The Beautiful Ones

2020/11/13 | 投稿者: pdo

プリンスの自伝『The Beautiful Ones』を読み始める。

ちょうど2016年4月16日の、アトランタでの緊急搬送事件の直後の話から始まっていて、並行して読んでいる捜査報告書の内容と併せると彼のこの頃の心情が朧げに伝わってくる気がする。

捜査報告書の方は、専らプリンスの死にまつわる犯罪捜査という視点から彼の行動を追求するもので、それはそれで興味深い。

アトランタでのコンサートの帰路に飛行機の中で仮死状態になったとき、彼と一緒にいたのはカーク・ジョンソンとジュディス・ヒルだった。

ジュディス・ヒルは、プリンスの誘いで、4月12日にロサンゼルスからミネアポリスに飛び、ペイズリー・パークから一緒にアトランタの会場に移動している。

彼女は、その前年(2015年)にプリンスと一緒にアルバム『バック・イン・タイム』を製作しており、しばしばペイズリー・パークで彼と過ごしていた。ジュディスの名前が知られるようになったのは、マイケル・ジャクソンの最後の公演のリハーサルを撮影した『This Is IT』でステージに立つ様子が公開されたことだった。

アトランタの夜のショーは二回公演で、第一回目の公演終了後、控室で二人きりになった時、プリンスは他の人間には決して見せない表情を見せた。

以下はジュディスが、プリンスの死後に、捜査官の事情聴取において語った言葉である。

「私は彼のそんな様子を見たことがありませんでした。」

「彼は、最近は眠るのがとても楽しいこと、そして自分はこの世で行うべきことをすべて達成したような気がすると言いました。」


ジュディスがプリンスに、起きている時には生きているのが楽しいのかと聞くと、プリンスは即座に「ノー」と答えた。

「彼は、生きているのは『退屈だ、とてつもなく退屈だ』と言い、精神的に落ち込んだ状態にあるようでした」

二回目の公演は10時30分に始まり、ジュディスには、一回目の公演と同じくらい素晴らしいものに思われた。聴衆からエネルギーをもらったのか、ショーの直後のプリンスはいい状態にあるように見えた。

「ステージにいる彼の姿からは、彼の内心がどんなものかを知ることは絶対にできなかったでしょう。」

プリンスとジュディスが二人で話していると、控室のドアをノックする音がした。

プリンスの友人、CeeLo Greenが楽屋訪問に来て、明るいムードをもたらしてくれた。やがてジャネル・モネイも加わって、その日のショーについて15分くらい語り合った。ジュディスは、ジャネル・モネイのことを素晴らしいアーティストであり、プリンスの良き友人であると捜査官たちに語った。

二人が去ると、またジュディスはプリンスと楽屋で二人きりになった。

「彼が、二回目のショーの途中でほとんど寝落ちしそうになったと言ったのを覚えています。それを聞いてとても変だと思いました。ステージの彼からは決してそんな印象を受けなかったし、彼の性格的にも、そんなことを言う人ではなかったので」

続く会話の中でプリンスは、ミュージック・ビジネスについての不満を口にした。それはかつてのようではなくなってしまった、と彼は言った。

「彼はすべてのことに失望しているようでした。古き良き日に思いをはせ、今は誰もいない―自分しかいない―といった会話をしました。そんな彼の話を聞くのは辛いことでした。」

プリンスは会場を出てリムジンの中でもジュディスと話し続け、昔好きだった音楽の思い出について回想に耽っていた。初めてフリートウッド・マックを見たときのことなどについて話した。

そしてミネアポリスに戻る飛行機に乗り込んだ後、プリンスは気を失い、飛行機は緊急着陸して、救急車で病院に搬送される。ジュディスは、プリンスが死んだと思ってパニックになった。

プリンスが意識を取り戻してから、病院のベッドの横で付き添っていたジュディスに、こんな風に語った。

「彼は、『ぼくの魂が肉体から離れた。君の声は聞こえていたし、みんなの声も聞こえていた。ぼくはどうすれば肉体に戻れるのかを尋ね続けていた』と言っていました。」


ジュディスは、プリンスに痛み止めの薬を飲むのを止めるように言った。プリンスは、いつも手が痛むので、薬を飲まないと演奏できないと言った。ジュディスはプリンスの口からそんなことを聞くのは初めてだった。

プリンスは、薬を混ぜたことでこのような結果になったのだとジュディスに言った。カークはプリンスが薬を飲んでいることを知っていて、止めさせようとしていたが、プリンスはカークたち側近からも薬を隠していた。

