることがないまま朽ちることであろう。

 私小説は書く者自らを中心人物として据えている。そして優れた私小説は、そんな赤の他人のどうでもいい人生の断片を一見無造作にもプリミティブにも装いつつ、しかしその実は細かく効果が考え抜かれた、心憎いまでの上手い見せかたで提示している。そして、それがたまらなく面白い。
 結句それらは、思いきり端的に云えば、ひどく自己愛が強いように見せかけて、実際はえらく突き放しているのだ。この相反する二つのものが程良い塩梅で配合されているから、そこに妙味も生じているのだ。
 当然それは、多分に技術的な面に与るところも大であろうが、そこに至る、客観に徹した境地と云うのも不可欠であるに違いない。
 その境地を得ていない今の彼に、面白い私小説なぞ書けるはずがないのだ。


「夜更けの川に落葉は流れて」(『夜更けの川に落葉は流れて』収録)

24歳(平成3年1991年)。警備会社のアルバイトで梁木野佳穂と出逢い交際。順調に逢瀬を重ね、貫多の24歳の誕生日にはトマス・ハーディ『テス』の文庫上巻をプレゼントされる。9月15日の佳穂の誕生日には3万円の万年筆をプレゼントしビフテキを食べるデートを計画するも、田中英光の短編集『雲白く草青し』の初版本(自筆署名と詠句つき)が12万円で売りに出されているのを見つけ葛藤する。結局誕生日を優先することとし、佳穂との逢瀬を済ませた二日後に手付金をもって古本屋に行くと、目当ての本は既に売れてしまっていた。それをきっかけに貫多は佳穂にあきたりなさを感じるようになり、10月下旬の日曜日の午後、貫多のアパートの室内にて些細なことをきっかけに大衝突してしまう。貫多の暴言に対して佳穂の方もこれまでに見せたことのなかった強烈な罵倒で応える。思わず貫多は立膝で佳穂の下顎に正面からパンチし、佳穂は下の前歯を折ってしまう。タクシーで佳穂を自宅まで送りながらこの件は内密にしてほしいとひたすら懇願する貫多であったが、翌日、日雇い仕事を終えた貫多を佳穂の両親がアパートの前で待ち構えていた。廃業した力士のような父親に威嚇され、土下座して謝り誓約書を書きその場で持っていた有り金を全て渡すことで寛恕を得る。その年のクリスマスイブ、ブラック引越し屋のバイトを終えた貫多は独り夜の芝公園の辺りを彷徨い歩くのだった。

「駄目ですっ、もし、ぼくがそんなところに入れられたら、病気がちの母は道徳潔癖症でもあるので、絶対に自殺してしまいます!」
 咄嗟に大嘘も飛び出しながらも、しかしその謝罪は、今や完全に心奥からの叫びに他ならぬものになっていた。無論、己の保身と、早くこの親父の責苦から逃れたい一心から依って来たるところの心奥の叫びではあったが、その彼は、我知らずのうちには号泣しながらの詫び言を繰り返していたのである。


「春は青いバスに乗って」(『二度はゆけぬ町の地図』収録)

25歳(平成4年1992年3月)。居酒屋バイトでホールの主任酒井とトラブルになり、辞める日に追いかけて暴行したところ駆け付けた警察官を殴って逮捕勾留。刑事の取り調べ。当番弁護士を呼ぶ。留置場生活。護送の青いバスに乗って検事調べ。帰りのバスの中から隅田公園の桜が見える。勾留12日目に略式命令で釈放される。罰金10万円。2週間後、何とか稼いだ金で罰金を納付した足で警察署に向かい、漫画雑誌や週刊誌を差し入れるが、同房の顔見知りは皆移送された後であった。

「バケツの横の台に、煙草の太さよりちょっと大きい穴が五、六十もあいた木函が置いてあり、そこに看守の預かっている各人の煙草が剣山のように突き立てられていて、穴の前に白墨で書かれている番号は自分の点呼時の番号に該当し、例えば私なら十四番と書かれた二つの穴にさされた、二本の自前煙草がその日の割り当て分である。」

「その後、私は何度か路上で、あの青いバスを見ることがあった。その度に金網をはった窓の向こう側に目を注ぎ、あの中でみた満開の桜の色を思い起こすのが常だった。
 罰金の為の金稼ぎには懲りたが、留置場自体はそれ程苦痛でもなく、罪の点では余りにも無反省だった私は、結句それが災いし、後年また同じような罪状で再びあのバスの乗客になるとは知らず、そのときはバカのように微笑みながら、走り過ぎるそれを振り返って、いつまでも見送っていた。」


「墓前生活」(『どうで死ぬ身の一踊り』収録)

藤澤清造の墓標を新宿一丁目のアパートに貰い受けるまでのいきさつ。

「けがれなき酒のへど」A(『暗渠の宿』収録)

31歳(平成10年1998年)。しみじみ女が欲しい貫多は、恵理というソープ嬢と交際しようと目論み、通い詰めるも他愛無い会話だけで帰るというのを7,8回続け、やがて二人で外で食事もできるようになる。借金が80万あると打ち明けられ、貫多がそれを肩代わりすることで今の仕事を辞め交際する約束を取り付ける。携帯を持っていないという彼女のために貫多の名前で契約した携帯も買い与える。店を辞める日、いったん隅田川に面した高層ホテルで落ち合ってから、恵理が店に退職の挨拶に行き、再びホテルに戻り、そこから群馬の温泉宿へ小旅行する手筈であったが、高層ホテルから店へと向かったはずの恵理が再び戻ることはなかった。そんな顛末の後、三年前の春から訪れている能登七尾の寺で副住職夫妻にご馳走になった後、珍しく酔って草むらでへどを吐く。


「うるせえ、そんなの知るか。第一落度って、おまえなんか見た目からして落度そのものじゃねえか。きったねえ顔しやがって」

「と、云って借金の肩代わりをする替わりにぼくとつきあってくれ、なんて云う意味じゃないんだよ。それじゃ汚らしい援助交際と、何ら変わらないものね」
「……それはわかってる」
 いや、そこはわかられても困るんだ、と本当を云うと当然これを機に今後つきあってもらいたい気持ちの私は少し慌てた。

許容範囲をはるかに超えるとてつもない匂いが立ち上り、これにはさすがの私も埋めかけた顔をそらして息をとめてしまい、もはや口唇での再接触を断念した程であった。


「二十三夜」(『人もいない春』収録)

32歳(平成11年)。神保町の古本屋でコーヒーの出前に来た20歳位の女性に片思い。ビール券をプレゼントしたところ喫茶店店主を通じて返却され恋は終わる。その後、古書店主の新川に女性を紹介してもらい、仲良く飲んでいたのだが、ふられたと勘違いした貫多は「―何んだよ、こんな糞ブスにまで、フラれてしまうのかよ」と暴言を吐く。その翌日、紹介してもらった自称女優の女に呼び出され、実はその女性が、貫多とちゃんとおつき合いするつもりでいたと聞かされる。

「じゃ、ぼく、今あの子に電話をかけて謝るよ。それでもう一度会ってくれるよう頼んでみるから、すまないけと、ちょっと彼女の番号を教えて」

「ナメたこと言ってんじゃないわよっ!」「二度とあの子に、ちょっかい出してくんじゃねえよ!」

その貫多の歪んだ悲願の束の間の成就は、これより更に数年の月待ちを経てた、或る中華レストランに於ける、そこの六歳下のウエイトレスとの邂逅を待たねばならなかったのである。
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