病院を出る前、プリンスはジュディスに、自分の生涯の中で昨夜の二つのパフォーマンスが最高だったと言った。

「彼は、あれが頂点だったと言いました。そして、『これで僕はこの世を去って休息することができる』と言ったのです」



この、プリンスがステージでたった一人でピアノを演奏するだけの公演、『ピアノ&ア・マイクロフォン』について、『プリンス回顧録』の編者ダン・パイペンブリングはこのように書いている。


プリンスはペイズリー・パークで『ピアノ&ア・マイクロフォン』の初公演を行った。

ショーの構成は、デビュー・アルバムの『フォー・ユー』から最新作までの楽曲に、物語と省察を入れ込んだものだった。その挿話から、彼が当時考えていたことを知ることができた。彼は、自分の過去を整理していたのだ。

その夜、ピアノの前に座るとすぐに、プリンスは過去のさまざまな出来事を回想し始めた。彼はいきなり子供に戻ると、音楽にまつわる思い出を語り始めた。

「ピアノが弾けたらいいのに」

彼は観客を前に、子どものように語った。

「でも、ピアノの弾き方がわからない。3歳の目には、ピアノは大きく見えた。ううん・・・テレビでも見ようかな」

彼はピアノに飛び乗ると、テレビの前でポップコーンをほおばる仕草をした。

「パパが来た。ピアノには触っちゃいけない約束だけど、弾きたくてたまらない。パパが出て行った。パパとママは離婚するんだ」

それから彼は、もうひとり登場人物を加え、まるで父親が部屋にいるかのように振舞った。

「実のところ、パパが出ていくのは嬉しいよ。僕はまだ7歳だった。でもこれで、好きな時にピアノを弾けるんだ」

プリンスは、『バットマン』の主題歌から数小節を弾いて見せた。

「でもパパみたいには弾けない」と彼は言った。

「パパはどうやって弾いているんだろう? ええと、・・・歌が歌えたらいいのになあ」

彼は言い添えた。

「パパのようにピアノを弾けるようにはならないだろう、と僕は思っていたし、パパもことあるごとにそれを僕に思い知らせた。それでも、僕たちは仲がよかった。パパは僕の親友だった・・・」

この公演が行われるまでは、プリンスがステージの上で極めて率直な発言をするなど考えられなかっただろう。この日のセットリストには、伝統的な黒人霊歌『マザーレス・チャイルド(時には母のない子のように感じる)』が含まれていた。「家から遠く離れている」彼は、「ときどき死にそうな気分になる」と歌った。

その夜、彼が最も赤裸々にもの悲しさを言葉にしたのは、コンサートの後半だった。

「明晰夢を見た人は、どれくらいいる?」と彼は観客に尋ねた。「昔よりも、夢を見るのが好きになってる。友達が何人か亡くなって、彼らと夢の中で会っているんだ。なんだか彼らが生きているような感じがして、夢の中が現実のように感じることもある」

それから彼は、『Sometimes It Snows in April』を歌いはじめた。

この曲じたい、彼のレパートリーの中でも特に哀愁の漂う歌だ。



トレイシーは長い内戦が終わってすぐに死んだ

僕が彼の最期の涙を拭き取った直後に

彼は昔より幸せに過ごしているだろう

この世に取り残された愚か者たちよりもずっと幸せに

僕はトレイシーを思ってよく泣いた 彼はたった一人の友だちだったから

彼のような人に巡り合うことは滅多にない

僕はトレイシーを思ってよく泣いた 彼にもう一度会いたかったから

でも人生はそう思い通りにならないものさ


四月に雪が降ることもある

時にはひどく落ち込むこともある

時には人生がずっと続けばいいと思うこともある

でも人は言う、どんないいことも決して続かないと


僕は春が一年の中でいつも一番好きだった

恋人たちが雨の中で手を取り合う季節

でも今では 春はトレイシーの涙を思い出させるだけ

いつも愛のために涙を流し 決して痛みのためには泣かなかった

彼はいつも死ぬのは怖くないと言い張っていた

彼が怖くないと言うので僕もそう思い込んでいた

彼の写真を見つめているときに気づいた

僕のトレイシーが泣いたように泣いた人は誰もいない


僕はよく天国について夢想する トレイシーがそこにいることを知っているから

彼は別の友だちを見つけたことだろう

たぶん彼は四月に降るすべての雪の答えを見つけたことだろう

たぶん僕もいつか僕のトレイシーを再び見つけるだろう


四月に雪が降ることもある

とても落ち込んでしまうこともある

人生に終わりがなければいいのにと思うときもある

でも人は言う、いいことは決して続かないのだと 


どんないいことも、いつか終わる

愛は、それが過ぎ去るまでは愛とは分からない

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